第116話「夢の成就」

 義姉レイラの部屋……

 床がまばゆく光っている。

 いよいよ義兄エフィムが召喚した魔族が現れるのだ。


 俺はもう心臓がドキドキして堪らない!

 どうき、息切れ、気つけに良く効く薬が欲しいくらいだ。

 だってさ、分かるでしょ!

 GAMEで散々遊び、資料本を読み込んだ俺でも……

 初めて目の当たりにする、召喚魔法発動の瞬間なんだもの!


 まず不定形で強力な魔力波オーラが立ち昇る。

 固唾を呑んで見守っていると、魔力波がだんだんと形になって行く。


 こ、これは!?

 この形は?

 い、犬?

 それも3つの首がついているぜぇ!

 って事は!

 もしかしてぇ!

 もしかしてぇ!


 があああああああああああ!


 実体化して、目の前に現れたのは、怖ろしい声で咆哮する大型の3つ首犬。

  

 ビンゴ!

 やっぱり!

 ケルベロスだよぉ!

 

 こいつは絶対に俺の長年の想いを乗せて現れてくれたのである。

 まさに夢の成就といえよう。


 ご存知ではない方に、説明しよう。

 ケルベロスとは「底無し穴の霊」という意味の名を持つ冥界の番犬である。

 ギリシャ神話の怪物であるテュポンとエキドナの息子。

 

 竜の尾と蛇のたてがみを持つ巨大な犬であると言われるが、目の前に居るケルベロスは3つ首なだけで竜の尾や蛇のたてがみなど無い。

 ふさふさした、触ると気持ち良さそうな茶色の毛並みを持っている。

 

 見た所、大きさだって、シベリアンハスキーくらいじゃね?

 思わず、俺は嬉しさの余り大声を出していた。


「兄上! 姉上! ありがとうございます!」


「ほう! そんなに嬉しいか?」


 俺の反応にエフィムの顔もほころぶ。


「そりゃ勿論! 俺にとってはケルベロス召喚が永遠の憧れでしたから!」


 今やクラシックとも言える、天才絵師デザインの某悪魔呼び出しゲーム。

 これにはまった人なら必ず分かる筈だ。

 ゲームスタートから少し経って、イベントで手に入れる強力な魔獣。

 序盤で連れまわすケルベロスは、掟破りとも言える主人公の強力な味方だから。


「ふうむ……こんなに喜ぶとはね。まあ良かったよ」


 エフィムは俺が凄く喜んだので「ホッ」と息を吐いた。

 そしてひと言。

 

「トール、本当にケルベロスでよかったのか? 一応、夢魔サキュバスか、こっちにしようか、相当、迷ったのだが……」


 エフィムは彼なりに俺へのプレゼントの内容を考えて悩んでくれたらしい。

 しかし!

 それは余計な、実に余計な『ひと言』であった。


貴方あなた!」


 鋭い、それも怒りの声がエフィムに投げ掛けられた。

 声の主はイザベラの姉であるレイラ。

 余りの怒りに髪の毛は天を向いて逆立ち、目は直角に近く吊り上がっている。

 ちょっとでも息を吐けば、灼熱の炎が吐かれそうな気配だ。

 

 これぞ、王道&正統な怖ろしい女悪魔だけど……ちょっと待った!

 あ、貴女はだぁれ?

 あの優しい癒し系の、可愛いお姉さんはどこへ行ったのよ?


「わあっ、何だ? レイラ?」


「何? 夢魔サキュバスって?」


「ええっと……ト、トールへのプレゼントさ。側室か、あ、愛人にしたらどうかなと思って……」


 俺に夢魔サキュバスを贈ろうと思った理由を、しどろもどろに語るエフィム。

 格好良い雰囲気と違って、よく言えば優しく、悪く言えば……単なるヘタレである。

 俺がそんな事を考えているとレイラの怒号が鳴り響く。


「何が側室か、愛人に……ですか! イザベラとトールの夫婦仲が折角上手くいっているのに、夢魔サキュバスなんか与えるなんて! ふたりの間に波風を立てる事はこの私が許しませんっ!」


 エフィムを容赦なく叱責するレイラ。

 絶対に優しい癒し系だと思っていたら……全然である。


「は、は、はい~っ! 御免なさ~いっ! もうしませ~ん!」


 エフィムは小さくなって詫びていた。

 そんな夫を、レイラは恐い形相で睨みつけている。

 

 早くも夫を「どん」と尻に敷いているのだ。

 これでは強そうな悪魔王子も形無しである。


 俺は思わずイザベラを見た。

 しかしイザベラは「にこにこ」している。

 

 そしてぽつりと呟いたのである。


「大丈夫……いつもの事よ。この召喚を私達の為に考えてくれた事だし、喧嘩するほど仲が良いって言うでしょう?」


 喧嘩するほど仲が良い?

 このやりとり……そんな……ものですか?


 暫し経って、一方的な夫婦喧嘩というような騒ぎが一旦収まってから、俺はエフィムに話し掛けた。


「ええと……兄上……ちょっと宜しいでしょうか?」


「う、うむ! 何だ? 今取り込み中だ」


 さすがにエフィムは歯切れが悪く、落ち着きが無い。

 俺達の前であんなに叱責されては、面目が丸潰れだろう。


「それはよ~く理解しております……だけど、ひとつだけ優しい兄上にお願いが……」


「お願い?」


「はい!」


「そうか、願いか? ようし、可能な限り……叶えよう」


 『可能な限り』というのが、鬼嫁レイラに対しての牽制球なのだろう。

 だが、俺が両手を合わせて頼み込むとエフィムは少し余裕を取り戻したように見えた。


 そうそう!

 冥界の番犬ケルベロスを貰ったお礼に、少しはこの可哀想な義兄を立ててあげないとな。


「実は俺……」


「うむ! 早く言え!」


 口篭る俺を、ちょっといらついたように促すエフィム。

 俺はさりげに聞いてみた。


「俺って肝心の召喚魔法が全く使えないのです! どうやってケルベロスを呼べばよいのでしょうか? てへぺろ」


「「「はぁ!?」」」


 この場に居た者は俺以外目を大きく見開いて驚いている。


「イザベラ……この子、大丈夫? てへぺろって……ちょっと気持ち悪いけど」


 レイラが心配そうに妹に聞く。


「う~ん、大丈夫だと……思う……けど」


 姉に迫られたイザベラの答えは、何故か全く歯切れの悪いものだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「召喚魔法が使えない上級悪魔なんて聞いた事がないわ」


「そうそう! レイラの言う通りだ! 使えない奴」


 あ、きったね~!

 風向きが変わったらすかさず嫁さんに取り入っているよ、この悪魔エフィムめ。

 それに俺は悪魔じゃないっつ~の!

 ま、まあ、スパイラルは冷酷で悪魔みたいな邪神だけど……


「トール……本当に使えないの?」


 イザベラもせつなそうな目で俺を見る。

 しかし俺はそんな視線は無視してきっぱりと返す。


「うん! 使えない! 一切!」


 後から聞いたら、上級悪魔って数万の手下を使う時に召喚の魔法が必須みたい。

 しかし折角貰えた、憧れのケルベロスが使えないのは辛い。


「仕方が無い……これをやろう」


 頭を抱えていた俺に助け舟を出してくれたのは、やはりエフィム。

 彼は古ぼけた真鍮製らしい指輪を、ひとつ渡して来た。


「え、これって?」


「ルイ・サレオンの魔法指輪を模した召喚の指輪だ、それも結構な上物だぞ。このケルベロスを召喚サモンと言霊を詠唱すれば簡単に召喚出来る」


 おおお!

 だったら、楽勝!

 気が弱いのが玉に瑕だけど、優しい兄貴に大感謝だ!


「召喚だけじゃあないぞ! 戦った敵に勝って止めを刺す前に支配コンツロールと唱えて成功すれば、従属させる事が可能だ」


 へぇ!

 召喚&従属の指輪なのね!


「従属した相手は指輪内に封じ込める事が出来て、なおかつ10体迄、召喚対象に出来るぞ」


 何だって!

 それって、あの某ゲームそのものじゃないか!


 超が付く中二病の俺は、とてつもないお宝を手に入れた喜びに全身を打ち震わせていたのであった。

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