第123話「貿易談義」
悪魔ブネは協力を了解。
俺達は奴の商会で打合せを行っていた。
このブネ商会は王国内で悪魔が運営する商会の中では最大規模を誇っている。
取り扱い品目は多岐に渡り、俺の前世で言えばいわゆる総合商社といった立ち位置だ。
俺を中心に左右をイザベラとジュリアが固め、背後にはソフィアとバルバトスが控えてブネをじっと見つめていた。
この能天気な悪魔は、軽過ぎる口調で王国の現状を語り始める。
「我が悪魔王国ディアボルスの主な産業は鉱業。つまり生産物は豊富な地下資源、いわゆる鉱物資源で~す」
ブネが言う王国の生産する地下資源とは金と銀、そして銅、鉄、隕鉄、鉛、錫、水銀等だそうだ。
これは地上でも需要の高い金属、殆ど全てと言って良い。
加えて、価値のある様々な宝石も大量に産出されるそうだ。
「この採掘の為、我が王国では鍛冶や錬金術の技術が飛躍的に向上したので~す。人間界の下手な錬金術など技術的に比べ物になりませ~ん!」
ブネは誇らしげに胸を張った。
やはり悪魔は人間を見下したい傾向があるようだ。
「その結果、青銅、白銅、赤銅、亜鉛、鋼などは楽勝で作り出す事が出来ま~すよぉ。まあ貴方がもたらした『賢者の石』だけはとうとう作り出す事は出来なかったですねぇ……」
凄いな、確かに……
あのモーリスさんの素材は以降、こちらで仕入れようか。
貿易とは輸入と輸出のバランスが大事であろう。
ブネが好んで買ってくれるものを聞きたい。
「ところで積極的に買って貰える商品、商材は?」
「『賢者の石』みたいなレアアイテムは
「具体的には?」
「肉は腐りにくく加工して日持ちのする乾し肉、乾し魚がベストで~す。野菜は漬け物に限られるよぉ。肌触りの良い絹、手頃な綿等の織物。胡椒などの香辛料、塩、砂糖は仕入れれば直ぐ売れるぞぉ。酒、紅茶、煙草なども人間同様に悪魔も好むからいくらあっても良いので~す」
成る程!
それって食料品の購入を別にすれば大昔の日本の貿易みたいだ。
確か、当時の貴重な金銀がだいぶ流出したのじゃあなかったっけ。
何か、地上に売るものは他に無いのか?
いずれ掘り尽してしまう地下資源ではなく、もっと半永久的に生産性のあるものは?
「悪魔の作った武器防具、そして装身具などは地上に持ち出すと創世神が即座に呪いをかけるから駄目なんだよぉ! 売った瞬間に人間が一切使えなくなるんだぁ。だけどぉ、悪魔が好んで着る服の原料くらいなら地上でも凄く売れると思うぞぉ!」
「悪魔の服?」
「ああ、混沌布だぁ! 美しいのは勿の論、軽~くて丈夫な織物だよぉ。この魔界にしか居ない冥界虫の吐く繭を加工して作ってあるのだぁ。下手な剣や矢などは通さないぞぉ!」
冥界虫の繭?
それって地上で言う蚕だ。
そうか、凄いな!
そのような商品だったら間違いなく売れるだろう。
でも武器に呪いを掛けて使えなくするとはやはり邪神様!
こうやって世界のバランスを保っているんだ。
「だがぁ、生産量がとても少ないのが致命的で~す。故に高値安定! 現状では裕福な上級悪魔しか購入出来ませ~ん」
……そういう事か。
だったら生産体制を整えなくては売り物にならないな。
「そういう事で~す。せいぜい頑張って地上の商材をいっぱい運んで来て下さ~いね」
は?
何だって?
今、何て言った?
「私はこの王国で貴方が物を売りに来るのを、じっくりとお待ちしていますぅ!」
ブネの言葉に、部屋の全員の身体が硬直した。
ふざけるな!
馬鹿野郎!
お前等悪魔の問題だろうが、これ!
「おい、当然お前も地上へ行くんだろ?」
「い~え! 私はこの商会の
俺の怒りの
ブネの消極的な態度に耐え切れず、とうとうバルバトスは呆れたように天井の方を向いてしまう。
イザベラは思い切り、しかめっ面だ。
「私は先の冥界大戦に参戦した際、創世神の
こいつ……
凄いヘタレだ!
大航海時代に命懸けで商売した商人達の根性というか、フロンティアスピリットって奴が無いの?
はぁぁ……これで良く悪魔王国の商会トップを張っていられるなぁ……
「貴方に何と思われようと悪魔も命が第一優先で~す!」
拳を握り締めた俺の袖を、ジュリアが引っ張る。
振り返って彼女を見ると、「言っても無駄よ」というように首を横に振った。
分かった。
怒りの余り、こいつを消滅させたりしたら……
商売すら出来ないから我慢するしかない。
俺達は「がっくり」と脱力して次の商会へ向かう事にしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
馬車の車中……
『次に行くのはラウム商会? ああ、あの腹黒カラス君の所ですかぁ! 私以上に苦労しますよぉ! あっはははは』
俺の耳にはブネの高笑いが残っている。
思い出しただけでも、これから会うラウムって奴も相当の
傍らではイザベラとバルバトスが俯き、ジュリアとソフィアは醒めた笑いを浮かべていた。
協力の約束をとりつけたものの、余りのブネのやる気の無さに皆、呆れているのだ。
重い沈黙に耐え切れなくなったらしく、バルバトスが言う。
「……済まぬ、トール様。私には言葉が見付かりません。奴のあの情けなさ……出来れば私が代わって商いをしたい。だがブネを上手く使わない限り現状で貿易を行うのは困難なのです」
そうだ!
今は我慢!
奴や、これから会うラウムとやらを上手く使っていくしかない!
やがて――馬車はラウム商会の前に着いた。
馬車の前に、店員らしき悪魔が駆け寄って来て俺達を出迎える。
俺達は馬車から降りると、ラウム商会の前に立った。
ブネ商会と比べるとふた周りほど小さい規模で、やはり石造りの建物だ。
やがて正面の出入り口から、痩身で全身黒づくめの男が出て来た。
多分奴が悪魔ラウムだろう。
見ると光沢の無い黒の革鎧を纏っており、
俺達はラウムと正対した。
微妙な笑みを浮かべている。
ブネの言った通り、腹にイチモツあるのは間違い無いだろう。
「おお、これはイザベラ王女。俺のような下級悪魔の所に出向いてくれるとは光栄だな」
「ラウム、この度は貴方の力を借りに来たのです」
「……分かった! と言いたい所だが、王国の援助も一切無しに俺はこの商会をここまでのものにした。国が偉そうに言っても協力するかは条件次第だ……まあ中に入ってくれ」
ラウムはイザベラだけを見ている。
俺達はともかく、王国の上級役人バルバトスでさえ無視していた。
これを見てもラウムという奴が反骨心に溢れた一筋縄ではいかないという奴だということを顕著に表している。
踵を返して商会の中に入るラウム。
その背中は、やけに冷たく見える。
俺達は、奴の後を気合を入れ直してついて行くのであった。
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