第111話「妻として」
イザベラが得意の爆炎魔法を容赦なく連発させたので、エリゴス麾下の王家親衛隊は大混乱に陥った。
はっきり言って、奴等は俺達の事を舐め切っていたに違いない。
魔法攻撃を受ける事を想定していなかったようなのだ。
無防備な態勢で上位級の攻撃魔法をまともに受けては堪ったものではない。
左翼からはソフィアが制御する、
「ええい! 隊列を立て直せ! 盾役の戦鬼アモンさえ討ち取れば、後は烏合の衆だ! 大勢で一気に正面から突っ込め!」
どうやらエリゴスの奴は俺を完全無視。
邪神様の使徒であると名乗りをあげたのに、全く信用していないらしい。
イザベラに対しては能力を認めても、箱入り娘で戦闘慣れしていないから大丈夫と踏んだようだ。
えっと仲間達の状況は?
アモンはイザベラの目前に立ち、完全に盾役に徹している。
ソフィアは試作機を操りながら、何と魔法障壁を張り巡らしている。
一度に2つ以上の魔法を発動させるとは、やはりソフィアは魔法の天才なのだ。
ソフィアの傍らに居るジュリアは、強力な魔法障壁に守られて戦況を見つめていた。
「トール! もう一発、爆炎行くよ~!」
イザベラの大声が響く。
同時に爆炎の魔法が左翼に炸裂し、試作機も左翼から敵を崩しているので相手の目線はそちらに行っている。
丁度、右翼はがら空き。
よっし!
ここは絶好のチャンス!
俺が狙うのは、大将のエリゴス、ただ一騎!
総大将を倒せば、軍の戦意は一気に落ちる。
迷宮で戦ったゴッドハルトの時と同じだと俺は考えた。
手薄になった右翼を、一気に突いた俺。
しかし馬上の騎士自体を敢えて狙わなかった。
このような場合は相手より図体の大きい馬を狙う方が効果的だから。
俺は的にした騎士達の馬を切り裂きながら一気にエリゴスに迫った。
馬とはいえ、魔界の馬なので
騎乗馬を殺され、あえなく地に落ちたエリゴス麾下の騎士達は俺に対してすぐ反撃など出来ない。
護衛を掃討され、無防備になったエリゴスに肉薄する。
俺は、まず奴の馬を倒し落馬させた。
落馬したエリゴスは虚を衝かれた事に、呆然としている。
はっきりいって奴は俺の攻撃速度に全くついていけない。
「エリゴス、覚悟!」
基本的に悪魔は死なないという。
だがエリゴス達の乗る悪魔の馬が死んだように、彼等にとって俺が放つ神力はある意味天敵のような破邪の力だ。
多分、神力は悪魔族の魂を容易に破壊してしまうのだろう。
悪魔族が神力を使うスパイラルの軍勢に全く歯が立たなかったのも頷けるのだ。
その時である。
俺の心に聞き覚えの無い声が響いたのだ。
何だ、いきなり。
これ、念話?
気取ったプライドの高そうな男の声である。
『おい、待て! 停戦する! エリゴスを殺すな!』
緊急の念話らしい。
この場の全員に聞えたようだ。
「
座り込んで、刃を向けられたエリゴスは呼びかけられた声に抗う。
どうやら彼の上席らしいが、悪魔騎士の誇りとやらが敗北を良しとしなかったのだ。
エリゴスは刃を突きつけた俺を睨みつけると、観念したように叫ぶ。
「我輩を殺せ! 汚らわしい人間め、ひと思いにな。それが我輩の騎士としての矜持だ!」
俺はエリゴスをスルーして、宰相と呼ばれた声の主に返事をした
『おい! 宰相とやら、姿を現せ! こちらに来てお前がエリゴスの代わりに人質になるんだ!』
しかし宰相と呼ばれた男は、少し待っても現れない。
状況を察して、すかさずイザベラのフォローの念話が俺に入る。
『さっき念話で叫んだ奴は悪魔王国宰相のベリアルだよ、相当にしたたかな悪魔だから気をつけて!』
悪魔王国宰相のベリアル?
以前に俺の読んだ資料書にあった、超が付くほど有名な悪魔の名前だ。
かつては天の御使いとして誕生。
地に堕ちても、強大な魔力と弁舌で力を振るったという大悪魔である。
名前からして、狡猾でしたたかな奴なのは間違いがない。
そこで先手を打つ事にした。
俺は念話でイザベラに呼び掛けたのである。
『イザベラ、もしかしてお前の念話で、ここから両親や姉へ呼び掛けられるか?』
『え!? で、出来るけど……な、何故? あ!』
イザベラは勘が鋭く、聡明な女。
俺の申し入れの意味に、すぐ気付いたようである。
『ベリアルが全く信用出来ない男なら、ここでしっかり保険を掛けておこう。直接、お前の両親と姉へ、これから出向くと伝えるんだ。出来ればここまで迎えに来て貰え。そうなればベリアルも簡単に俺達を謀殺出来ない筈だからな』
『な、成る程!』
イザベラは俺の言葉に納得すると同時に、両親と姉宛に念話を開始した。
無論、ベリアルにも聞えるようにだ。
『父上! 母上! 姉上! 只今帰りました。 とても遅くなりましたが、姉上の輿入れの為に必要なオリハルコンのレシピと材料を持ち帰りましたよ。ちなみにこの重要アイテムを得る事が出来たのは私の夫であるトール・ユーキ及び家族達の多大なる協力によるものです。その中には当然、アモンも含まれています!』
イザベラの家族への呼掛け。
対して、宰相ベリアルが動揺するのが彼の発する
もし、この動揺さえも『擬態』であれば、ベリアルはとてつもない策士であろう。
『イザベラ!』
突如、重々しい声が響く。
俺の魂にも「ずっしり」と響くような声だ。
もしかして……お父さん?
『イザベラ、無事で何よりだな……お前の、その様子だとやはり下々の報告が違っているようだ……そこな人間よ、お前にも我が声が聞えているだろう。余がイザベラの父、悪魔王アルフレードルである』
やっぱりそうか、お父様だ!
じゃあイザベラ、次のお願いだぞ。
『父上、我々はそちらが無理をしなければ抵抗しません。というよりは我が夫トールは強者です。エリゴスやフルカスを一蹴したのですから……それにそもそも彼は私を力で打ち負かし、荒々しくも優しく抱いて女にしたのです』
はぁ!?
私を力で打ち負かし、荒々しくも優しく抱いたぁ!?
おおお、『女』にしたぁ!?
おい! 違うだろ!
まるで俺がケダモノになって、無理矢理Hしたみたいじゃないか!
しかし、ここでも悪魔の倫理が炸裂した。
『ふむ……お前のような剛毅な娘を無理矢理抱いて惚れさせたか……大したものだ』
ええっ!?
イザベラぁ!
俺、お前を力で抱いた事になっちゃった?
しかも、それが大したものだって……何!?
悪魔王、却って嬉しそうにしてるじゃないか!
『父上! トールは強い男です! アモンも正々堂々と戦って打ち負かしたわ! だから彼はこの通り、トールに付き従っているのよ』
イザベラの念話が飛ぶとアモンは黙って一礼した。
これは彼が今の話を肯定するといった意思表示であろう。
イザベラは更に要求を続けた。
『父上、宜しければ私達が居るこの場所までお迎えに来て頂けますか……ここまで私達が理不尽に受けた仕打ちを考えると、それくらいして頂いても良いと思いますが……』
イザベラがそういうと、一瞬の間を置いて豪快な笑い声が響き渡った。
『ははははははは! 面白い! イザベラ、お前はもうその人間の妻として堂々と振るまっておるのだな』
『はい! 貴方の娘イザベラはもうトール・ユーキの妻ですので』
父親の指摘に対して、イザベラは間を置かずにきっぱり言い切ったのであった。
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