第7話 訓練所へ帰ろう

 「おーい、連れて来たぞ~」


 ワタルが開きっぱなしのドアをくぐりながら、コータに向けて呑気に言う。

 後ろの1年生や3年生は、破壊された向かい側の壁を見てヒソヒソと後ろでざわめきを漏らす。


 「おい、なんだアレ?」


 「怪物の襲撃があったんじゃない?」


 「にしても、ヒデェな。 俺たちと当たらなくて良かったぜ」


 「それな。 つーか、アイツ誰だ?」


 「あ、ホントだ。 誰だ、あれ?」


 ざわめく生徒達の声が聞こえたのか、斉藤が一歩前に踏み出し、優雅に手などを添えて挨拶をする。


 「初めまして、訓練生の皆さん。 私はシスティーナ遊軍の少将、斉藤と申します。 ココの結界を張っていた者です。 以後、お見知り置きを」


 その自己紹介に、生徒達はまたざわめく。

 中には、明らかに猜疑心まみれの視線を浴びせる者もいた。

 そんな彼らに、コータが優しく声を掛ける。


 「みんなっ! 斉藤さんは僕達の味方だから、安心していいよ! 僕が保障する!」


 斉藤を庇うように、性別年齢構わず絶大な信頼(というか、好意)を持たれているコータが何度も頷き、真剣な顔で保障するので、皆は一応は敵愾心を消す。

 その空気に、心から安堵するコータ。


 自分では気付いていないが、信頼を寄せられているなどと思っていないので、このまま争いに発展するかもしれないと危ぶんでいたのだ。


 (なんで、これだけ慕われてるのにコイツは全く気付かないんだ?)


 そんなコータを、不思議そうな目で眺めるミツル。

 その後ろでは、ユキがコータのことをぼぉっとした顔で見つめている。


 ユキのそんな姿を見て想像が膨らんだミツルだが、それはないだろうと、ミツルは慌てて頭を振る。

 そんなミツルには誰も触れずに、新たな声が発せられる。


 「わかった。 コータがそこまで言うのなら信じよう。 みんなもそれでいいよな?」


 別に信じないとは言っていなかったが、皆に聞こえるようにあえてそう、一つ上の先輩である岡田 蓮おかだ れんがみんなの方に向きながら確認を取りつつ言う。


 「戦いの意志をつぐ者」の総長で、コータの剣の師でもある、かなりの実力者(今は、元々のセンスがあったコータと腕は同じくらいだが)。

 正面で向き合うと、女性が赤面するような、ミツルとは違った趣(おもむき)のイケメンで非常に温厚な性格である。

それ故に、初対面のヒトには「美の意志をつぐ者」とよく間違われる。

因みに「美の意志をつぐ者」というのは、総じて見事に美男美女だらけで、よく新人相手にイイ話ネタとして扱われるのだ。


そんな蓮が、コータに同調したとあれば、イヤと言うヒトは少なくともこの場にはいない。


「…………コレにミツルがいれば、軽い詐欺ならいくらでもできそうな気がするんだよなぁ」


誠二がボソッと呟いたが、その声が聞こえたコータは、聞こえていないフリをして、話し出す。


「みんなっ! 急で悪いけど、斉藤さんを訓練所まで護衛するから5,6人の班を作ってくれないか? あと、俺とユキと蓮兄れんにぃとミツルとミホ、それにカオリは斉藤さんを直接守る部隊だ!」


声を張り上げてしっかりと聞こえるように言い、ここにいるメンバーの中で実力のある者を同じチームにする。

 そのコータの決定に、皆それぞれ頷き、周囲の人達とチームを組み始める。


 「わかった。 じゃあ、全体の指揮は俺が執る! 副官はカオリだ」


 「りょーかい」


 「「「わかったっ!」」」


 訓練所の決まりにより、こういう臨時のチームを組むときは、一番の年長者の総長が全体の指揮を執ることになっていて、副官はその指揮官が自分で決められるようになっている。


 カオリは、自分が戦術を立てるのが上手だと自他ともに認めているので、誰からも反論は出なかったが、その気の抜けた返事に顔をしかめる女子が何人かいたのだが、本人は気にしていないようである。


 だが、ここで思わぬトコロから反論が出た。


 「ちょっと、待てぇぇぇぇいいいい!!!!」


 ワタルが憤慨した様子で叫びながらずかずかとコータの前に近寄ってくる。

 そして、コータの胸の中心を指差して、一言一言、区切りながら言う。


 「なんで、俺が、ミホと、同じ、チーム、じゃ、ない、んだっ!?」


 「そんなコト言われてもなぁ、だって、ワタルはミホより弱いじゃん?」


 魂からの叫びを発するワタルに、悪びれも無く言ってのけるコータ。

 その言葉にはこの場にいる斉藤を除く全てのヒトが頷く。

 中には、そりゃ仕方ないだろう、というカンジで憐れみの目も見える。

 そんな視線の中、ワタルよりも早く動いたのはミホだった。


 「仕方ないよ、ワタルなんだから」


 肩に手を置いて、真面目な顔で言うミホ。

 そんなミホに、泣きそうな顔をしたワタルだったが、なにやらミホに小さく耳打ちされた。

 その直後、ワタルの顔が喜色満面の笑みになり、嬉しそうに頷いている。


 「単純なヤツだな」


 「いつも通りだろ?」


 「あぁ、確かに」


 バカにしたように言うミツルに、呆れて返す誠二とコータ。

 どんな内容かはわからないが、ワタルにとってはイイことがあったに違いない。

 みるからに回復したワタルは、チーム決めを嬉々としてやっている。


 「さてと、俺も向こうで決めてくるわ」


 誠二がそう言い、チームを決めているメンバーの下に走り、自分もその中に入る。

 その後、約5分後に全チームが決まった。

 基本は同じ学年の仲のいい者同士で集まってチームを組んでいる、もしくは元々同じチームのメンバーが揃っている。

だが、誠二とワタルはコータとミツルと同じチームなので、自然と仲の良いヒトとなるはずだったが、どうゆう運命の悪戯か、女子だらけのチームに入ってしまったのだ。


 「なんで、俺だけじゃなくて、コイツもいるんだよォォォォ!!!!」


 「なんだと、テメェェェ!! 俺が敵倒してやるんだから感謝しろよな!!」


 同じチームのくせに犬猿の仲の誠二とワタルが口論を始める。

 ミツルも同じく二人とは犬猿の仲であり、三つ巴の戦いみたいになっている。


 このチームのリーダーであるコータが上手く取り持っているからいつもは大丈夫なだけ(たまに、コータでも抑えられない時があるが)であり、各々で一緒になるとこのような状況になる。


 「弱い犬ほどよく吠えるってな」


 「んだと、ごらぁっ!!」


 「もういっぺん、言ってみやがれや!!」


 口論を始めた誠二とワタルの二人に、ミツルが皮肉を言う。

 そして、それを見過ごすわけのない二人がミツルに殴りかからんとする。

 ワタルなんかは、普段の軽い調子が嘘のように消えて、殺気の篭った目で誠二とミツルを等分に眺めている。


 それは、誠二も同じであり、いつ喧嘩に発展するかわかったものじゃない。

 ミツルだけはいつもの無表情だが、どこか飄々とした態度なので、余計に二人を煽っているように見える。

 そんなワタルと誠二の二人と同じチームになった4人の女子生徒(全員が1年生)はおろおろとしており、しきりにコータに救いを求める眼差しを向けてくる。


 「俺は何度でも言ってやるぞ」


 「ああん?」

 「その生意気な口を聞けなくしてやろうか…………」


 ミツルが小馬鹿にしたようにさらっというので、ワタルと誠二は今にも飛び掛らんばかりだ。

 そして、その状況に止めを刺すようにミツルが言う。 


 「もっとも、俺が弱者の相手などする気はないが」


 次の瞬間、二人が先程のウェンティとの戦いのときよりも素早い動作で動き、二人が同時にミツルに拳を当てようとする。

 だが、その二人の後ろに現れた影により、二人は地面に潰えた。


 「全く、バカやってないで、早く訓練所に帰るわよっ!」


 現れた影、もといミホが両の拳を握り締め、振り切った状態で姿を見せる。

 あまりの速さに、ワタルと誠二の二人は全く反応できず、ただ強かに教室の床へと沈んだ。


 「はぁ、ありがとう、ミホ。 おかげで面倒ごとが回避されたよ」


 「いいのよ、これくらい。 コータはいつも大変そうだしね」


 溜め息を吐きながら疲れた声音で、ミホに感謝の意を伝えるコータ。

 コータを労うように、優しい言葉で返すミホ。

 そんな状況の中、斉藤だけは驚きで目を白黒させていたが、周囲のメンバーが全員、呆れたような顔つきで地面に潰えた二人を見ていたので、こんなことは日常茶飯事なのだろうと、無理やり納得する。


 「全く、おまえらは…………コータもホントに大変だな。 こんなチームよくまとめられるよな」


 蓮が呆れ半分、感嘆半分といった声音でコータに言う。


 「あは、あははは」


 コータとしては、複雑な気持ちなので、渇いた笑みしか出ない。

 この空気を払拭するように、ユキが声を発する。


 「みんなっ! 早く出ないと、夜になっちゃうよ!」


 「おお、ホントだ。 もう、こんな時間か」


 「ヤバッ、ていうか、この壁どうするの?」


 ユキの、夜になると怪物の凶暴性が増すという習性を気にした言葉にコータとカオリが応える。

既に、時計の時刻は4時半を指しており、いくら夏とはいえ、ここから一番近い入り口には徒歩で30分はかかるのだ。

 それに、怪物の襲撃もあると考えるとなるべく早くココを出たほうがいい。


 「あぁ、それなら私の部下が直しますので、あなた方は心配なさらなくて、大丈夫ですよ」


 カオリの疑問に、斉藤が答える。

 部下がどこにいるのか不明だが、実力派集団であるシスティーナ遊軍のことだから、悟らせないだけで確かにいるのだろう。


 「そうか、ありがとう。 じゃあ、今すぐにでも出ようか」


 コータが代表して斉藤にそう言い、自分が先に教室を出る。

 その後にチームのメンバーと斉藤が続き、他のチームも後ろからついてくる。



 そして、階段を下りて昇降口にある自分の靴を履いてから、斥候のチームから校門を出て行く。

 チーム同士は、ミツルの情報伝達魔法コミュニケーションラインによって、連絡が取れるようになっている。

 ここにいる全員に通信チャンネルを広げることもミツルの魔力量なら可能だが、そうすると通信が混雑するので各班の班長にしか通信は繋げていない。

 次々と間隔をあけながらチームが出て行ったが、最後の1班が辺りをキョロキョロしながら、立ち止まっていた。

 女の子が4人だけで固まっていて、そんな班はさっき作られていなかったハズだと思い、コータが不審そうに近寄った。


 「アレ、君たちはどうしたの?」


 「あの~、それが誠二さんとワタルさんがどっか行っちゃって」


 確かに良く見るとさっき誠二たちと同じチームになった女の子達だった。

 その中の、責任感の強そうなキリッとした目の黒髪の長い女の子がコータの前に進み出てきた。


 「ちょっと! なんで、あの人たちがいないのよ!」


 「ちょっ、やめなって、サキちゃん」


 責め立てるようにコータに言うサキちゃんと呼ばれた女の子に、近くにいた大人しそうな雰囲気の子が腕を掴んで止めさせようとする。


 「なんでって、僕に言われてもなぁ。 もしかして、まだあそこでノビてるんじゃない?」


 優しく、諭すようにサキちゃんに言ったが、逆効果だったらしく、またも責め立てるような言葉が返ってくる。


 「なんでって、あなたは同じチームのそれも隊長なんでしょ!? それぐらい把握できてなくてどうするのよ!」


 「いやぁ~、それは面目ないです、はい。 でも、どうせちゃんと来るから大丈夫だよ」


 サキのごもっともな意見に、頭を掻くコータ。

 その態度が気に食わなかったのか、さらに何か言おうとする。


 「くぅっ!! これだから――」


 「サキちゃん、そのへんにしてあげて? コータだって悪気があるわけじゃないのよ」


 尚も言い募ろうとしたサキにユキが間に割って入る。

 そのコータを庇うような姿勢に、心を囚われたコータは無意識のうちに肯定する。


 (うわっ、女神だっ!?)


 至近距離でユキを見つめていたため、軽い硬直にかかるコータだが、上から降ってきた声に現実に引き戻された。


 「うわああぁぁぁ!!!?」

 「テメェらァァァァ!! 俺を置いていく気かぁっ!?」


 上空を見上げると、窓から飛び降りたのか、上から降ってくる誠二とワタル。

 その二人を視認してから、悪戯っぽい顔をして、サキを見る。


 「ほらな、ちゃんと来たでしょ?」


 「―――っ!!」


 「痛いっ! 何でっ!?」


 笑顔共に、発せられたコータの言葉に、顔を真っ赤にしたサキがコータの腹めがけてパンチを繰り出し、早歩きで去って行ってしまう。

 避けることもできたが、後が怖そうなので素直に喰らったが、やはり痛いものは痛い。


 「オイ、テメェら! なんで、俺たちを起こしてくれなかったんだよ!」


 「あぁ、すっかり忘れてたわ」


 「忘れてたっ!?」


 「早く行かないと遅れるよ?」


 見事に空中で一回転をして危なげも無くコータの眼前に着地したワタルが、開口一番怒鳴り声を上げる。

 その怒鳴り声に、後ろにいたミホが平板な声音で答え、コータが前に既に歩き出したサキのチームを指差しながら忠告する。


 「あっ、ヤベっ! 行くぞ、ワタル!」


 「お、おう! じゃあ、また後でな、ミホ!」


 「はいはーい」


 駆け出した誠二の後を、慌てて追いながらミホに別れの挨拶をするワタル。

 そして、それに適当に答えるミホ。

 ワタルたちが出て行くのを確認してから、蓮が自分のチームに声をかける。


 「よし、じゃあ行くか。 いつも通り、俺とコータが前衛でミホとユキが中衛、後衛はミツルとカオリに任せる。 斉藤さんは中衛に入ってください」


 自らのチームのバランスを考慮して配置を決めていく蓮に斉藤が意見を申し出た。


 「私も、戦列に加わるのですか? 私なんかを入れて、連携は大丈夫ですか?」


 斉藤は、自分が戦闘に加わざるを得ない配置になって、元々の知り合いなメンバーの連携の邪魔にならないかと危惧しているのだ。


 その危惧は当然で、いくら個々の力が強くても、連携が上手くいかなければ、その真価が発揮されることはない。

 だが、そんな当然の危惧に、蓮は笑って答える。


 「大丈夫ですよ。 俺たちは遊軍のマニュアルも全て学んでいますから」


 「なるほど。 なら、こちらこそよろしくお願いします」


 遊軍全体の兵士が学ぶ「動き方」の訓練書マニュアルを学んでいるという言葉を聞いて、安心して律儀にもお辞儀をする斉藤。

 コータとしては、彼の上司にあたる鷲目大将を知っているので、彼とは似ても似つかないので、終始驚きっぱなしだ。

 驚いているコータを尻目に、蓮が歩を進める。


 「いつでも、抜刀できるようにしておけよ」


 皆に注意喚起をして、頷くの確認してから、校門の外へと足を踏み出す。



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~ワタルと誠二~


ワタル「うぅ~ん…………はっ!」

誠二 「うぅ、頭が痛い痛い」

ワタル「オイ! 誠二、起きろ!」

誠二 「んん? アレ、ここドコだ?」

ワタル「俺たちはミホに殴られたんだよっ!」

誠二 「あぁ、思い出した。 で、何で誰もいないのさ?」

ワタル「わからないけど……あっ! 外にみんないるぞ!?」

   窓に近寄り、下を見下ろしながらワタル。

誠二 「あっ!? ホントだ!」

   ワタルの隣に立ち、下を見下ろす誠二。

ワタル「これって、早く行かないと置いてかれるんじゃない?」

誠二 「うん、そんな感じだ」

ワタル「よし、じゃあ、飛び降りようか~」

誠二 「えっ? ちょっと待て、腕を掴むなァァァ!!! 放せェェェ!!!」

ワタル「えいっ(誠二を窓の外に放り投げる)」

誠二 「うわああぁぁぁ!!!???」

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