第19話 朝の散歩

 「んっ…………朝か。 今日もいい天気だ」


 昨晩が宴で、夜遅くまで起きていた(正確には、深夜の2時ごろまで)コータだが、カーテンの隙間から眩しく差し込む朝日に目が醒め、自分がいつも寝ている簡易式の折りたたみベッドから起きだす。

 時計を見ると、まだ朝の5時(訓練所では、日の出の時間すらも変えられるのである。日の出が5時で、日没は18時に設定されている)であり、3時間しか寝ていない計算になるが、「意思を継ぐもの」である彼らには、一般人ほどの睡眠時間は必要ない。

 3時間も寝れれば、普通に無理もなく体は働かせることはできる。

 もっとも、昨日ほど疲れが溜まるようなことをすると、さすがにあと2時間は寝ててもいいのだが、コータは他人よりも疲れない体質なので、それで十分なのだ。

 昨夜は、マサルが未成年にもかかわらず、酒を飲み騒ぎ出したので、それを止め、マサルを部屋にぶち込むのに四苦八苦したのだ。

 その時に、コータを始めとするチームメンバーは酒を無理やり飲まされ、ワタルはそれにより、倒れてしまったり(半分は自ら進んで飲んだので、自業自得である)したので、今日は一日中、訓練もなしのオフになった。


 「といっても、やることがないんだよな…………」


 カーテンを開け、窓の外を見ながらそう呟くコータ。

 一応、修練は欠かさないのだが、それは日課になっているのでやることの内には入らない。

 もちろん、部屋の中にはコータしかいないので、誰も応える者はいない。

 その代わりに、アパートの外に見知った気配を感じたので、窓からチラリと確認してみる。

 すると、そこにはユキがいて、隣のアパートの住人であるはずの彼女がこんな朝早くから何をしているのだろうとコータは考える。

 自分の部屋は2階にあるので、向こうからは気づかれていない。

 というか、いくら上から見ているといっても、ほとんど死角に紛れるようにユキがこそこそと移動しているので普通は気づかないのだろうが、コータの敏感な第六感はしっかりと反応する。


 他人にはハッキリと言ったことはないが、コータは周囲50mに誰かがいると、まるで手に取るようにわかる・・・のだ。

 敵意を持った敵なら、周囲100m圏内に入れば、探知できる。

 それに、障害物があろうがなかろうが関係ないので、下手な赤外線センサーなんかよりも高精度なのだ。

 本人からすれば迷惑な話で、人混みに行くと、そのセンサーが過剰に反応するので、あまり人混みが好きではない。

 ただ、その生物が寝ていたり、小動物くらいの大きさだと感知できないので、主に対人か、対怪物でしか有効ではない。

 それに、そのセンサーも、本人の心が乱れているときなんかは作動しない。


 「それにしても、なにをしているんだろう?」


 コータは、自分の部屋のあるアパートの入り口をぐるぐると回り、不可思議な行動をとっているユキの気配に首を傾げる。


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 (どうしようかしら………………つい、朝早く起きたからコータの部屋にでも行こうかと思ったけど、さすがにまだ寝てるわよね?)


 ユキは、一人で立ち往生しながら、理由を探していた。

 コータは全く気付いていないが、ユキはコータに好意的な感情を抱いているのだ。

 それがコータのよりも直線的ではなく、仲のいい友達ぐらいにユキは思っているのだが、それでも異性のなかで一番仲がいいのは否定できない。

 なので、ユキは、ただ単に一緒に散歩でもしようかと、誘いに来ただけなのだが、なかなか次の一歩を踏み出せずにいる。

 なぜ、自分がここでこのまま立ち往生しているのかの意味もわからず、自分に首を傾げるばかりだったが。


 (どうすれば、いいのよぉ~っ!!)


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 (これは、自然を装って、迎えに行ったほうがいいのかな? でも、逆に自分が目当てでもないのに、出て行ったらおかしいよな…………)


 ユキの思いなど露知らず、コータはそう思案する。

 その考えている割には、すでに玄関まで来てサンダルを履いているのだが、そこまで来て迷っている。


 (そうだ! 朝の散歩をしようとしたことにして、家を出ればいいんだ! よし、そうしよう)


 名案が浮かんだとばかりに、自分の手をポンと叩く。

 そして、さっそく自分の部屋の扉をガチャリと開け、カギを閉める。

 ドアが開いた音に、びっくりしたユキが、素早い動きで近くの物陰に隠れたのをコータは気配で察知したが、あえて自然体で階段を下りる。

 階段を下りている途中で、自分だとわかるように、わざとらしく「いい天気だな~」などと言ってみたりする。あざとい。

 その声を聴いて安心したのか、警戒心を解いて、物陰から出てくるのを気配で察知して、内心でガッツポーズをする。


 (よし、これなら散歩に誘えそうだ!)


 普段の言動と見た目の割に、意外と肉食系のコータである。

 そんな中、先に視界に捉えたのか、ユキがコータに挨拶をする。


 「コータ、おはよう」


 「あぁ、ユキ、おはよ―――」


 顔があったコータがユキに挨拶を返すが、その挨拶が不自然に宙に消えた。


 Q:なぜか?


 理由は簡単である。


 A:今、目の前にいるユキは、朝だということもあり、簡易なTシャツと素朴なスカート姿なのだが、長い髪は後ろで青いリボンに一括りにされ、いつもと違った印象を受ける。

 それに、いつもしている軽いメイクもしていないようで、素顔が際立っている。


 そして、ユキに心酔しているコータが、そんなユキを見てしまったら、まともに動けるはずもない。


 「大丈夫?」


 「お、え、あ、い、う、うん。 大丈夫」


 「ほんとうに大丈夫?」


 「イヤ、キニシナイデクレ」


 「ふふっ、変なコータ」


 不自然に固まったコータを、心配そうに見つめながら聞くユキに、大丈夫じゃなさそうな返事を返すが、尚も心配してくれるユキに、のどに詰まったような変な発音で言う。

 そんなコータのいつもとは違う様子に、くすりと笑うユキ。

 まるで天使…………否、女神のように笑うユキに、頬を真っ赤にし、魂を奪われて惚けたような顔になったコータだったが、目的があるのを思い出し、頭をぶんぶんと振る。


 「そういえば、どうしたの、こんな朝早くに?」

 (あんなにすっぴんがキレイなの、世界中でユキぐらいしかいないだろうな…………)


 言葉を発しながら、心の中ではそんなことを真剣に考えるコータ。


 「私は、ちょっと散歩でもしようかと思って……コータは?」


 「僕も、散歩しようと思ってさ。 いい天気だし、それに、なにより涼しいし」


 暦の上ではもう9月だが、まだまだ残暑が厳しいこのごろにしては涼しい気候なので、それを散歩の理由と仕立てたコータ。

 ユキも同じように思っていたらしく、全く疑わずにコータの話に乗る。


 「そうよね、久しぶりに涼しいわよね。 …………ところで、誰かと一緒に散歩する予定はある?」


 「うん? ないけど、どうして?」


 「じゃあ、一緒に散歩でもしない? 私と一緒に」


 「え゛っ!?」


 「私とじゃ、イヤ?」


 「いいえ、全然! むしろ大歓迎だよ!」


 まさか相手からその話が出るとは思っていなかったので、変な声を上げるコータ。

 それを勘違いしたのか、弱々しく上目遣いで聞いてくるユキに、慌ててブンブンと首を横に振りながら言う。


 「そう、それなら、良かった。 じゃあ、行きましょうか」


 「うん!」


 コータが全力で否定したので、笑顔になったユキが誘い、それにこどものように素直に頷くコータ。


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 「仲が良さそうですねぇ、あの二人」


 アパートの屋上に、気配を殺しながら呑気に酒盛りをする男が二人。

 そのうちの片方である、貴族然とした斎藤が、もう片方の人物であるマサルに、眼下を嬉しそうに歩く二人を見ながら言う。


 「まぁ、片方は、俺が命を救ってあげたし、片方は俺の義弟おとうとだからな~。 一年ぐらいは二人とも、俺らと一緒に暮らしてたし」


 「へぇ、そうなんですか。 それにしても、だんだんと若い世代が育ってきてますねぇ」


 「そりゃあな。 俺もけっこう後釜育てるのに苦労してるしなぁ」


 斎藤の言葉に、遠い目をしながら、応えるマサル。

 そして、年寄りのように若い者を見るような顔つきで言い、それに瓶のウィスキーをグビりとあおりながら答えるマサル。

 昨夜は浴びるほど飲んで、散々コータたちに迷惑をかけたのだが、全く反省していない。

 その証拠に、周囲には空き瓶がいくつも転がっており、いずれも度数の高い酒精ばかりだった。


 「アハハ、マサルさん、鷲目隊長と同じこと言ってますよ」


 「そうなのかぁ? あ、そういえば、アイツはいつになったら来るんだよ」


 「そろそろじゃないですかね? 多分ですけど」


 「おまえ、副官だろうが…………しっかりしろよ」


 「あは。 あのヒト、神出鬼没なので、把握しきれないんですよ」


 酔いが回っているのか、なぜか楽しそうにいう斉藤に、呆れたような声を出すマサル。

 今日も日の出とともに起きだして、酒を大量に持って斎藤のところに顔を出し、呆れさせた男の言葉とは思えなかった。

 自分が起きだすときに、同じベッドで寝ていて寝ぼけたアキに、思い切り腹部を蹴られたので、それでチャラだと思っている。


 「はぁ~~、ホークがくれば、大分楽になるんだけどなぁ」


 マサルは、どこにいるかわからない自分の親友を思い、そう声に出す。

 独自で調べた情報によると、訓練所もそろそろ狙われてもおかしくない頃合いなのだ。

 今回の事情を知っている知り合いや仲間には、なるべく救援に駆けつけてくれるように手を回しているマサルだが、その内何人が来てくれるかはわからない。

 そもそも、5年前の大戦で、かなりの戦力を失ったこちら側が勝てる見込みが少ないのだ。

 そう割り切って、何もせずにただ座して待つ輩も多いだろう。

 自分は、この命が果てるまで戦ってやるつもりだが。


 「ないものねだりをしても、仕方ないよなぁ。 はぁ、面倒だなぁ~」


 そう言って、空を仰ぐマサル。

 その目は空中のある一点に固定されており、とても厳しい目つきをしていたが、隣で一杯やっている斎藤は全く気付かなかった。


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 アパートの前の道を左に曲がり、コータとユキの二人はカヌー湖へと向かっていた。

 カヌー湖という名称はついているものの、けっこう規模が大きく、豪華客船の一隻や二隻は余裕で入りそうなぐらい広い。

 年に何回か行われる、訓練所を二分しての大規模戦闘訓練(通称旗取り合戦)では、この湖には、何隻かの船が浮かび、海軍としての役割も果たす。

 そして、湖の周囲には、遊歩道が設置されており、所々には、小さな橋までかかっているという念の入りようだ。

 コータは知らないが、この湖の周辺の整備は、30年近く前の当時の「意思を継ぐもの」の総長が同志を募って建設したのだ。

 さすがに、こんな朝早くから歩くような物好きはいないが、普段は意外と賑わっている。


 「やっぱり、誰もいないわね」


 「そうだね。 昨日の宴の影響か、ニンフ(精霊)も全然いなし、独占できるね」


 「そうね。 こんなの初めてだわ」


 「うん」


 ユキがあたりを見渡しながら言い、コータも、辺りに精霊の気配がないので、そう首肯する。

 普段なら、ニンフから人気者(全てのニンフは、美しい女性の姿をしているので軽いハーレムを満喫できる)のコータは湖に近づくとひっぱりだこで、何時間も解放されないことが多々あるが、今日はそんなことなかった。

 というよりも、むしろ静かすぎるぐらいだ。


 「う~ん、気のせいかな?」


 「どうしたの?」


 「いや、なんかいつもより静かだなと思ってさ」


 「そうかしら。 私にはいつもと同じにみえるけど」


 「そうだよね…………気のせいだよね」


 気配を感じなさすぎることに疑問を抱いたコータが、思わず口に出してつぶやくが、いぶかしげな表情をしたユキの言葉に納得する。

 せっかくの二人きりの時間なのだ。存分に楽しまねば、損である。

 そう思い、ユキに楽しげに話しだす。

 内容は主に、昨日の模擬戦闘の戦略についてだったが、お互いに実力者なので話が合うのだ。


 だが、この時のコータの感覚は正しかったのだが、それがわかるのはもう少し後になる。



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~次回予告~


マサル「ふぁああ~、朝か。 まだ飲み足りないな」

アキ 「んん~、ん~」

マサル「おっと、起こさないうちに早く酒持って斉藤のトコに行こうっと」

アキ 「んっ!!」

マサル「あぁ、悪い悪い。 毛布は持ってかないから」

アキ 「ふっ!」

マサル「ぐはぁっ!!(アキの右足が霞む勢いでマサルの脇腹を直撃)

アキ 「うふふふふ…………」

マサル「ぐっ、もしかして起きてやってるんじゃないよな?」

アキ 「んん?」

マサル「ゲッ、起きそう。 早く行こう」

アキ 「すーすー」

マサル(ここで起きて来たら、また瓶で頭殴られそうだからな)

そう心の中で呟き、窓から部屋を出る。

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