Chapeter 7.真白き咎人(とがびと)

72.勾留 

《1998年12月22日 2:10AM 州都ヴェマラキア 当局本庁舎:留置場》


 ロベルト・シュルツは、当局本庁舎の留置場に勾留されていた。


『IV-11-01-MARIAの管理者として、シュルツ検死官の“同行”を求める』――そんな名目であったはずだが、いざ捕まってみればやはり犯罪者扱いだ。五平方メートル余りの独居房の奥に腰を下ろし、鉄の檻を睨みつけながらひとり思考を巡らせていた。


 ――マリアは、言っていた。『わたしの記憶はすべて間違いだった』と。父アドルフ・エレットという人物は実在せず、暮らしていたはずの屋敷も存在しなかった、と。


 最初から、全部デタラメだったのだ。

 シュルツは理解した。愚かな自分は、最愛の恩師にすべてを偽られていたのだ、と。


 ――トマス先生は、やはり市中のヒューマノイドを抹殺するための“道具”として、IV-11-01-MARIAを造ったのだ。


 マリアがいつどこにいて、どのような状況にあるのか、トマス先生は常に把握していたはずだ。そしてトマス先生と当局は連携していた。だからこそ当局は、二年ぶりのヒューマノイド狩りを彼女の周辺で実行したり、いたぶるようにじわじわと地下水道で彼女を追い詰めたりしたのだ。


 生かさず殺さず彼女に恐怖を与え続けた――三原則逸脱を起こすように仕向け、波及性灼血を何度も繰り返させるために。その繰り返しによって、彼女の波及性灼血は強化され、“道具”として完成していくのだから。


「何が、『守る』だ」

 シュルツはうつむき、乾いた声を吐き出した。


 自分は恩師にだまされ、当局に踊らされていた。マリアを守るどころか、かえって不幸な状況に追い込んでしまっただけだった。自分は愚かで、滑稽で、救いようのない男だと思った。


「……先生は、」

 トマス先生は、なぜヒューマノイドの殺戮計画に加担したのだろう? 当局局長に命じられたのは疑う余地もないが、だからと言って、あのトマス先生がこんな計画に関わるなどとは信じられなかった。

 ヒューマノイドの生みの親である、あのトマス先生が。

 誰よりロボットを愛し、ロボットにも魂があると信じて疑わなかったあのトマス先生が。


 ロベルト・シュルツは気がついた。――これほど騙されても、自分はいまだに恩師を信じたがっている。

 噛みしめていた唇から、いつしか赤い血が滴っていた。



「よぉ、ドクター・シュルツ。檻ン中の居心地はどうだ?」


 挑発的な男の声が、シュルツの思考を遮った。

 かつり、かつりと靴音を響かせて現れたのは、黒い肌の大男。当局一等捜査官の、ブラジウス・ベイカーだった。

 檻の中からシュルツが無言で睨みつけていると、ベイカーは檻に手をかけ、シュルツを見下ろしてこう言った。


「苦しいだろう? 好きな女を奪われた気分ってのは」


 シュルツをあざけるような口調であるにもかかわらず、ベイカー自身の顔にもなぜか苦痛の色が浮かんでいた。


「マリアはいい女だった。だけど捕まっちまったら、もう終わりだ。解体されて、バラバラの機械部品にされちまう」


 ベイカーの声は、どこかシュルツを責めているようでもあった――『テメェがしっかり囲ってねぇから、マリアは殺されちまうんだぞ』、と。

 ベイカーは鉄の檻を殴りつけ、ことさら低い声でつぶやいた。


「マリアの脳ミソは、えぐり出されて検死官にいじくり回される。マリアに関わっていた人間は、一人残らず懲役刑だ。……これからは仲良くやろうぜ、俺もあんたもブタバコ行きさ」


 黙って聞いていたシュルツは、ふと気づいた。――このブラジウス・ベイカーは、IV-11-01-MARIAが当局の思惑によって造られたヒューマノイドなのだということを知らないのだ。MARIAのことを、ただの逃亡中のヒューマノイドだと思い込んでいるかのような口ぶりである。


 ――愚かな男だ。貴様も、何も知らずに踊らされているのか。


「……ふっ」

 はははははは。狂気じみた笑い声が、シュルツの唇から溢れた。

 突然笑い出したシュルツを見て、ベイカーは眉を寄せている。


「気が狂ったか、ドクター・シュルツ」

「貴様の愚かさに同情したんだ、ブラジウス・ベイカー。一等捜査官が聞いてあきれる。貴様は所詮、作戦を知らされるに値しない末端の局員だったということになるな」


 行き場のない憎しみの矛先をブラジウス・ベイカーに向けて、シュルツは吠えた。呪い殺さんばかりの顔でまくしたてる。


「マリアは、当局がトマス・アドラー博士に造らせたヒューマノイドだ。マリアが人間に怒りを持つたび、マリアの周囲のヒューマノイドたちが死んでいく……そういう細工がされていたんだ。当局はマリアを使って、ヒューマノイドを皆殺しにしようとしている!」


「何を馬鹿なこと……」

「貴様のような愚かな男にはわかるまい! 私も同じだ、何も気づかず、当局の手のひらで踊らされていた!」


 檻越しに、シュルツはベイカーに掴みかかっていた。


「憐れなのはマリアだ。当局と私の双方から苦しめられて、彼女は恐ろしい“道具”となってしまった!」

 人が変わったように平静を失っていたシュルツを見て、ベイカーは言葉を失くしていた。

「――ちッ、放しやがれ」


 我に返って、ベイカーはシュルツを突き飛ばす。太い腕に突かれて、シュルツは力なく尻餅をついた。

「マジで頭がイッちまったみたいだな、テメェは。……まぁ、いい」

 毒づきながら、ベイカーは鉄扉の鍵を開けた。


 怪訝な顔で見上げるシュルツを、ベイカーは冷ややかに見つめて、言った。



局長ボスの命令だ。てめぇに話があるんだとよ。――ほら、来い。狂った検死官」


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