第112話「悪魔王の真意」

 悪魔王国ディアボルス王都ソドム、アッロガーンス宮殿謁見の間……


 今、俺達はイザベラの実家である悪魔王家にて『義両親達』に拝謁している。

 真ん中にイザベラの父である王アルフレードル、向って左側に母である王妃リリス、右側に姉である第一王女レイラという並びだ。

 アルフレードルの命令により悪魔達はしぶしぶながら全員が人化しているらしい。

 悪魔の本体、すなわち真の姿は人間には刺激が強過ぎるらしく、俺達に配慮してくれた形だ。


 この部屋には護衛の悪魔達も詰めている。

 

 レイラのやや右後方には、俺に恥をかかされた形のベリアルが憎悪の籠った目で睨みつけている。

 俺に負け、同じ様な目付きをした親衛隊隊長エリゴスも王妃リリスの後ろに控えていた。

 そして左右には……

 先程戦ったエリゴスと同じ出で立ちをした王家親衛隊の奴等が、がっちりと固めていたのである。

 自ら宣言した通り、俺は戦神スパイラルの『使徒』だと知れ渡っているので、この部屋全体から湧き出る憎悪の嵐も半端じゃあない。


 言うなれば完全にアウェー。

 だが、俺は全く臆してはいなかった。

 どう見られようが、別に悪い事をしているわけではないから。


 イザベラの身内がどんな顔をしているか、興味はあった。

 だけど王族の顔をじろじろと見続けるのも失礼に当たるらしい。

 なので、俺はチラ見した後、やや下方向に視線を向けていた。

 

 やがて……

 アルフレードから声が掛かる。


「人間族の商人、トール・ユーキよ。このディアボルスへオリハルコンの製造方法及び材料の一部、賢者の石を良くぞ持ち帰った。余が褒めて遣わすぞ」


 ああ、王様からお褒めの言葉を頂くのは良い。

 問題はそこから先。

 

 王族の言葉は『金』に値するという。

 このまま、もしも何もなければ……

 下手すれば折角のオリハルコンを『献上』する事になりかねない。

 俺は商人――だから、はっきり言う!


「この度、陛下からご発注頂いたオリハルコン、お約束通り納品させて頂きますが、代金の方はどのような形でお支払い頂けますか?」


 俺の切り返しに、アルフレードルは渋い顔をした。

 そして意外な言葉を投げ掛けて来たのだ。


「代金とは異な事を……お前は既に我が娘イザベラを余から授かった筈だがな」


 おいおい、それは……違うだろう。

 俺はオリハルコンの代価と引き換えに、イザベラを嫁に貰ったわけではない。


「恐れながら申し上げます。我が妻イザベラは『物』ではありません」


「はははは、古来からそういう事は多々あった筈。今更何を申しておるのだ」


「もう一度申し上げます。イザベラはオリハルコンと引き換えに私が王から授かったものではありません。お互いが納得の上で夫婦となったのです」


「小僧……俺はな……同じ事を何度も言うのが大嫌いなのだ」


「それは、よお~く分かります! 実は私も同じですから!」


 謁見の間に、一瞬の沈黙が流れる。

 空気が「びしり」と鳴った。

 俺とアルフレードル、お互いが怒りの為に発した魔力波オーラがぶつかり合い、共鳴しているのである。


 ここでジュリアが、俺の袖を引いた。

 このままでは王とのやりとりが平行線になりかねない。

 彼女は冷静に、『落とし処』を見極めようとしていたようだ。

 小声で、囁いて来る。


「トール、ここで王様と喧嘩してもしょうがないよ。そうだ! ソフィアに必要な情報と引き換えで良しとしない?」


 竜神族に覚醒してから、ジュリアの助言アドバイスは益々、冴えている。


 成る程!

 確かに、それは良い着地点かもしれない。

 今後の事を考えると確かにその方が良い。

 

 彼等悪魔はガルドルド魔法帝国と戦ったのだから、様々な情報を持っている筈。

 その情報の中に、ソフィアに関するモノがあれば大収穫だもの。

 俺はついでに、いくつかお願いをする事も決めた。


「分かりました、アルフレードル様。私が間違っておりました」


 強硬な態度をとっていた俺が、意外にも素直に引き下がったので、アルフレードルの機嫌も直って行く。


「今後もイザベラは大事に致します。つきましては寛大なるアルフレードル様に3つほどお願いが……」


「むう……申してみよ」


「はい、ひとつめはアモンの処遇です。引き続き私の従士としてお譲り頂けないかと」


「アモンか……奴は我が王国にとって大事な者だ。今回の件に関しては一切お咎め無しとして、余が代わりの嫁の世話をする……これは決定事項だ」


 アモン……お前、よかったな。

 変な裁判なんかにかけられず、お咎めなしなら万々歳。

 イザベラに代わる新しい嫁も世話して貰えるなら……今度こそ幸せになれるよな。


「ふたつめは? 申してみよ」


 おおっと!

 せっかちな王様だ。


「はい、ふたつめはこの国に出入り自由の商人にして頂けないかと……そうすれば妻イザベラの里帰りも問題無くなりますから」


「うむ! 余も我が娘が帰国するのに一々、手間が掛かる事になってはかなわん。許可をしよう」


「陛下、お待ち下さい!」


 ここで「待った」を掛けたのが宰相ベリアルである。


「いくらイザベラ様の夫とはいえ、我等が仇敵であるスパイラルの使徒やガルドルドの末裔をこの国に出入り自由にするとはいささかお気を許し過ぎではありませぬか?」


 ベリアルの言葉を聞いたアルフレードルは「ふっ」と笑った。


「ははは、ベリアルよ……折角、此度こたびの貴様の失態も大目に見ると申しておるのに……」


 唄うように、低く呟いたアルフレードル。

 やがて、「キッ」とベリアルを睨むと同時に「ちっ」と舌打ちをした。


「そこまで言うのであれば、貴様も罰せねばならぬ」


「な!?」


「今回の貴様の報告の不手際……事実と違う報告をずっと余へ入れおって……可愛い娘の行方や行動が気にならない筈があるまい。余とて水晶球でずっと見ておるわ……見損なうな、愚か者め」


「く! う、ううううう……」


 うぉ!

 ベリアルの奴、叱られてやんの。

 しかし、さすが悪魔王……貫禄があるよ。


「さあ、トール……3つめを申してみよ」


「えっと……旧ガルドルド魔法帝国の知識を受け継いだ魔法工学師に心当たりはありませんか?」


「……今の余とベリアルの話を聞いた上で、その願いを申すとはお前も大物だな」


 アルフレードルは「にやり」と笑った。

 さっき言っていたが、水晶球で俺達の行動全てを知っているに違いない。

 ソフィアの野望や、いざとなったら俺が止めようとする事も見越しているのであろう。


「丁度良い……お前達に仕事をひとつ発注しよう。但し出発は7日後だ。イザベラの嫁入り道具の拵えとイザベラとトールにレイラの結婚式へ出席して貰うからな」


「え? 俺が結婚式に出席?」


「そうだ! 神の使徒を悪魔族の結婚式に出席させる悪魔王など普通はおらぬわな」


 義父=アルフレードルはまた「にやり」と笑ったのであった。

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