第13話 プチ旅行 後編
「ほら、珍しい鳥がいるよ!」
「ほら、珍しい花が咲いてる!」
「ほら……」
あれ? もしかして私の方がはしゃいでる? 何だか少し恥ずかしくなって来ちゃったな。って、振り向いたらハルがいないっ? いるはずのものがいないと言うこの状況に、当然のように私は困惑する。私はすぐに顔を左右に振って、状況を確認しようと必死になった。
(うそっ? さっきまでっ?)
その時、ウキキーッ! と言う何処かで聞いた事があるような叫び声が聞こえた。
「あっ!」
ハル、お猿さんに連れ去られてる……(汗)。まぁ確かに動くぬいぐるみなんて珍しいけど……でもそれは私のハルだーッ!
「こらー! 待て猿ーッ!」
私はハルを連れ去る猿を追いかけていった。
けど、そこは流石地元の野生動物……。すぐに猿の姿は見えなくなってしまった。そんな……そんなバカな……。私は走り疲れて肩で息をする。こんな、こんな事になってしまうなんて……。
ハルの為にやって来た旅行で、まさかのそのハル自身がが連れ去られてしまうだなんて……。私はもうどうしていいのか分からなくなったけど、取り敢えず体力が回復した後に捜索を再開する。初めてきた場所で土地勘がないのもあって、仕方なく旅館街一帯をぐるぐると何周も歩き回る。
こんな事をしたって無駄だって分かっていたけど、そうしないとどうしても気が収まらなかったんだ。
夕暮れになっても結局ハルは見つけられらず、私は取り敢えず旅館まで戻る事にした。入り口が見えてくるところまで戻ってくると、何やら周りが騒がしくなっていた。
(ん? 一体何があったんだ?)
私はちょっと興味を持って、その騒ぎの正体を探りにいった。
ウッキー!
ウキキー!
ウッキウッキー!
騒がしいと思ったら、その騒音の正体は猿の鳴き声だった。何と猿の大群が旅館の周りに集まっていたのだ。あれ? もしかしてあの中にいる猿って、さっきハルを連れ去ったやつ? 嫌な胸騒ぎを感じて駆け寄ると――。
猿達のボスになったハルがそこにいた。
ハルの周りに多くの猿がいて、彼らはハルに従っているようにみえる。例えて言うなら親分と大勢の子分みたいな。ええっと? 一体これどう言う事? 私はあまりの展開に軽く事態を飲み込めないでいた。
「あ、渚! 遅かったね!」
「お、遅かったねじゃないよ! 今まで一体何がどうなってこんな事になってんのよ!」
我ながら頭が混乱してちょっと言葉が意味不明。
でも仕方ないよね。こんな展開誰も想像出来ないよっ。
「うん、どうやらね、僕が珍しかったからこの猿がボスに会わせたかったんだって」
「ハル……。もしかして猿語も分かるの?」
「え? みんなは猿の言葉分からないの?」
ハルのこの態度に私は思わずハルの頭をげんこつグリグリしてやった。このっ! 人の気持ちも知らないでっ! 反省しろ反省!
「ちょ、痛い! 痛いってー!」
ハルの痛がっている様子を見たサル達がここで突然興奮し始めた。ウキー! ウキキキーッ! と、口々に叫び始めている。こ、これってもしかしてやばいやつ……かな?
「や、痛っ! 猿っ!」
ハルが私にいじめられていると判断した猿がついに攻撃を開始する。流石は野生動物、その攻撃に容赦はない。力の限りの猿パンチが身体にヒットして私は悲鳴を上げた。痛い痛い、痛いし怖い……っ!
「分かっ、分かったからもう止めるからっ!」
私がハルを開放するとサル達も攻撃を止めた。良かった、攻撃をやめてくれて。それにしても園児ばかりか猿にもモテるのかこのぬいぐるみは……。
うぬぬ……恐ろしいぬいぐるみッ! (白目)
その後、ハルが猿達に帰るように促して、ようやくこの事件は終了する。全く、今日はのんびりした旅行を楽しめると思っていたのに……とんでもない目に遭ったよ。
「へぇ~そんな事があったんだぁ~」
部屋に戻ったらお母さんが湯上がりですっかり出来上がっていた。ああ……やっぱりお母さんが一番この旅を楽しんでいるなぁ。
「それよりお風呂入りなさいよ! ここ露天風呂で雰囲気もいいのよ~!」
「もうすぐ夕食なのにお風呂なんて入れないよ。食べた後に入る」
「あ~、もうそんな時間なのね~♪ じゃあそうしよう!」
それからしばらくして、親子二人にはちょっと量が多過ぎる位の料理が運ばれて来た。どの料理も美味しくて、私達はあっと言う間にそれらを平らげてしまった。
うん、旅行と言ったらやっぱり美味しい料理、地元グルメだよね!
「それじゃあ私先にお風呂入ってくるからね♪ 後で来るのよ!」
お母さん、今日何度お風呂に入ったんだろう……(汗)。
でもそろそろ私達もお風呂に入んなきゃだね。
「じゃあハル、行こっか♪」
私は準備をしてハルと手を繋いで露天風呂へと向かう。散歩の時と同じようにハルの歩調に合わせてゆっくり歩いていった。幸いな事に他のお客さんとは会わなかったので、ここでも特に騒ぎになる事はなかった。さっきの猿の時もそうだったけど、今が行楽シーズンじゃなくて本当に良かったよ。もしお客さんが多く訪れていたら、今頃一体どんな騒ぎになっていた事やら……。
私は露天風呂に向かいながらハルに話しかけた。
「露天風呂、楽しみだね」
「僕は初めて入るからドキドキしてるよ」
初めて会ってから二ヶ月も過ぎて、私はこのぬいぐるみの事がかなり好きになっていた。あ、好きって言ってもアレだよ、ラブじゃなくてライク! ライクの方だからね!
「お母さん、来たよー!」
夜の露天風呂は星空が綺麗で、私達はすっかり魅了されてしまった。肝心の温泉もとても気持ちが良かったし最高だね!
「これが露天風呂~」
温泉に入ったハルはすぐにフニャフニャになってしまった。温泉の成分がそうさせたのか、温泉の雰囲気がそうさせたのかは分からない。
でもその様子が面白かったので私とお母さんは一緒になって笑ったのだった。
夜、布団に入った私はお母さんに感謝の言葉をかける。
「お母さん、旅行有難う」
「いいのいいの、私が温泉入りたかっただけだから」
やっぱりお母さん、ハルをダシにしていただけだったか。その本人はと言えば、温泉でのぼせちゃって、後で引き上げるのが大変だったっけ……。
今はまるでそんな事もなかったみたいにぐっすり眠ってるけど、一体どんな夢を見ているのやら。
次の日、朝食の後に私達は旅館を出る。旅館周辺の自然豊かな朝の気配に心が洗われるようだった。
こうして私達のプチ旅行は終了。ハルもこの旅行をすっかり楽しんだようなので、結果的に大成功かな。
で、家に戻ってから気付いたんだけど、おみやげを買い忘れていたって言うね……。そのせいでお父さんがちょっとすねちゃった。お父さん……ごめん。
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