第117話「期待」
俺とイザベラは義姉レイラの部屋でエフィム、レイラ夫婦と正対している。
素晴らしいプレゼントは貰ったが、まだ大事な話が残っているからだ。
大事な話というのは、他でもなかった。
俺達クランバトルブローカーがする商売の話。
このディアボルス王国同様に、エフィム王子の祖国トルトゥーラ王国においても、出入り自由の御用達商人として営業許可を与えられる事である。
「おう! そんな事はお安い御用、全然構わないぞ。あう? レ、レイラ? な、何を?」
鷹揚に頷くエフィムをどん! と押し退けて、俺と話そうと出て来たのはレイラだ。
「良いから! 貴方は引っ込んでいて! 私はふたりに頼みがある。多分、父上も同じ事を考えているわ」
レイラは改まった様子で、真剣な表情をしている。
突き飛ばされた傍らのエフィムは、『鬼嫁』の尻に何度も敷かれて罰が悪そうだ。
普通の表情に戻ったレイラは「ふう」と溜息を吐いて俺に言う。
「私達悪魔の国々は基本的に貧しいの。太陽の恵みを受けられないこの世界は慢性的な物資不足に喘いでいる。豊富な地下資源以外は満足に行き届いていない状況だから」
確かに転移門から、この悪魔の住む世界へ出た時に感じた。
余りにも地上と違う、荒涼とした世界である事にとても驚いた記憶がある。
このような世界に悪魔が封じ込められているのは、神からの命令だろう。
「それって……神の厳しい縛りがあるでしょうからね」
「さすがにトールは分かっているようね……」
俺の指摘に対して、レイラは唇を噛み締めていた。
「完璧に人化して、僅かな悪魔が目立たぬように人の街で暮らす……それくらいなら神からはお目こぼしされる」
「…………」
「だけど、国をあげて大量の悪魔が地上へ移住など到底考えられない……
冥界大戦の末期……
大量の悪魔が地上へ出た。
人間の俺から見たら、とてもおぞましい光景だ。
あの時は侵略の為の地上行だった。
今の話は豊かになる為……
でも原因の根幹はほぼ同じような気もする。
微妙だ。
俺はそんな事も考えながら、レイラに同意する。
「神の方針……悪魔はこの魔界で地道に暮らせ……そういう事ですよね」
「ええ、トールの言う通りよ。私達悪魔が平和に暮らす為にはこの魔界で幸せになるしかないの」
平和で幸せに……
その為に愛は必須だが、愛を潤す為には経済的に豊かであった方が良いと俺は思う。
かと言って悪魔が豊かになる為に戦争を起こすのはNG……別のやり方を考えないと不毛だ。
レイラもそう考えて、俺達の『営業許可』を出したのだ。
「その為には国を富ませないと……地上とこの国を行き交い、双方に富をもたらす商人が絶対に必要ですね」
俺の考えにレイラも大が付く賛成のようだ。
大きく頷いた仕草が、それを証明していた。
「ええ……その通りなんだけど、この国の宰相があのベリアルでは駄目ね。彼は小賢しいし、その場凌ぎの愚劣な政策しか考えつかない。本当に役に立つ事など行った事がないの……他の側近も軍も同様に大馬鹿よ」
きっぱり言い切るレイラ。
イザベラも「うんうん」と頷いていた。
しかし……
「ふうむ、大変だな……でも争いも無く平和ならばそれで良いではないか?」
エフィムが「ぽつり」と呟いたが、すぐさまレイラの厳しい叱責を受ける。
「何を
「う、うぐぐ……」
ぴしりと、新妻に言われてエフィムは俯いた上に口篭ってしまう。
成る程ね……
妻となるレイラは裕福に育った箱入り王女でありながら意外にも冷静でクレバーな現実主義者。
対して、夫になるエフィムは優しくて人は良いが、夢見がちな典型的坊ちゃん王子なのである。
このふたりが夫婦になれば……おのずと、かかあ天下になるのは必定。
「ともかく! 父上がこのディアボルスにてあなた方に行った事はトルトゥーラ王国においても同様に手配しておきます。トールとイザベラの夫婦が商人として成功してくれれば私達悪魔は生き延びる可能性が出て来るのですから」
話をしているとレイラは単なる『鬼嫁』ではなく優れた政治家でもある事が窺がえる。
レイラは、俺達『バトルブローカー』にはとても期待しているらしい。
「あなた達はさ、神の悪戯でこの世界に転生した使徒トール、悪魔の王女イザベラ、竜神族の娘ジュリア、そして失われたガルドルド人で創世神の巫女ソフィアというとんでもない組み合わせのクランでしょう?」
レイラはそう言うと、悪戯っぽく笑った。
「良いにしろ悪いにしろ、絶対普通にはならない――何かが起こると思うもの、私は期待したいの! だから全面的にバックアップするわ」
俺とイザベラはトルトゥーラ王国においても便宜を図って貰う約束をしてふたりの部屋を後にしたのである。
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