第58話「仲直り、そして……」

 泣きじゃくりながら、俺の胸へ飛び込んで来たジュリア。

 俺はがっちりと受け止めて、優しく背中をさすってやる。


「御免なさい! あたし、トールがあんなに怒るなんて思わなかったんだよぉ! 絶対勝つと信じていたんだよぉ! うわあああ! あたしを捨てるなんて言わないでぇ!」


 え?

 捨てる!?

 

 俺はジュリアを捨てるなんて、ひと言も言っていないぞ。

 確かに「かあっ」となったせいか、言い過ぎた。

 「勝手にどこへでも行け」とかは言ったけれど……

 

 でも、そうか……分かった。

 ジュリアにとっては、全く同じ事なんだ。

 悪い事……しちゃったな。


「御免、俺も本当に言い過ぎたよ。だけどさっき決めたよな? 俺はお前の旦那で、お前は俺の嫁だと……駄目だぞ、もうあんな馬鹿な賭けに乗っちゃ!」


「分かった! もうしないよ、もう馬鹿な事なんかしないから! ゆ、許してくれる? トール」


「大丈夫さ、お前は大事な俺の嫁なんだから! さあイザベラと3人で一緒に絆亭へ戻ろう」


 俺はまたジュリアを「きゅっ」と抱き締め、耳元でそっと囁いた。

 傍らでは、イザベラも嬉しそうに微笑んでいる。


 周囲の男達は、相変わらず静かなまま。

 ちなみに、この店の主人を店内に放り込んだままだが、衛兵が来る様子が無い。


 その理由は、すぐに分かった。

 

 主人にそっくりな顔をした老齢の男が、入り口から顔を出したのだ。

 そしてうんざりしたようなしかめ面をすると、外へと出て来たのである。


 最初は、何だこの爺さんと思ったが……

 しかめっ面の原因は、俺ではなかった。


「ジュリアちゃん、ウチの息子が、またあんたを口説いたのかね?」


「ええ、バリーさん。あたしにはもう旦那が居るって言ったら……彼を思い切り罵倒して冒涜ぼうとくしていたわ。でも、あおったあたしも悪かったのよ」


 ジュリアは俯いて、元気なく呟いた。

 俺は、バリーと呼ばれた男とジュリアの間に割り込む。


 事が事なのと、相手が店主の身内なのでつい喧嘩腰になってしまう。


「俺がこの子の旦那、トールだ……テーブルの修理代は払ってやるが、あいつの治療費も一緒に払えと言うのか?」


 しかし意外にも!


「いいや……儂の息子が全て悪い。それに面白い勝負で店に客をこんなに呼んでくれたし、儲けも出た。金なんざテーブル代共々一切要らんよ」


「え?」


「息子があんたに言った罵詈雑言は聞いておった。あれならわしでもぶち切れる……本当に悪かったな」


 バリー老人は、そう言うと深々と頭を下げた。


 おいおい、何だよ、この爺さん。

 良い人過ぎるじゃあないか。

 このような立派な父親に、何故あんな馬鹿息子が出来たんだ?


 俺の表情を読んだらしいバリーは、苦笑する。


「ははは、トール。あいつは儂の亡くした妻、すなわち母親の面影があってな。それで儂もつい甘く育ててしまった」


「…………」


「奴はずっと仕事もしないで今迄放蕩三昧していたのが、やっとこの店を継ぐと言って手伝い始めてくれたんだ。それでもっとやる気を出させる為に店長を任せたんだが……全くの間違いだったようだ」


 バリーはそう言うと「失敗した」と呟いて頭を掻く。


「そうか……」


「はは、息子の怪我の様子を見たが2週間くらいは寝たきりだろう、奴にはいい薬になったに違いあるまいて」


 良い薬になった、か……

 叩きのめした相手の父親から、そう言われた俺はすっかり気持ちが軽くなっていた。

 なので、やり過ぎた『お仕置き』について、詫びたくもなった。


「分かった、確かにこちらにもやり過ぎた。明日行くから、奴の治療費が出るくらいは飲み食いさせて貰おう」


「明日、と言わず……今からはどうだ? 息子の罵詈雑言と共に面白い話が聞こえての。 儂は元冒険者だが、あんた達が探しているオリハルコンの事を少しくらいなら教えてあげられる。どうだ? 聞いて行くか?」


 おお!

 な、何と!

 オリハルコンの事が分かるって?

 瓢箪ひょうたんから駒とはまさにこの事。

 凄い運命の悪戯。

 俺達は切れかけた糸を、またつなぎ止める事が出来たのだ。


 当然、バリーから話を聞かなくては!

 こうなったら、儲けた金でガンガン飲み食いしてやろう。

 それが世の為、人の為。


「わ、分かった! ぜひ話を聞かせてくれないか。よっし、ジュリア、イザベラ店に入るぞ」


「「はいっ!」」


 もう、ジュリアも完全復活。

 イザベラも、諦めていたオリハルコンの手掛かりが聞けると分かって嬉しそう。

 元気一杯だ。


 俺の嫁である、ふたりの弾んだ声が重なり幸せ気分。

 ガッツポーズをした俺達が、喜び勇んで居酒屋に入ろうとした瞬間。


「待て……俺をこのままにするのか?」


 背後から声を掛けて来たのは、先程俺に腕相撲勝負で完敗したアモンであったのだ。

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