第124話「逆手」

 悪魔ラウムは俺達を応接室へ案内すると、肘掛付き長椅子ソファに座るよう勧めた。

 そして自分も向い側の椅子に「どかっ」と座り込むと、目の前にある葉巻を掴み、断りも無く火を点ける。

 

 紫煙を思い切り吐き出しながら、俺達を睥睨へいげいするラウム。

 その姿は相変わらずふてぶてしい。

 俺の知っているラウムは元々は座天使で、ルシファーに加担して堕天使となった悪魔である。

 人化したら炎色の衣を纏った女性になる筈だが、目の前のラウムは性悪な鴉がそのまま人化したような生意気そうな男だ。


 とりあえず奴には今回の趣旨を話さなければならないだろう。

 俺はブネ商会に伝えたのと同じ理由を伝え、頭を下げてから国王アルフレードルの紹介状を差し出した。


 ひったくるように紹介状を受け取り、険しい表情で読んでいくラウムに俺達を歓迎する様子は無い。

 彼は紹介状を読み上げると「ふん」と鼻を鳴らし、持っていた紹介状を目の前のテーブルに放り出す。

 そしてもう1回、しかめっ面で紫煙を吐き出したのだ。


 しかし!


 仮にも王女のイザベラが目の前に居るのに……この態度は無い。

 まあ俺から言わせれば人として、いや悪魔として終わっているといったところか……


 傍らに居るバルバトスからすると、ラウムの一連の態度は許し難いのであろう。

 いつもはにこやかな彼の顔が怒りの為か、思い切り歪んでいる。


 だがイザベラの夫である俺が腕組みをしたまま、行動を起さないので我慢している

 ――そういった所だろう。

 そんな理由わけで、バルバトスの視線は俺にも注がれていた。

 王族である誇り高い妻を侮辱されて良く黙っているな? という侮蔑の視線だ。


 だが俺は利益を追い求める商人である。

 騎士のような誇り高き武人ではないのだ。


 先程のブネもそうだが、ここで直ぐ短気を起してはアルフレードルの紹介状が水の泡となる。

 そんな俺の足元を見るようにラウムは強気だ。


 だから、吐き捨てるように協力拒否を言い放つ。


「ブネの奴が何を言ったか知らないが、俺は王国の為に働く気はないぜ」


 しかし魔力波オーラを見る限り、この言葉は奴の本意ではない。

 ラウムが駆け引きを仕掛けて来たのは明白である。

 多分、少しでも有利な取引条件を引き出す為の恫喝だろう。

 なので俺はその恫喝をスルーする事にした。

 いわゆる逆手で攻めるのだ。


「俺は別にそれで構わないぜ。俺は俺の為に、お前はお前の為に――王国抜きの商売で良いんじゃあないのか」


「え!?」


 自分の駆け引きの裏をかかれ、価値観を受け入れた俺に対してラウムは虚を突かれた様に戸惑う。


「トール?」


「トール様!?」


 イザベラやバルバトスも、大きく眼を見開いた。

 この切り返しは『想定外』なのだろう。

 身内でさえ驚いているから効果はバッチリだ!

 

 そこで俺は、次の『爆弾』を投下しやった。


「実はお前、必要以上にブネに対抗しようとしているだろう? あんなどんぶり勘定野郎と一緒にするなってか?」


「ななな、何!? そ、そうか! 貴様、魔力波オーラ読みを使ったか!? 俺の心で考えている事が……わ、分かるのだな?」


 自分の本音を言い当てられたラウムは動揺しながらも、言い返した。

 俺が魔力波読みの能力者だと気付いたようだ。

 しかしその問いに対して、敢えて俺は答えない。

 全て本心を読まれたと思い込んでいる奴に、ますますダメージを与える為だ。


「…………」


「そうか! そうなんだな!」


 俺の言質げんちを取りたいラウムは、何度も念を押して来た。

 全て読まれたとしたら、奴なりに対応を変えようというのだろう。

 だが、そんな質問に答える義務は俺には無い。

 それよりも、ずっと引き伸ばしにしている奴の『答え』が欲しいのだ。


 俺は思い切り身を乗り出して、ラウムに詰め寄った。


「……そんな事より、お前は俺達と組んで商売をするのか、しないのか……はっきり返事をしろ」


「…………」


 今度はラウムが黙り込んだ。

 じっくりと利害を考えているに違いない。

 そんなラウムに対して、俺はせせら笑った。


「ははは、俺達に対して散々吼えて剛胆ごうたんに見せた割には慎重と言うか……はっきり言ってお前は臆病な男だな」


「何だと!」


 俺の侮辱に対してラウムがいきり立った。

 ここで俺は止めの一撃を放つ事にした。

 次の言葉は誇り高い悪魔にとっては最大の屈辱のひとつに入るであろう。


「良く吼える犬は弱いと言うが、お前の場合はまさにそれだ」


 案の定、ラウムはこれまでに無い怒りの表情を見せた。


「き、貴様、俺を愚弄するか!」


 しかし俺は全く怯まなかった。

 そもそも先に暴言を吐いたのはラウムであるし、いくらこちらから頼んでいるとはいえ話を聞く態度ではなかったからだ。


「愚弄はどっちだ!」


「あ、う……」


 俺の神力ゴッドオーラを籠めた鋭い声にラウムの身体は面白いように硬直した。

 初めて、彼の顔に怯えが走る。

 俺の『本気』を……感じたからだ。


「お前は誰の助けも借りず腕一本でここまで来た様な事を抜かしていたが、とんだ見当違いだ。助け合って生きる俺達商人がたったひとりで商売が出来るか? 愚か者が!」


 俺の一喝を納得顔で、頷きながら聞くジュリア。

 俺が商人の『心得』をしっかりと理解したのが嬉しいらしい。

 一方、ラウムは俺の神力の影響で苦しそうだ。


「ううううう……く、くく」


「王女と言う貴い身分でありながら、礼を尽くしているイザベラは勿論、お前を尊重して物言いをしている俺達に対して失礼な態度を取りやがって! 全く何様のつもりだ!」


「や、やめ……ろ! う……」


「素直に俺の話を聞くか? 最初の言葉通りで良い。このラウム商会の利益を考えて俺達と普通に商売をすれば良いんだ」


 俺の言葉を聞いたラウムは、苦痛の表情の中に驚きを隠さなかった。

 奴はとうとう俺の本意を理解したのだ。

 

 ―――10分後


 神力による痛みが、漸く治まったラウムは俺達に平謝りであった。


「皆様! す、済みませんっ! イザベラ様、申し訳ありません!」


 ラウムは余程慌てたのか、まずイザベラに謝罪しなければならない所を後にしている。

 だが、今の俺にとってそれは余り重要ではない。


「分かれば良い。さあ俺達と組むのか、組まないのか……決めろ」


「はいっ! ラウム商会は全面的にトール様に協力させて頂きます」


 ちょっときつく脅したが、これでブネに続きラウムも協力してくれる事になった。

 しかし俺は彼の次の言葉に耳を疑った。

 彼もブネ同様に地上へ出るのを嫌がったのだ。


「地上に良い思い出が無いのですよ。だから死霊術師や黒魔法使い共に転移門の入り口まで荷を運ばせているのです。だから今迄通り転移門のある場所には出向いて荷を受け取るようにさせて下さい。お願いします!」


 両手を合わせて拝むラウム。


 おいおいそれって、その拝み方ってあり……なのか?

 神に祈るようなポーズをして、お前、大悪魔じゃあないのかよ!

 

「ああ、俺は元は天の使徒――座天使だから……いざとなれば神にだって祈ります」


 俺の呆れた気持ちが伝わったのか、ラウムは小さくなり項垂れてしまったのであった。

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