70.追う者

《1998年12月21日 9:00PM クレハ市内 メヒトバーン地区周辺》


 走り続けること九時間余り。ロベルト・シュルツの車は、ようやく目的地に着いた。


 クレハ市メヒトバーン地区近傍の住宅地。孤児院の子供クリス・メグレーに託された追跡端末は、ずっとこのあたりを示し続けている。


 道幅が狭い。車を乗り捨て、シュルツは通りに降り立った。

「…………」

 当局の亜ヒト型ロボットI-05-31-PRIMUSプライマスが、マリアの“回収”のために研究所にやって来たのは、もう九時間も前のことだ。シュルツはPRIMUSらをふり切りここまでやって来たのだが――その間、当局の妨害はまったくなかった。

 連邦刑事庁の一部局である当局が、手抜かりでシュルツを見逃すわけがない。


「私を泳がせているのか?」


 I-05-31-PRIMUSは、『IV-11-01-MARIAを回収しに来た』と言っていた。そしてシュルツに対しては、『彼女の管理者として同行してほしい』と求めてきた。


 当局局長の狙いはIV-11-01-MARIAだ。ロベルト・シュルツは付属品オマケに過ぎないということだろうか。なぜ自分は見逃されているのだろうか? 局長の意図が分からない。

 IV-11-01-MARIAがこのクレハ市に来ていることを、局長は把握しているだろうか?


「……当然、把握しているはずだ」


 始めから、期が熟したらIV-11-01-MARIAを回収するつもりでいたのだろう。ならば当然、彼女の居場所くらい押さえてあるに違いない。すでに彼女を捕捉している可能性さえ否定できない。


 シュルツは汗のにじむ手で、追跡端末を握りしめた。ロビィの居場所を示す赤い点が、三十分以上ずっと動いていないのだ。それまでは、徒歩の速度で逃げ惑うように動いていたのに…… 


 画面の地図を睨みつけ、ロビィが静止している地点を目指してシュルツは駆けていた。

「くそっ」


 ロベルト・シュルツに、マリアを助ける手立てはない。たとえ当局よりも先にマリアを見つけ出せたとしても、その後にふたりまとめて捕まるだけだ。――だとしても、彼女を探さずにはいられなかった。


 早鐘を打つ心臓が、シュルツの呼吸を浅くさせた。駆り立てられるように、狭苦しい路地を走り抜ける。角をいくつか曲がったところで、やや広い通りに出た。

 追跡端末の赤い点は、いまシュルツが立っている場所を示していた。


 マリアはいない。迷い子のように、シュルツは左右を見回した。

「……どこだ、マリア」

 シュルツのつぶやきに、マリアではない“誰か”が応えた。


  かしっ。かしかしっ。


 噛み合わせの悪い歯車のような、不器用な音。ズボンのすそを何かに引っ張られた気がして、シュルツは足もとを見た。


「! ……ROBYロビィ


 暗がりの中シュルツの足もとでオロオロと動いていたのは、手のひらサイズのロボットVII-07-27-ROBYロビィだった。


 シュルツはひざまずいてロビィをつかんだ。


「マリアはどこだ! お前がついていたんだろう!?」


 ロビィは何かを伝えようとしてじたばたしていた。しかし、シュルツにはまったく意味が伝わらない。ロビィの感情を察してやれるような感性を、シュルツは持っていなかった。

 ロビィは激しくもがいてシュルツの手から飛び出した。マンホールの上に降り立って、地団太を踏んでみせる。まるで地下を指し示しているかのようだった。


 ――地下? 古都クレハの、地下水道?


「まさか……マリアは地下水道に逃げ込んだのか!?」

 頭が取れそうなほど大きな動きで、ロビィは何度もうなずいた。

 あの映画と同じように? 追い立てられて、地下水道へ?

 バカな――。


 シュルツは、マンホールの蓋を持ち上げようとした。分厚い鉄蓋は数十キロの重みだった。歯を食いしばり、両の足で踏ん張って体中の力を腕に込める。ふらつきながら、ようやくそれを横にずらした。


 腐った悪臭。顔をそむけたくなるような腐敗臭と同時に、轟々という激しい水音が耳に刺さった。


 それでも躊躇はしなかった。


 ――行くしかない。


 闇へと引き込まれるように、ロベルト・シュルツは地下水道へ続く縦穴の中へと身を沈ませた。




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