第6話 斉藤と申します

 「ふふっ、あなた達の先輩ですよ」


 白いスーツを着て、まるでどこかの貴族みたいな優しそうで整った外見をした(あくまで、コータの主観であるが)大学生くらいの男性がそう言った。青年という年頃だろうか。成人したかどうかくらいだろう。

 もっとも、スーツを着てるので、多少大人に見えるだけであって、本当はもう少し若いのかもしれない。


その言葉に、ミツル以外の一同は首を傾げる。

 こんな先輩は訓練所では見たことはないし、今は訳あって、ほとんど全ての成人した「意志をつぐ者」達は訓練所にはいない。


 もし、いたとしてもそれは報告のためであり、長居はせず、またすぐに日本全国どこかに旅立ってしまうからだ。

 それに、コータ自身が首をかしげた理由は他にもある。

 この眼前の男から、気配がまるで感じないのだ。

 姿が見えないならまだしも、(といっても、コータの優れた第六感ならほとんどのヒトなら気配を察知できるが)目の前にいるのにも関わらず、気配を感じないなんて人生初の体験だ。


 自分の近くにはバケモノのように強いヤツがいる(本気でコータがかかっていっても片手でやられるくらいに強い)のだが、そいつは全然本気を出さないので、こんな風に実力を思い知らされるなんて初めての出来事なのだ。


 「それと、結界がなくなったのは、アポロン様がそうしなさいと仰ったからです。 別に私の力不足が招いた結果ではないですよ?」


 青年が前半部分を事務的な口調で言い、後半はくれぐれも誤解しないでくれっ!という思いが多分に含まれた声音で言う。

 その言葉に、ミツルが反応する。


 「では、あなたがこの学校の結界を?」


 言葉は丁寧だが、相変わらずの感情が抜け落ちた声音で言う。

 その声音に不満をあらわすでもなく、青年はその整った顔立ちに笑みを広げながら、応える。


 「ええ。そうですとも。 そういえば、自己紹介がまだでしたね。 私はシスティーナ遊軍の第二軍所属、少将の斉藤と申します」

 

 「システィーナ遊軍の方でしたかっ!? 僕は、鈴木コータです。 いつもお世話になっています」


自己紹介をする青年、もとい斉藤に、驚いた声でコータが慌てて自分も自己紹介をする。

 そんな様子を、一同は不審そうな目で見ていたが、本人は全く気付いていない。

 因みに、システィーナ遊軍というのは女神システィーナが創設した私軍であり、主に普通の人間たちで構成されている。

 人間による、怪物を倒すことを目的とした唯一の組織だ。

 しかも、魔法体系を人間に享受しているこの世界では数少ない組織の一つでもある。

 そして、5年前の大戦では「意志をつぐ者」たちの味方として戦った戦友同士でもある。

 なので、訓練所と遊軍は比較的友好な関係を築いている。


 「ほう。 あなたが、あのヒトの……ここに通っているとは聞きましたが、あなたでしたか」


 「あぁっ!! ここで、その話はちょっと」


 「そうでしたね。すみません。 では、後ほど改めて」


 「はい。 お願いします」


 そんなコータの自己紹介に、斉藤が興味深げに目を細めて、言葉を交わす二人だったが、コータが話しを切り上げる。

 そして、彼らを益々不審そうな目で見る一同。

 先程よりも視線が鋭いがやはり気付かないコータ。

 気が動転していて、周りに気を配れていないのだ。


 「ええーと、二人は知り合いなんですか?」


 ミホが、名前は知らなかったらしいが親しげに話す二人を見て指摘する。


 「いえ、全く」

 「イヤ、全然」


 その言葉に、斉藤とコータは揃って即座に否定する。

 即答で否定するものだから、目を白黒させるミホにかわり、今度はミツルが言葉を発する。


 「では、二人は共通の誰かを知っているのですね?」


 その鋭い指摘に、困ったような顔になる斉藤と、苦虫を噛み潰したような顔になるコータ。


 「…………できれば、聞かないでくれると助かる。 いつか、話すから」


 「そうらしいですよ」


 搾り出すような声で言うコータと、それを見て苦笑しながら言う斉藤。

 その答えに納得したのか、ミツルも寛大に頷く。


 「わかった。 それと、俺の名前は芦辺ミツルだ」


 いつも通りの口調と声音で自己紹介をするミツルに続き、他の皆も自己紹介をする。

 そして、それが一通り終わってから、誠二が口を開いた。


 「なぁ。そういえば、さっきさ、アポロンさまの命令で結界を解けって言われたって言ってたケド、そりゃなんで?」


 「さぁ? 私はただ結界を解けとしか言われませんでしたけど」


 不審そうな声で聞いた誠二に、キョトンとして返す斉藤。

 その斉藤から帰って来た言葉を聞いて、誠二は悩ましそうな表情になる。


 「どうしたの?」


 その表情をした誠二を見て、心配そうに聞くコータ。


 「いや、どうもアポロンさまの様子だと、とても自分で結界を解けって言う様には見えなかったんだがなぁ」


 「そうそう! そういえば、『クソっ! もう来たのか! 予定より早いぞ!』って言ってたような気がする」


 「……おまえって、無駄な記憶力いいよな」


 「そうか~?」


 思い出しながら訝しげに言う誠二に、ワタルが勢いよく同意し、意外な記憶力を発揮する。

 そして、誠二がその記憶力を指摘するが本人はただ笑っている。

 まぁ、毎回試験が悲惨なコトになっているのでそれも仕方ないと思うが。


 「アポロン様がそんなことを仰っていたのですか?」


 斉藤が考えながら口にする。

 それを誠二とワタルが全面的に肯定する。


 「そうそう。 ワタルが言ったのを、全くそのとおりに言ってたな」


 「それに、あと予言ももらったな」


 ワタルの発した言葉に、一同は真剣な眼差しを向ける。

 予言は「意志をつぐ者」にとって、とても大切なコトである。

 これまで、数々の予言があったが、それが外れたことは一度もない。ただの一度もだ。


 それがどんなに悲惨な予言だろうと、幸運な予言(そんなものは滅多にないが)だろうと。


 なので、皆がその内容に興味(恐怖)をそそられるのだ。


 「確かだな…………『汝、仲間のために暗闇を彷徨(さまよ)い、絶望に打ちひしがれるだろう。また、汝、雷の姫を守り続け、此の地へと旅立つことになろう』だったような気がする」


 予言の部分の声音も変えて、重々しく話すワタル。

 その予言を静かに、だが緊張して聞いていた一同だが、ワタルが言い終わると同時に首を傾げる。


 「なんか、歯切れの悪い予言だね?」


 「確かに、此の地ってどこだよっ!?てなるわね」


 「ふむ、聞いたこともないな」


 最初に口を開いたのはコータであり、自分が今まで聞いてきた予言とは少し違うものだったのでそれを気にして言う。


 それに、同じように言うミホも、ミツルに答えを求めてそちらを向きながら言うがミツルも首を横に振りながらわからないと言った。

 斉藤はそもそも予言というものに面識がないらしく、ひたすら首を捻っていた。


 「まぁ、いいや。 それよりも、なぜアポロンさまが結界を解くように言ったのかだな。 いくら、神様とはいえアンタみたいな実力者の目を欺けるとは思えないし」


 誠二が丁寧さがすっかり抜け落ちた言葉で誰ともなく言うが、これもまた皆が首を傾げるばかりだった。

 それぞれの間に、気不味い空気が流れ始めたところで、教室の出口からまた新たな人物が顔を出した。


 「ねぇ、さっきの大丈夫だった? って、どしたの皆。 浮かない顔して」

 「あれ? そちらの方はどちら様?」


 教室の入り口から姿を現した可愛らしい姿のポニーテールの美少女。

 と、腰のあたりまで伸びる黒髪が映える、女神のような比肩する者はそうそういなさそうな美貌を持つ少女がこちらを視認してから口を開く。

 絶世の美女とでも行ったほうが的確だろうか。


 どちらもコータの主観である(後者のほうが思いっきり美化されているが)

 その二人を見て、ミホが手を合わせて言う。


 「あっ! カオリとユキ、ゴメン! なんかさっき怪物に襲撃されちゃってさー」


 「なるほどねぇ。 だから、あんな音したんだ?」


 「皆、怪我はないの?」


 ミホの言葉に、「学問の意志をつぐ者」の霧野きりの カオリが納得したように頷き、コータと同じ「すべての意志をつぐ者」の須崎すざき ユキが皆に心配そうに聞く。

 そう聞くユキをぼうっと眺める男共(もちろん、ミツルは違うが)は惚けたような顔で頷く。

 古い言い方をすれば、魂を奪われたとでも言うのが適切かもしれない。

 しかし、彼女のいるワタルはその瞬間に、彼の彼女であるミホに殴られ、地面に潰えたが。


 「だ、大丈夫、大丈夫」

 「う、うん、なんともない」


 地面に潰えたワタルを見て、我に返り、すぐに反応をみせる誠二とコータ。

 流石に恋人なワケじゃないコータ達は殴られないとは思うが、恐怖心が勝った結果である。


 「そう、なら良かった。 ところで、そちらの方はどちら様?」


 微笑みながらそう言ったユキに、またしても魂が飛んでいきそうになったが、斉藤をみながら遠慮するように発せられた言葉により、なんとか回避できた。

 ユキが言わんとしているのが自分だというのに気付いた斉藤は、自分から名乗りを上げる。


 「私は、システィーナ遊軍の第二軍所属、少将の斉藤と申します。 以後、お見知り置きを」


 先程と同じ内容の自己紹介をする斉藤に、二人も自己紹介を返す。


 「私は、訓練生の須崎 ユキです」


 「あたしも訓練生で、名前は霧野 カオリっていうの。 よろしくねっ!」


 言葉少なだが、しっかりと自己紹介をするユキに、まるで友達にでも話しかけるかのように言うカオリ。

 今が初対面だと思うが、カオリはいつもこんな調子である。

 そんな態度に、頭を痛くする一同だが、斉藤が気にしていない様子でよろしく、と言ったので溜め息をつく。


 「そういえば、斉藤さん。 なんで、また俺らの前に姿を現したのですか? 前までは、まるで僕達の前に姿を見せてくれなかったのに」


 コータが空気を戻すように話題転換をして、斉藤に首をかしげながら聞く。

 その言葉に、思い出したような顔をしながら、人差し指を立てて応える。


 「そうそう。 隊長……いや、鷲目大将からの依頼でね。 君たちが困るだろうから、姿を現して力添えをしてくれって言われたんだよ」


 「力添え……? なにかあるのか、これから?」


 斉藤の言葉に、ミツルが不審げな声音で問う。

 ミツルが声音を変化させたことに、多かれ少なかれ危惧を覚えた訓練所のメンバーは言葉を待つ。


 「いえ、正確には違います…………もしかしたら、これからなにかが起こるかもしれないというコトです。 ちゃんとした話は、君たちの訓練所にいる所長にするので、それまで待っていてください」


 途中で、聞き出そうと口を開きかけた誠二を、手で抑えながら斉藤が言う。

 真剣な表情だったので、恐らくとんでもないことが起こるのかもしれない。


 「では、訓練所に行こう」


 ミツルがすぐにそう返し、無言で教室を出て行こうとする。

 その背中に、コータが呼び止める。


 「待て、ミツル! 帰るメンバーはこっちで決める! 誠二、すまないが、他の皆を呼んできてくれないか? 多分、あの音(さっきの戦闘の轟音のこと)は聞こえたと思うからまだ学校にいるハズだ」


 「わかった。 ワタル、おまえは一年生のフロアに行ってくれ。 俺が、3年生を呼んで来るから」


 一応、「すべての意志をつぐ者」の総長(リーダー)であるコータが、指示を出す。訓練所には、それぞれの「意志をつぐ者」の総長が決められているのだ。

 それに応じた誠二は、早く全員を集める為にワタルも巻き込む。


 「えぇー、俺もかよぉ」


 「文句言ってないで早くしろ」


 普段なら、人に使われることを嫌うワタルが反抗して、喧嘩に発展し兼ねなかっただろうが、今は一刻も早くミホの冷たい視線から離れたかったのか、文句を言いながらも素直に従う。


 そして、ワタルの言葉を一蹴した誠二と共に教室を出て行く。

 因みに、いまここに、2年生の面子は全員揃っているので、あとは1、3年生だけなのだ。


 「よし、とりあえず、この学校には全部で23人いるから、4つの班に分けよう」


 「一班5、6人ね」


 「うん、それくらいが戦力を集める限界だと思うからね」


 「そうね」


 コータの言葉に、ユキが確認の意味を込めて聞き、頷いて同意を示す。

 一応、確認のために周りを見るが、皆それぞれ了承してくれた。

 ミツルは小さく頷いたのみだったが、ミホとカオリは右手の親指をサムズアップし、斉藤は小さく微笑んでくれた。

 こちらに全てを任せるという意味だろう。


 「問題は、それぞれの班の編成をどうするかだな…………」


 こめかみを押さえながらコータが悩ましい声を上げる。

 普通、連携をとりやすいように、一班3人か4人で構成されているのだ。

 二人だけの班や、いつも6人の班もあるにはあるが、どちらかというと少数派だ。


 「くじ引きでいいんじゃない?」


 「流石にダメでしょ、それは」


 ミホが軽くそう言うのに対し、戦術を立てるのが得意な、戦術眼のある指揮官としても有能なカオリが難色を示す。


 「バカじゃないの? あぁ、そういえば、バカだったね…………」


 当然の如く反対したコータが、思わず呆れた声で言うが、自己完結する。

 その言葉に、目を鋭くしたミホが殴りかかろうとするが、ユキに睨まれたので、その場で留まる。

 思わず失言したコータは焦ったが、ユキに助けられてホッとする。


 美人が睨みを利かすと、その破壊力はバツグンで、さしものミホですら逆らえない。

 だが、そんな睨んだときの顔さえも可愛いと思ってしまうヒトがいるのをユキは知らない。


 「と、とにかく、できれば同じ班のメンバーが2人は一緒になるように編成しよう」


 「まぁ、そこらへんが妥協点でしょうね。 それなら、文句も出なさそうだしね」


 コータが締めるように言い、戦術家であるカオリが賛成したので、方針は決まった。

 問題は、誰と誰をくっつけるかだ。


 「斉藤さんは一番の実力者揃いの班でちゃんと護衛するとして、その人員はどうしようか」


 「私はこれでも、完全実力主義の遊軍で少将という地位に就いているので、そこそこ強いので別に大丈夫ですよ?」 


 「いえ、それでも、客人ですから。 僕達に頼ってくださいよ」


 「…………そうですか。 それなら、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 コータの言葉に、傲岸不遜なセリフで反論する斉藤だったが、コータの意志の強さを感じ取ったのか素直に引き下がる。

 そして、そこに、先輩と後輩を後ろに引き連れたワタルと誠二が帰ってくる。


 「おーい、連れて来たぞ~」


 この状況を察しているのか、と思うほど呑気な声を発するワタルだった。



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~次回予告~


先輩A「オイ、壁が粉々だぞ」

先輩B「なんだって!?」

先輩C「うおっ!? 何してんだよ、アイツら!」

コータ(悪いのは僕じゃなくて、シールド張らなかったミツルです)

ミツル「…………(なんともない顔で窓の外を眺める)」

ミホ 「うわぁ、人に濡れ衣着せようとしてるよぉ」

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