第8話 友達は園児

 ハルはぬいぐるみ。大きなクマのぬいぐるみ。実際中二にもなって部屋にこんなのがあったらちょっと引かれちゃうかもってレベル。

 でも同じクマのぬいぐるみでもプーさんなら大丈夫なんだろうな……。恐るべしディズニーのブランド力。


 そんな訳でヤツの行動範囲なんだけど、普段は私の部屋か動きまわっても家の中だけって事にしてる。この間は夕暮れの公園で夕日を見るって言うとんでもない行動を目にしちゃった訳だけど、もしかして普段からしょっちゅう家を抜け出したりしているのかな?


 平日は私は学校があるから調べようがないんだけれど、お母さんに聞いても


「いつも監視している訳じゃないもの」


 って、うまい具合にはぐらかされちゃう。大きな騒ぎにならなきゃ、私も今更特に束縛しようとは思わないけどね。


 休みの日も私はすぐ友達と一緒に遊んじゃうし、昼間のハルの行動って殆ど知らないんだよね。いつも人の話聞かないから、どれだけ言いつけ守ってるかなんて信用ならないし。


 今日は学校が早くに終わったから、まっすぐに帰らずに色々寄り道していたんだ。先生はまっすぐ家に帰りなさいって言うけど、そんな言葉なんて誰も守らないよね。そんな寄り道の流れで保育園の側を通りかかったら、園児達の賑やかな声が聞こえて来た。

 子供達はいいな。元気で可愛くて素直で無邪気で。それに比べたらウチのハルなんて……。


「ハルー! 遊んでー!」


 ん? ハル? いやまさかね……。ハルって名前かあだ名の友達だよね?


「よーし! おいでー!」


 ん? 何だこの聞き慣れた声。胸騒ぎを感じた私はすぐにその声が聞こえた保育園に近付いた。そこで目にしたのは間違いない、我が家の動くぬいぐるみだった。私は目を疑ったね。嘘だッ! って思いたかったね。

 でもハルって名前の動く灰色のぬいぐるみなんて、該当するのはひとつしかないって言うね。


 今思えば、すぐ保育園の人に事情を聞けば良かったんだけど、私は直接ハルを呼び出していた。


「ちょ、あんたハル何やってんの!」


 私のこの声に灰色ぬいぐるみはすぐに気付いてとことことこっちにやって来た。とことことことこと歩く姿は園児でなくてもかわいいって思っちゃう。ハルがやって来た事で園児達も一緒について来た。こやつめ……中々園児たちに慕われているじゃないの。

 話が聞ける距離まで近付いたので、私は早速事情を聞いてみる。


「どう言う事なの?」

「うん、あの……。保育園の人に頼まれちゃって……」


 私と話している間にも園児達が遊ぼう遊ぼうってハルを離さない。この世代のぬいぐるみ好きはものすごいものがあるからなぁ……。ただのぬいぐるみでも争奪戦が始まるくらいだから、それが動くぬいぐるみになったらその人気っぷりは計り知れない訳で……。

 人気者の動くぬいぐるみは園児達にもみくちゃにされまくっていた。どんなにひどい扱いを受けても泣き言ひとつ言わないだなんて、ハルも結構やるじゃないの。


 やがてこのやり取りを見て保育士さんが私の元にやって来た。


「すみません、あの……ハルさんにはちょっと園児達の相手をしてもらってます」


 事の発端はあのぬいぐるみがお使いの帰りにこの保育園の側を通りかかった時との事。ヤンチャなひとりの園児がボール遊びで園の外にボールを飛ばしちゃって、ハルがそのボールを拾って届けた所、そこで園児達に人気になっちゃったらしい。


「ハルさんが園児達の相手をしてくれる事で、私達すごく助かっているんです」


 私はこの時、あの園児達の人気者がもう少ししたらいなくなってしまう事を告げられなかった。それは園児達とハルがすごく仲良さそうにしていたから。

 で、保育士さんに事情があるので来られなくなる日があるかも知れないとだけ伝える事にした。


 ハルについて保育士さんは本物の動くぬいぐるみと言うより、最新科学のロボットみたいな捉え方をしているみたい。まぁ、私としてもそう思ってくれていた方がいいかな。

 本物の生きているぬいぐるみだなんて、普通の大人はきっと信じられないもんね。


 そうして園児達の相手を終えて私はハルと一緒に家に戻った。園児との交流は一週間くらい前から始めていたんだと……。全然知らなかったよ。

 案の定この事はお母さんにはちゃんと伝えていたらしい。全く……。そう言うのは私にもちゃんと話してよね。

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