30.“悪魔”の弟子《中編》


《1998年11月11日 11:00AM エルハイト市内 第六検死研究所》


 ロベルト・シュルツは、当局に召喚されることになった。


 とはいえ今回の召喚は、“危険人物”トマス・アドラー博士に対して三年前に実行された召喚とはまったく異なるものである。

 四日前に起きた“ヒューマノイド大量死事件”の原因が依然として不明であったため、真相究明を急ぐ当局が検死官ロベルト・シュルツに見地を問おうというのだった。


 決して、IV-11-01-MARIAの正体が当局にばれたわけではない。シュルツは犯罪者としてではなく、専門家けんしかんとして召喚されるのだ。しかしそれでも、シュルツにとっては気の重い用件であることには変わりない。原因不明の事件がなぜ起きたのか、推論をたてて提示しなければならないのだから。


 シュルツには、召喚のための準備期間として、一週間の猶予を与えられていた。十一月十四日が召喚の日だ。それまで日常の検死業務については、他地域の検死官に回される。当局の捜査情報についても、可能な限り閲覧する権利を与えられていた。

「すげぇな、ドクター・シュルツ。……あんた特別待遇じゃねぇか」

 当局捜査官のブラジウス・ベイカーは、捜査資料をシュルツに手渡しながらそう言った。

「ほらよ。俺の部下が集めたデータだ。死んだヒューマノイドたちの“心臓”がいつどこで造られたか――お望み通り、部品一つずつの製造ロットまで調べてある。こんなもん、普段なら部外者が見られる資料じゃねぇぞ」

「協力に感謝する」

 むっつりと不機嫌そうな顔をしたまま、シュルツは渡された紙の束をめくり始めた。

「うちの局長がわざわざ直接、あんたの意見を聞こうってんだ……こんなのは、前代未聞だぜ?」

「…………」

 ぱらぱらとページをめくるうち、シュルツの眉間にますますしわが寄っていく。

 その顔を見て、ベイカー捜査官は意地悪く笑って見せた。

「ふん。――まぁ、あんたのお手並みを拝見といこうか?」

「…………」

 いつもなら、すかさず憎まれ口を叩き返すシュルツだが。今はじっと資料を睨みつけていた。

「他にも欲しい情報があったら言え。当局おれたちだって、この事件の真相を知りたい――ヒューマノイドを探して壊すのが当局の仕事だからな。勝手にポックリ逝かれちまったら、出る幕がねぇ」


 軽口を叩きつつも、ベイカーは忙しそうに研究所を去っていった。彼には彼の仕事があるらしい。シュルツは彼の背を見送るともなく眺めていたが、入手した資料をふたたび睨んで自分の部屋に引っ込んでいった。


 部屋に戻る途中、掃除をしているIV-11-01-MARIAとすれ違った。彼女はシュルツに気づくと気まずそうに会釈をしたが、シュルツはまるで彼女など目にも入っていないかのように無視を決め込み通り過ぎた。シュルツの後ろで、彼女の悲しげなため息が聞こえた。


 ここ数日、MARIAと距離を置く生活が続いていた。言葉も視線も交わさず過ごす。食事は以前のように、給仕ロボットのIII-08-29-SULLAスラに作らせることにした。

 彼女も、シュルツに避けられているのを理解して、自分から接触しようとはしなくなった。黙って、無難に掃除をしている。すでに綺麗になり切った研究所を、居心地の悪さをごまかそうとして繰り返し掃除し続けているようだ。


 ――これでいい。


 余計な接触はしたくない。シュルツは心の中でつぶやき、自分の部屋に入っていった。


 四日前に起こった、原因不明の”ヒューマノイド大量死事件”。

 この事件は世間を大いに賑わせていた。新聞やテレビといったマスメディアは、おもしろ半分に事件を取りあげ大騒ぎだ。ロボット工学の専門家気取りや、連邦刑事庁の元職員、果ては宗教界の権威。各界の有識者とやらが、テレビや新聞で、事件の原因について好き勝手な推論を並べ立てている。

「ちッ、馬鹿どもめ」

 紙面に踊る文字を流し見たシュルツは、新聞を握りつぶしてダストボックスに投げ捨てた。

「ちまたの馬鹿どもが思いつく程度のことは、とっくに調査済みだ」


 今回の”ヒューマノイド大量死事件”の要点は、以下の4つである。


・ 十一月七日の十七時二十四分に、エルハイト市内に潜伏していた

  十三体のヒューマノイドが死亡した。


・ 十三体はそれぞれ、異なる場所で異なる仕事に従事して、

  人間として暮らしていた。


・ 彼らの死因は調圧弁バルブ故障による“心臓”の破損であり、

  それゆえ彼らの頭脳は三原則に背くような異常状態になっていたと予測される。


・ それにも関わらず、彼らの頭脳に保存されていた記憶には、

  異常はまったく見つからなかった。


 なぜ同時刻なのか? なぜエルハイト市内にだけ起きたのか? なぜ彼らの“心臓”は壊れたのか――三原則逸脱は本当に起きていないのか、はたまた見逃されているのか? このような事件は今後も起こるのか?


 なにもかもが不明であり、それゆえ人々は興味を駆り立てられる。オカルトじみたテレビ番組が連日放送され、反ロボット主義者や宗教関係者が“神の意志”だのなんだのと、鼻息荒くまくし立てていた。

 今朝見たテレビ番組では、人間のふりをして社会に潜むヒューマノイドの危険性を、社会学の専門家とやらが得意げに語っていた。その専門家が「検死官の検死結果に誤りはなかったのか」と疑問を投げかけたところで、シュルツは不愉快になってテレビを消したのだった。


 シュルツには、自分が誤審を下したとは考えられなかった。十三体すべての死体で、稼動時から“心臓死”直前までの記憶をすべて洗い出したのだから。どの死体にも、三原則逸脱につながるような出来事は記憶されていなかったし、記憶消去の痕跡もない。それでも万全を期すために、他の所轄の検死官たちにも頭脳解析を依頼したのだが……やはりシュルツ同様、『異常所見なし』という結論だった。


 先ほどベイカー捜査官から借りた資料に目を通し、シュルツは忌々しげに舌を打つ。

「調圧弁の製造過程にも、関連性は見いだせそうにないな」

 頭脳が異常でないとすれば、“心臓”の部品不良を疑ったのだが。残念ながら、空振りに終わってしまった。

「……わからん」

 ソファに深く腰掛けて、伸びをしながらつぶやいた。

 三日後には、当局局長の前で自分の見解を述べなければならない。


「当局局長、――ダリウス・ヴォルフ」


 局長と対面するのは、今回が初めてだ。局長の名を呼ぶシュルツの顔が、おのずと険しくなっていった。

 シュルツにとって、ヴォルフ局長は宿敵のような存在だった。恩師トマス・アドラー博士を拘束し続けている、忌々しい男。


 そんな男の前で醜態を晒すわけにはいかない。腹の底を引っ掻くように焦燥感が込み上げてくる。一週間もの検討時間を与えられていて、何一つ答えらしきものを見つけだせないとは。自分の無能さを証明するかのようで、不愉快だった。


 ――落ち着け。焦ったところで、何にもならん。


 不愉快な気分をふり払おうとして、シュルツは大きく伸びをした。その場で首をそらせてみたのだが……

 そのとき、ふと。部屋の壁際に置いてある鍵付きチェストが視界に入った。


「……あぁ、そう言えば」


 チェストの中身を思い出し、シュルツはますます不機嫌になった。

 あの中にも、やりかけの仕事が残っていたのだった。引き寄せられるようにチェストに近寄り、鍵を開ける。中から、分解しかけの義手を取り出した。

「一体いつから、このままだった……?」

 月日が経つのはあまりに早い。IV-11-01-MARIAが初めてここに来た日から、ずっと放置していたのだ……もう、一か月半もの間。


 ――私らしくない。やりかけのままで放置するのは。


 義手など気にかけている暇はないのだが、中途半端な仕事ぶりが実に不愉快だった。

 中途半端だ。なにもかも。時間も余裕もない。

 ――疲れた。

 事件の資料も義手もテーブルの上に置きっぱなしにして、シュルツはソファに寝転がった。うとうとと、温もりの中で意識がもや掛かっていく。まどろむうちに、遠い昔の記憶が脳裏によみがえってきた。

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