第155話「女は現実、男は思い出」

 そう!

 そうなのだ。


 俺が会った情報屋サンドラさんの本名はミルヴァ。

 デックアールヴの彼女は何と……アマンダの母親だった!

 

 マティアスは軽く息を吐く。

 そして興奮した気持ちを落ち着かせると、思い切り身を乗り出して尋ねて来る。


「トールよ。お前はこれを一体どこで手に入れたのだ?」


 マティアスから聞かれて、俺は大いに迷っていた。

 すなわちミルヴァさんの居場所を教えるか、教えないかで、だ。


 いくら元恋人だからといって、情報屋の素性って、簡単に言って良いのか。

 ミルヴァさんみたいな情報屋のツテは仲間内じゃあ極秘らしいから。

 守秘義務って、この世界でもありそうじゃあないか。


 でもマティアスの表情は真剣そのものだ。

 

 当然の事だろうが、昔別れた恋人の事が気になるらしい。

 彼は一生、ミルヴァさんの事が忘れられないのであろう。

 このような場合、女性はすぐに切り替えが利くらしいけど。

 逆に男はずっと昔の彼女の事を良き思い出として引き摺ってしまうようだ。

 

 格好良く言うのなら……女は今の現実の中に、そして男は過去の思い出の中に生きているのだ。


「まず、理由わけを聞かせて下さい」


 俺はそう言うと情報屋へ繋ぎをつけたヴォラクを振り返った。

 ヴォラクは、同意して頷く。


「俺はこの地図をある人から手に入れたのですが……貴方がその人の事を知りたがる理由わけ教えて貰えますか?」


 一瞬、考え込んだマティアスではあったが、意を決したように口を開いた。


「……この地図を描いた者は多分、私の元の恋人だ。そしてお前の妻であるアマンダの母親なんだ」


「えええええっ!?」


 やはり予想通り。

 驚いて見せた俺は、マティアスにサンドラさんの容姿を伝えてみた。

 マティアスは頷く。

 俺の言う風貌通りだと。


 マティアスの話で裏付けられた。

 やっぱりそうなのだ。

 情報屋のサンドラことミルヴァさんはアマンダの母親だった。 

 

 そういえば、俺はアマンダの生立ちを聞いている。

 確かマティアスが迷宮で出会ったデックアールヴと恋に落ちてアマンダが生まれた。


 待てよ……迷宮って言ってたな。

 迷宮!?

 そうか!

 この地図を描いた冒険者って、ミルヴァさん本人か!

 彼女の実体験から迷宮の地図が描かれていたんだ。

 という事は一緒に居た冒険者って……


 俺の考えている事はすぐマティアスに分ったようである。


「そうだよ、ペルデレの迷宮奥で出会い、何とか脱出して地上に出たのは私とミルヴァなんだ……」


 ――30分後


 俺は追記した契約書、そして迷宮の地図の追記及び補足説明と引き換えに……

 サンドラさんの居所と合言葉をマティアスに教えていた。

 彼の望みというのは、昔別れた恋人を相手に分からないようにそっと見守る…… という、とってもささやかなものであった。


 但し、念の為俺はマティアスとしっかりと約束をする。

 情報の出所を絶対に言わない事。

 彼女へ執拗につきまとって無理に復縁を迫ったり、会ったとしても絶対暴力を振るわない事だ。


 マティアスは何度も頷いて約束してくれた。

 俺はつい魔力波オーラで確認してしまったが、彼は嘘をついていなさそうだ。


 意外だったのはアマンダである。

 いつもは優しくて聡明なアマンダが母親の話になるとそっぽを向いていたからだ。

 間違いなく、アマンダと母親ミルヴァさんの間には親子の確執がある。

 何か特別な理由があるのだろうが、俺はアマンダを問い質すつもりはない。


 ふと思い出した。

 俺はもうひとつマティアスに聞きたい事があった。


「最後に聞きたい。迷宮で得た宝物に関してです。あの迷宮はイエーラの領土内にあるじゃあないですか」


 ガルドルド魔法帝国の遺産……

 ソフィアは俺達がゲットすると言っていたが、現在この土地を支配しているのはこのアールヴの国イェーラなのだ。

 案の定、マティアスの説明は俺達の期待したものではなかった。


「基本的にはまず発見者に所有権が発生するが、その後に冒険者ギルドへ必ず届け出て貰う事になる。専属の魔法鑑定士の判断でイエーラに必要なものだと判断されれば、強制的に適正価格で買い取られる事になるな」


 マティアスの話を聞いて、あからさまな不満を見せたのがソフィアである。


「馬鹿な事を申すな! ガルドルド魔法帝国のものは帝国の所有物に決まっておろうが!」


「ガルドルド魔法帝国? あ、ああ遥か昔に滅びたあの国か。もう生き残りなどいないし、現在この地はイエーラの領土だ。最終所有権はイエーラにあるぞ」


 きっぱりと言い切るマティアスに、ソフィアは思わず反論しようとした。


「滅びてなどおら……うぐぐぐぐ」


 俺は慌ててソフィアの口を塞いだ。

 

 駄目だって!

 悔しいかもしれないが、お前の存在はアンタッチャブルなんだから。

 暴れるソフィアを見たマティアスは、いぶかしげな表情だ。


「……その娘は、何かガルドルド魔法帝国に関係があるのか?」


「いや、無いぞ。全く無い。だが彼女は考古学を学んでいるのだ」


 俺の苦し紛れの嘘を、どうやらマティアスは信じてくれたらしい。


「ほう! 成る程な。……それなら納得だ、考古学者は正義感に溢れたロマンティストが多いからな」


 マティアスはそれ以上何の疑いもしなかった。


 そして愛娘アマンダ&依頼の事を頼むと、深く深く頭を下げてから、辞去して行ったのである。

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