第154話「契約締結」

「これで良いか?」


 マティアス・エイルトヴァーラは自ら作成した契約書にサインして差し出した。

 

 ちなみに俺は正式な契約書と言うのは生まれて初めて見る。

 だから形式がどうで、何が盛り込まれていて、何が必要か?

 もしも不備があるとしたら、一体どこなのか?

 ……さっぱり分からない。

 つまり確認が出来ない。

 書いてある内容を受け止めるしか出来ない。

 少なくとも今回に関しては。


 しかし!

 

 俺には心強い嫁ズが居る。

 忙しいであろうマティアスには悪いが、今回は時間を掛けて全員で見よう。

 

 そうさ、俺は素人だもの。

 このような大事な書類は、ある程度多めの人数で見て確認した方が良い。

 何か契約上の漏れが無いか、複数の判断や視点で念の入った確認が出来るからだ。


 契約書の発案者であるアマンダが父から受け取った書類に「さっ」と目を通すと、経緯けいいを見守っていたジュリアに差し出した。

 数度頷き、納得して渡した所を見ると、先程依頼した内容はちゃんと反映されているようだ。

 

 受け取ったジュリアが、手に取って内容を目で追いながら同じ様に頷いている。

 彼女も契約書自体そんなに取り交わした事がないだろうが、取引において何が必須か理解している。

 ようはそれが文書化されているか、いないかの話。

 問題の可否は判断出来るようだ。


 続いて、イザベラがチラッと見て笑顔になり、最後にソフィアがチェック……

 読み終わったソフィアが「問題無いと思うぞ」と呟きながら俺に渡して来た。

 

 俺が受け取るといきなり悪魔ヴォラクが脇から覗き込んで来る。

 

 奴もクランの一員として内容を確かめたいのであろう。

 少々ウザイが、のちの勉強にもなるしまあ仕方が無い。

 それに全員で見ると決めていたからね。


 俺は嫁ズとは対照的に、契約書をじっくり丁寧に読み込んで行く。

 約束通りに、フレデリカ救出の項は生死に係わらず謝礼をする事が記載されている。

 そして依頼が成功の可否関係なしに、約束が為されていた。

 このベルカナの街の商取引において、全面的にマティアス個人が協力する旨が。


 ふと俺は思いついた事があった。

 少し条項を追加して貰おう。


「マティアスさん!」


「何だ? 内容に不満があるのか?」


「いや不満じゃあないが、更にふたつほどお願いしたい」


「この上、追加かぁ?」


 俺の追加要望にマティアスは眉間に皺を寄せた。

 

 こいつ、ずうずうしい男だ!

 

 という表情である。

 しかし俺の要望は彼の為でもあると思う。


「ああ、ひとつ目は行方不明になった貴方の息子の捜索だ」


「な、何!?……ア、アウグスト……か。お、お前は奴の事も探してくれる……のか?」


「ええ、フレデリカ……さんと同じ契約条件を適用してくれるなら」


「あ、ありがたい! わ、分かった。ぜ、ぜひ! よ、よ、宜しく頼む!」


 大いに噛みながらも、マティアスはあっさり了承した。

 

 俺が提案したのは理由がある。

 心を鬼にして切り捨てた愛息の行方を今も知りたがっていると考えたから。

 そしてもし依頼を聞いておけば、ついでにという事もある。

 

 だが……生存しているかと聞かれたら、状況は厳しいだろう。

 

 時間と安否は比例するのが普通。

 きつい言い方だが、アウグストが全く無事とは考えにくい。

 万が一遺体でも見つければ御の字だろうし、ちゃんと供養でもしたいと思っているのかもしれない。


 内容を確認して、俺は契約書にサインした。

 マティアスと連名という形で。

 こうして、契約は正式に締結したのである。


 契約を締結してホッとひと安心の俺。

 だが、まだやる事が残っていた。

 それは……情報収集だ。

 マティアスはこの街の……いやこのアールヴの国イエーラの実力者だ。

 迷宮の情報も持っているかもしれない。

 で、あればゲットしておいて損はない。


「後は、何かあの迷宮の情報があったら教えて頂きたい。俺達には少しの情報と手書きの地図しかないのです」


「何!? 手書きの地図?」


 俺は情報屋のサンドラさんから購入した迷宮の地図をテーブルの上に広げた。

 地下10階まで書いた地図だが、地下6階から先のしっかりした情報が無いのだ。


「あ、あああ……こ、これはっ!?」


 広げられたサンドラさんの地図を見てマティアスが驚いている。


「アマンダ、こ、これはミルヴァの……字だぞ!」


「ミルヴァ母様……」


 驚くマティアスの反応と対照的に、アマンダは醒めた視線を地図へ投げ掛けていた。


 は!?

 ミルヴァ、母様?

 もしや! 

 そ、その名前は!


 俺はある女性の魔力波オーラから知った、彼女の本当の名前を思い出していたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る