第12話「彼氏と彼女」
大空亭、1階食堂午前7時……
俺とジュリアは、テーブルに座りながら向かい合って朝食を摂っている。
飯はひとりよりもふたり、もしくはそれ以上で食べた方が絶対に楽しい。
今朝の俺とジュリアは、恋人同士の楽しい朝食。
はっきり言って、すっごく嬉しい。
こんな事になるなんて、昨日まで想像もしていなかったから。
でも本来なら、ジュリアは宿屋のスタッフ。
朝の仕事真っ最中の筈だが……それが俺と仲良く朝飯になったのは、どうしてなのか?
時間は少し遡る。
……2時間前の事だ。
ジュリアは俺と共に起きた。
当然、大空亭の仕事が待っている。
痛みが治まらないのに、従業員として無理に仕事をしようとしたジュリア。
ちなみに『痛み』と言うのはアレ。
乙女にとって1番大事な物を、俺に奉げた際に伴うものである。
辛そうな彼女を見かねて、俺は決心した。
俺が、宿の仕事を肩代わりしようと。
宿に来た昨夜に続き、しっかりと手を繋いで現れた俺とジュリア。
気合が入った俺は、ジュリアの仕事を代わりにやると申し入れたのだ。
張り切る俺を他所に、ジェマさんは相変わらず淡々としている。
「ふ~ん、あんたって変わった客だよ。じゃあ勝手にしな」
何故、俺がジュリアの仕事を手伝うのか?
理由など聞くまでもなく、彼女は俺の恋人だから。
大事にしたい、労わってやりたい。
今迄にない、そんな強い気持ちになったのだ。
昨夜俺は、凄く感動した。
俺にとってジュリアは最初の女、ジュリアにとっても俺は最初の男だという事。
前世で、俺があのまま暗い人生を送っていたとする。
こんな素晴らしい出会いは100%……いや200%起こるわけが無い。
まあ、勢いでエッチしたんじゃないかと突っ込みを受けそうな展開ではあるが、とりあえずは困っている「彼女」の仕事を手伝わなくてどうする?
俺は、自然にそう感じたもの。
とりあえず勝手に宿の仕事をやるのはまずいので、ジェマさんに何をすれば良いか、聞いた。
ジュリアが手伝っている宿屋の業務のうち、単純作業だけをやれば良いと言われたのでそれらを行ったのである。
具体的にいうと薪割り、水汲み、朝食の支度と後片付けの補助、掃除、洗濯……
ジュリアも最初は「何故手伝ってくれるの?」と不思議そうな目で見ていた。
だけど、俺が「てきぱき」と仕事をこなすのを見てからは頼もしそうに見つめている。
前世の俺ならば、気持ち的にも体力的にもやる気の出ないような肉体労働ばかり。
だけど、ジュリアに対しての愛情と今の頑健な身体があれば全くの楽勝だ。
俺が「さくっ」と仕事を終えると、朝食を食べるようにジェマさんに言われた。
その際に、ジュリアも俺と一緒に食べるようにと念を押されたのである。
俺がテーブル席に着き、食事を取りに行こうとするジュリア。
それを手で制して、何とジェマさん自ら朝食を運んで来てくれた。
支度をするジェマさんは、食器を置きながら俺をじっと見る。
「その様子だと、あんたがジュリアを『女』にしてくれたんだね。ところでジュリア、トールからちゃんとお金は貰ったのかい?」
ジェマさんは、相変わらず回りくどい言い方をしない。
直球を「びしっ」と、ど真ん中に投げ込んで来る。
ジュリアはというと、黙って首を横に振り真っ赤になって俯いてしまう。
さあ、ここはジェマさん同様「びしっ」と決めないと!
俺は黙って倍額の50,000アウルム=金貨5枚をジェマさんの前に置く。
「ほう! これはどういう意味だい?」
予想外の金額に、さすがのジェマさんも驚いたようだ。
でも、嬉しそうに微笑んでいる。
そんなジェマさんへ、俺は「ずばっ」と言い放つ。
「ジュリアが貴女から借金している事を聞いた。これで少しは返済の足しになるだろう?」
「ははははは、凄いね! 50,000アウルムをポンと出すとはね。私が言った約束の倍だよ!」
ここで初めて、ジェマさんはにこやかに笑う。
その晴れやかさは、昨夜見せた単なる愛想笑いとは全く質の違うものだ。
俺は親指を立てて言い放つ。
「ノープロブレム!」
「あはは、何だい、それ? まあこんな時、けちな男は駄目さ。逆に金離れの良い男は好かれるよ」
俺の決め言葉は意味不明だったらしい。
ジェマさんは今度はちょっと苦笑しながらも、大きく頷いた。
「私が見た所、トールは初めての仕事も難なくこなすし、前向きだ。ゴブも簡単に倒すほど腕も立つ。今時、こんな男は中々居ないよ」
何だ、何だ!?
いきなり褒め殺しですか?
何か魂胆がありですか?
俺が?マークを頭上に浮かべてジェマさんを見ていると、彼女はジュリアに向き直る。
そして、いきなり爆弾発言が飛び出したのだ。
「ジュリア、トールは強くて優しい良い男だよ。あんたさ、このままトールと一緒になるってのはどう?」
「ええっ! お、叔母さん!」
「おわっ!」
ジュリアは吃驚して俯き、俺もジェマさんの意外な提案に驚いてしまう。
「結婚しなくてもトールの彼女になって暫く付き合うとか。トールが嫌だって言えば、当然この話は無しだろうけど」
「お、叔母さん……あ、あたし……」
ああ、吃驚した。
そこまで言うの?
超が付くほど、そっけないと思ったジェマさんが180度、態度を変えた。
そもそも、見ず知らずの俺に対して何故そんなに信用があるのだろう?
俺はポカンと口を開けて、まじまじとジェマさんを見つめてしまったのであった。
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