第48話「呪いなんて、へっちゃらだ!」

 イザベラが魔法を使いだして、10分後……


 魔法障壁の付呪エンチャントされた分厚い壁に囲まれ、呪われた商品と粗末なテーブルと椅子しか無い奇妙な部屋。

 その部屋で今、驚くべき光景が繰り広げられている。


「お、俺とはやり方が全く違うけどよ……す、すっげーな! 瘴気や呪われた魔力波オーラがあっという間に消えて行くぜ」


 ダックヴァルは目を見張り、俺達も吃驚していた。

 イザベラが行う解呪魔法が凄い……いや、凄すぎるからである。

 

 解呪魔法のプロでもあるダックヴァルが言う通り、イザベラの解呪魔法は特殊らしい。


 悪魔族特有の、無詠唱で溜めの無い魔法発動により繰り出される解呪魔法。

 購入した商品へ、イザベラが細く白い手をかざす。

 すると……

 負の怨念らしき魂の残滓や禍々しく妖しい魔力波を、どんどん彼女の体内へ吸収しているのだ。

 

 これは単に解呪しているのではない。

 はっきり言おう、呪いを美味そうに食べていると!

 

 やがて魔法は終わったようだ。

 イザベラは「ぺろり」と真っ赤な長い舌で満足そうに唇を舐めていた。

 ……怖すぎる!


 さすがのダックヴァルも、態度が一変している。

 

「何か俺、お前を馬鹿にしたような事を言った記憶があるような、無いような……まあ良いや。す、済まなかったな」


「うん! 分かれば宜しい!」


 イザベラは、ダックヴァルに謝って貰い、満面の笑みを浮かべていた。

 得意げな表情だ。


「さあ、次はあたしとトールの番だ。指輪やアミュレットはあたしに任せてね」


 ジュリアも、一層気合が入っている。

 あり金を使って仕入れ買いしたのは勿論、自分の目の前でイザベラの驚異的な力を見せ付けられたからだろう。

 

 誇り高い竜神族の血が、ジュリアに言わせているのだ。

 ライバルに負けるなと。


 そして……15分後


 何と!

 ジュリアもこの短時間で指輪3つとアミュレットひとつの商品鑑定を終えていたのである。

 そして俺も使徒としての力を発揮。

 例の謎のお香の鑑定を終えていた。

 

 購入金額との差がはっきり出たので、ジュリアの表情は晴々としている。


「うふふ。この真鍮製の指輪は多分後世のレプリカだけど……何とルイ・サロモン作、悪魔召喚の指輪で金貨100枚の価値よ! これだけで大儲けね!」


 そんなジュリアの顔を見てしてやられたという感じのダックヴァル。

 苦笑している。


「実際にこの指輪、使っちゃおうか?」


 ジュリアが言うと、イザベラが凄い目で睨む。

 まあこの指輪を使えば……効果があれば……イザベラが俺達のしもべになる。

 つまり、俺を下僕にする話の真逆だから。

 プライドの高いイザベラには我慢出来ない話だろう。


 ジュリアの言葉を聞いた、ダックヴァルが苦笑する。


「実際に使う? おいおい、そんな凄い召喚士なんか滅多に居ないぞ」


「召喚士?」 


「そう、召喚士だ。怖ろしい悪魔を呼び出して下僕にするのは召喚魔法しかない。その上で安全を確保してから初めてその指輪が使える」


 成る程。

 俺が資料本で読んだ通りだ。

 悪魔に限らず、魔族を従えるには召喚魔法が必須。

 魂の契約を執り行い、対象を従士とするのである。


 ジュリアも当然、その常識は知っている。


「まあ、そうだろうね」


「だから、ぬか喜びは早い。腕の良い召喚師サマナーが居ないと指輪は無用の長物になる」


「へへ~ん、使うのは冗談。実際に考えていないもん。速攻で売るつもりだから」


「そうか」


「それに、悪魔は既にひとり居るから、もう充分間に合っているし」


 ジュリアは、喜びの余り思わず「ぽろり」と喋ってしまった。


「え!?」


 驚いたのはダックヴァルだ。

 この世界の人間は『悪魔』と言う言葉に敏感みたい。

 とても怖れているらしい。


 ジュリアも、自分の『失言』にすぐ気付く。


「へへへ、独り言だよ。……で銅製の指輪は守護の指輪で金貨10枚相当の価値、銀製の指輪は魔力強化の指輪で金貨50枚、そして同じく銀製のアミュレットは魔力吸収のアミュレットで金貨100枚と。都合金貨260枚、260万アウルムで購入金額の約40万アウルムを差し引いても、約220万アウルムの大儲けだわ。うっほ~い!」


 喚声をあげて喜ぶジュリア。

 確かにこれは大成功。

 俺達はあり金はたいた賭けに勝った。

 見事に勝ったのだ。

 

 そして俺も自ら行った鑑定結果を告げる。


「この香は多分……『反魂香』だ」


「反魂香?」


「そう! 反魂香だ。死線を彷徨さまよう重態の病人を回復させたり、魂が離れたばかりの死者の魂を呼び戻す魔道具マジックアイテムさ……価値は時価じゃあないかな」


 おお、我ながら素晴らしい。

 俺にも鑑定の能力が徐々に目覚め始めていたのである。


 魔力波と中二病の知識が頭の中で不思議な感覚でマッチングされて即座に答えが出て来た。

 ちなみに時価というのは、プライスレス。

 簡単に価値がつけられないという俺なりの意味なのだ。

 オリハルコンと一緒で、購入者によってつける金額も大幅に変わって来るだろうから。


 ダックヴァルは、合点がいくというように頷く。


「ははは、やっぱりそれは反魂香かよ。持ち込んだ奴に聞いたら迷宮で行き倒れになっていたサムライらしい剣士から拝借したんだとよ」


 拝借……ねぇ。

 元の所持者はもうこのアイテムを使えないんだし、迷宮の奥で朽ち果てさせるよりはまし。

 ……っていうのが、この世界の常識、価値観なのだ。

 だから冒険者は『死体あさり』をするのである。

 俺の前世なら、信じられない考え方だ。


 意外にもダックヴァルの表情はすっきりしたものだった。

 何?

 どういう風の吹き回し?


 と、思ったら……


「まあ、良いや。正直俺にも解呪出来なかったものも混ざっていたしな。買い取った元値を考えても俺だって倍以上の大儲けだもの」


 やっぱりか!

 こいつは、転んでもただでは起きないダックヴァル。

 良いだろう、これからあんたの事は『鬼商人』って呼ぼう。


「で、どうする。これを売る気があるなら反魂香以外全て上代の60%で買うぞ」


 ……何だ、この親爺は……もとい! さっきの呼び名を訂正しよう。

 鬼の前に極悪と……『極悪鬼商人』と呼ぶのが、ぴったりだ。


 さっきの……暴言に頭に来たので睨むから一転。

 俺は呆れた顔で、この喰えない髭の親爺を見つめていたのであった。

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