第118話「人間嫌い」

 あてがわれた部屋に戻った俺とイザベラは直ちに全員を召集。

 これからの予定を告げる。

 既にアモンは王宮を去っており、部屋に居たのはジュリアとソフィアのみだけど。


 まず、ディアボルス悪魔大学の学長オロバスに会わなくてはならない。

 彼に会えばガルドルド魔法帝国の失われた技術に関して、何か有意義な情報を得られる可能性がある。


「早速、悪魔大学へ行こうよ! 少しでも早くソフィアを助ける為に次にあたし達がどこへ行くのか、重要な手懸かりになるような気がするよ」


 覚醒したジュリアの竜神族としての勘だろうか、彼女はオロバスに「大至急会おう」と強調して来た。

 それを聞いたソフィアは、じっとジュリアを見つめている。

 何となく嬉しそうな雰囲気だ。

 仲間の自分を思う気持ち……それをしっかりと実感しているに違いない。


 しかし!


 ここ王宮から大学までの道のりを、どうするかという問題が生じてしまう。

 どうするか? というのは移動手段及び道案内。


 まずベリアルとエリゴスの配下達には頼めない。

 悪意を持った彼等は、俺達を敵視していて粗探しに躍起だから。

 全く土地勘の無い俺達が、いきなり大学へ行くのは無理だし、イザベラも護衛無しで訪問した事などない。


 ……それに帰り道で義父アルフレードルに紹介して貰った、このソドムにあるディアボルスの有力な商会に行く手立ても欲しい所だ。

 こんな時にアモンが居たらと助かるのにと思うが、居ない者は仕方がない。


 とりあえずは、イザベラに聞くのが手だ。

 俺は事情を説明した上で彼女に問う。


「イザベラ……誰か良い案内役は居ないかな?」


 イザベラは可愛く首を傾げ、暫し考えた末にポンと手を叩いた。


「なら、侍従長に相談してみましょうか?」


「侍従長?」


「私と姉を凄く可愛がってくれている父の側近の長が居るの……ほら、あの人よ」


 あの人?

 イザベラの説明で記憶の糸を手繰ると、俺はその侍従長とやらの風貌を思い出す事が出来た。


 そういえば……

 アルフレードルへの謁見の時に付き従う、大柄な金髪の老人が居た。

 眉間に皺を寄せて、見るからに頑固で気難しそうだなぁと、思った印象があったっけ……


「でもね、難点があるの」


「難点?」


 イザベラはそう言うと、俺達を見渡して溜息を吐いた。


「彼は悪魔族以外は大嫌いなの……特に人間は超が付くほど大嫌いなのよ」


 むう!

 それって、気難しそうだという外見通りじゃないか!

 協力して貰うのは難しいのか……

 

 アルフレードルやレイラのように今の俺達には『シンパ』って奴が絶対に必要だ。

 いわゆるバトルブローカーの支持者、賛同者、協力者という存在である。

 俺達単独では目的を成し遂げるのが難しい時に、彼等に頼んで様々な便宜を図って貰う事が必要なのだ。


 そうか……

 これが人脈つくりってものなんだな。


 俺は今更ながらジュリアが以前言っていた事を実感していた。


「でも他に手は無いんでしょう? 仕方がないんじゃない」


「うむ、このままではらちがあかぬ……わらわも賛成じゃ、その侍従長とやらを呼ぼう」


 ジュリアとソフィアも侍従長を呼ぶ事を提案する。


 俺は頷いてイザベラに侍従長を部屋に呼ぼうと頼む。

 すかさず!

 「善は急げ」とばかりに侍従長を直ぐ呼ぼうと、イザベラは部屋の外に居る侍女に伝言を託そうとした。

 

 そんなイザベラを俺は一旦止める。


「何故?」


 怪訝な顔をするイザベラ。


「レイラさんに話を通して貰ってから、お願いした方が良いと思う」


「何故、姉に?」


 不思議そうな表情のイザベラも、俺の話を聞いて漸く納得した。

 気難しい侍従長へ、俺達と話をする前にレイラから事前に意図を伝えておいて貰う。

 これは話が上手く行く為の『日本流根回し』である。


 可愛がっていた王女姉妹から頼まれた上に、その内容が悪魔達の幸せの為なら、表向きは協力を断わる理由が無い。

 超が付く人間嫌いで頑固者の侍従長も渋々、手を貸してくれると俺は踏んだのだ。


 というわけで、俺とイザベラはまず姉のレイラに話をした。

 内容と趣旨を聞いて快諾したレイラは早速侍従長を呼び出す。

 こうなれば俺達は先に退散し、元のあてがわれた部屋で待機をすれば良い。

 侍従長は話が終われば、こちらへやって来る筈だ。

 

 1時間後――


 とんとんとん!


 扉が軽快にノックされた。

 一見軽くノックされてはいるが、思い切り扉を叩き壊したいくらい、殺気が籠ったような雰囲気なのが分かる。

 この怒りの波動を発するのが、侍従長と呼ばれる爺さんであろう。


「どなた?」


 イザベラがノックの相手を一応問う。


「アガレスが参りました」


「どうぞ!」


 ドアを開けて入って来た侍従長=アガレス。

 以前、謁見の際に会った時よりも100倍以上不機嫌そうな面持ちである。

 

 一見、上品で気位の高い老人というアガレスは金髪の鷲鼻だ。

 眉間には深い皺が寄り、唇は固く噛み締められている。

 その視線は、イザベラたったひとりに向けられており、傍らに居る俺や他の者達には一切向けられなかった。

 イザベラに聞いている通り、余程人間が嫌いらしい。


「話の内容はレイラ様からお聞きしました。我等悪魔の将来にかかわる話であれば仕方ありません。但し、わたくしはあくまでもイザベラ様だけにお仕えしている事をお忘れなく!」


 事前の作戦で、無理やり頑固なアガレスを説得するのを避ける事でクラン全員が一致している。

 イザベラが苦笑して頷くと、アガレスは部下を寄越すと言って来た。

 自らが仕えるとなると、人間の俺と接点が出来るから絶対に嫌なのであろう。


「バルバトスと申す者です。武勇と智略に優れた者で、アモンとは昔からの知己でございます。実は以前から王女様にお仕えしたいと希望しておりました」


 ふ~ん……バルバトスね。

 って! よくよく思い出してみればバルバトスもこのアガレスも凄く有名な悪魔じゃないか!


「30分後にこの部屋に来させましょう、宜しいでしょうか?」


「構わぬ、良く分かってくれた」


「はい! この爺はイザベラ様がとても心配でなりませぬゆえ!」


 最後のひと言は強烈な皮肉。

 アガレスにとって手塩に掛けて育てたと、自負して来た美しい王女が、自分の大嫌いな人間などの嫁になるとは晴天の霹靂であったに違いない。


「では失礼させて頂きますぞ」


 結局、アガレスは俺達と一度も目を合わせずに部屋を出て行ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る