第110話「信頼」

 フルフェイス兜を被る悪魔騎士は一方的に言い放つ。


「我輩は悪魔王国ディアボルス王家親衛隊、隊長のエリゴスである。そこの5名よ、捕虜のフルカスを渡して大人しく投降し、我が王国の悪魔裁判を受けよ! もし抵抗すれば……全員殺す!」


 何だよ? 抵抗すれば全員殺すって……

 さっきの悪魔フルカスと言い、この国にはまともに話し合おうというやからは居ないのかね!?

 

 ここまでの道中、俺はフルカスやエリゴスの言った悪魔裁判について聞いている。

 アモンは何故か答えてくれなかったが、イザベラが色々と教えてくれた。

 

 悪魔裁判とは俺の前世の裁判とは違い、被告人に弁護士はつかない。

 内容は殆ど一方的で、ろくに釈明の場も与えられず、被告を最初から罪人にするようなものだそうだ。

 そんな裁判なんか、俺達は一切、御免蒙ごめんこうむる。


 ともかく相手は悪魔と言えども一応騎士。

 なので俺は一般常識的な話が通じないか、人間の『騎士の心得』を強調する。


「おい、そこの悪魔……俺の言う事を良く聞いてみろ!」


「よせ! トール!」


 アモンが止めるが、俺はお構いなしだ。


「お前には忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、そして奉仕という精神が騎士には必須だと考えた事はあるのか?」


「…………」


 予想通り、エリゴスは黙っている。

 汚らわしい人間などと話したくないぞ、という露骨な魔力波オーラが立ち昇っていた。

 そこで俺は、奴の矜持へ訴える事とする。

 

「特に公正と寛容という言葉を選んでお前に贈ってやろう。その意味が分かるか?」


「…………」


 やはり奴は黙っていた。

 じゃあ挑発……やってやろうじゃないか!


「卑怯なお前を見てよ~く分かった! 俺はこの国の王女であるイザベラを見て悪魔王国ディアボルスとは素晴らしい国だと考えていたが、どうやら間違いだったようだな」


「!」


 俺の言葉にそれまで無言を貫いて来たエリゴスだが、遂に反応があった。

 悔しいのか、俯いて身体がわなわなと震えている。

 俺は奴を見ながら構わず話を続けた。


「イザベラは美しく優しい。そして曲がった事が嫌いできっちりと筋を通す女だ。俺はこの国の悪魔は皆、彼女と同じだと考えていたが……この爺やお前を見るとまるで真逆さ」


「…………」


「特にお前にはこのような命令を何も考えずに受ける歪んだ忠誠心しかない。後の騎士の7つの精神は全く持ち合わせては居ないな」


「やめろ!」


 俺の舌鋒にとうとう我慢出来ずにエリゴスが叫ぶ。

 こんなに一方的で傲慢な奴に礼儀もへったくれもない。

 俺は堂々ととぼけてやった。


「やめろ? 何を?」


「これ以上、我輩を侮辱する事をだ!」


 予想出来た答えである。

 ここで、俺は奴以上の大声を張り上げた。


「ふざけるなよ! 侮辱はどちらだ!」


 喉の奥から絞り出した声は自分でも思った以上に大きい。

 俺の声を聞いて、相手のエリゴスは呆気に取られたのは勿論、ジュリアやイザベラ、そしてアモンまで吃驚している。


「まず俺達は商人としてイザベラの姉の案件でここまで依頼の物を届けに来たんだ。それを無謀にも強盗のように奪おうしたのは馬上に居るこの馬鹿だ。その無礼を敢えて譲歩し、男同士の勝負で決めたのにまたお前等が出張って来て、この始末だ!」


「う、うるさい! 元々、アモンを始めとしてお前等は犯罪人だ。まともな話などせんわ」


「ほう、正々堂々と戦ったアモンを侮辱して、まだそう言うのなら……分かった、俺もこのまま黙って殺されるわけにはいかない。まず名乗らせて貰うぞ……闘神スパイラルの使徒、トール・ユーキの名の元に貴様等を全て殲滅する、覚悟は良いな?」


「スス、ス、スパイラルだと!?」


 この悪魔の世界においてスパイラルはよほど怖ろしいのであろう。

 神の名を聞いたエリゴスに怯えの色が見える。

 俺は後ろを振り返った。


「イザベラ……どうする? お前は王女だ、こうなってもさすがに殺されはしないだろう。今ならまだ両親と姉の下へ帰れるぞ」


「何言っているの? 貴方と一緒に行くに決まっているじゃない。戦うよ!」


 キッと俺を睨み、はっきりと言い放つイザベラ。

 今更馬鹿な事を聞くな! という怒りの波動が立ち昇っていた。

 俺は笑顔で頷き、即座に皆へ呼び掛ける。


「ジュリア!」


「当然、一緒に戦う!」


「ソフィア!」


「悪魔は元々、我が帝国にとっては仇敵じゃ! とことん戦うぞ!」


 最後は悪魔裁判の『当事者』であるアモンだ。

 俺はぐっとトーンを落とし、静かに語り掛けた。


「アモン、俺は悪魔の法は良く分からないが、これではあまりにも無体だ。だから抗い戦う……俺は決めた!」


 敢えて何が無体か、言わなかったのはアモンに気を遣っての事である。

 彼は俺達と協力して、頑張ってオリハルコンをここまで持って来たのだ。

 その釈明の場も与えられず、いきなり有罪では酷すぎる。


「分かった、トール。俺は反逆者となろうが、どうなろうがお前について行こう」


 後はと……よ~し、この際だ。


 俺はゴッドハルトから貰った滅ぼす者デストロイヤーの試作機も試してみる事にした。

 ここで意外な申し出が。

 試作機の制御コントロールを希望したのがソフィアである。


「トール、癒しの巫女であるわらわは攻撃の手立てを持っておらぬ。よかったら、この機体を任せてはくれぬか?」


 一瞬の間があった。


 何せこの子には世界征服の野望がある。

 ガルドルド魔法帝国の復活を狙っている女の子だ。

 ゴッドハルトには及ばないといえ、このような物騒なものを預けて良いのだろうか?

 

 しかし今の俺にもう迷いは無かった。

 ソフィアを信じる。

 今迄一緒に行動を共にして、確かな思いがある。

 

「よし! すぐに魔力波の登録変更を行ってくれ、やり方は……」


 ――よっし、ソフィアの魔力波オーラに書き換え登録完了!


 俺達が戦う準備をするのを、呆然と見ていたエリゴス。

 漸く降伏しないと知り、激高する。


「き、貴様等~! 本当に抵抗する気だなぁ! この反逆者共め~」


 反逆?

 当り前だ!

 このまま無抵抗で、殺されてたまるか!

 それに俺はこの国の国民じゃねぇ。

 どこが反逆者だ。

 ふざけるな。


 そんな俺の立てた作戦はこうだ。

 いつもと同じリーダーすなわちエリゴスをなる早で討ち取る。


 まずイザベラに爆炎の魔法を連発で撃ち込んで貰い、俺とソフィア操る滅ぼす者デストロイヤーの試作機が突出し、出来る限りの敵を討ち取る。

 相手が混乱の最中、隙を見てエリゴスを討ち取れば相手は瓦解する。

 

 アモンはジュリア達を守りながら、俺と試作機が打ち洩らした敵を掃討。

 ソフィアには一旦攻撃の手を引いて貰い、敵に侵入されないように物理兼用で竜の息を防ぐ為の防御用の魔法障壁を張って貰う。傷ついた者はジュリアの魔法杖で回復して貰う――以上!


 基本的にはクラン大狼ビッグウルフと戦った戦法の応用だが上手く行く筈だ。


「行け~、爆炎連発ぅ!」


 イザベラがすかさず魔法を発動する。


 うっわ~、早いな、容赦ない発動!

 でも先制攻撃は大事だ。


 エリゴス等親衛隊にとって運が悪かったのはきちんと整列していた事だ。

 密集した彼等に対して、容赦ないイザベラの爆炎魔法が炸裂したから。

 隊長のエリゴスと同じ出で立ちの悪魔が、10体以上も呆気なく吹っ飛ぶ。


 それを見た俺と、ソフィアの操る滅ぼす者デストロイヤーの試作機はダッシュで敵中に踊り込んだのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る