第7話 夕暮れの公園
「何で洗濯に出しちゃったの!」
朝から私は怒り新党……じゃない怒り心頭。お気に入りの服、今日着て行こうと思ったら先に洗濯されていた。
「いや、だっておばさんが洗濯物ない? って聞くから……」
「折角今日あれ着て行こうと思ってたのに!」
これはかなりのショック……。ハルに何もかも任せすぎな私が悪かったのかな。そんな私の様子を見て、彼が何とか取り繕うと声をかける。
「ほら、今日は天気がいいからすぐに乾くよ!」
「私は朝から出かけるんだってば!」
朝からぬいぐるみ相手にこんなやり取りしても不毛なんだけどさ。全く……仕方ないから今日は別の服を選ばなきゃ。
あ~あ、別の服ってこの時期迷っちゃうんだよな~。あんまりダサいのも着ていけないし……今日は友達と遊ぶから。
ハルは怒られてしょんぼりしたのか黙って部屋を出て行った。今のあいつに掛ける言葉は何ひとつ見つからない。
そのままひとりで反省してろって言うのよ。
お菓子はしょっちゅう食べられちゃうし、テレビの主導権は握っちゃうし、ゲームのデータは上書きされちゃうし、最近のハルってば本当に生意気。こう言う時でないと感情ぶつけられない。
だって、あいつぬいぐるみなんだもん。見た目が既に卑怯だよ。すぐ許せちゃうんだもん。
それから色々悩んで、取り敢えず無難な服を選んで私は出かけた。この時はハルがどれだけ傷ついているかなんて知らなかったんだ……。
友達と遊んでそれなりにエンジョイした私は楽しい気分のまま家に戻る。そしてそのまま真っすぐ部屋に入って、買ったものとか荷物とかを降ろした。やっと手に入れたお気に入りの本とかアクセサリーとかね。いやあ、充実した時間を過ごせましたよ。
(あれ?)
おかしいな……見慣れた景色に見慣れたものがない。悪い予感がした私は部屋を出てリビングへ。そう、いつも部屋にいなければここでテレビを見ているはずのあいつを確認しに。
けれどリビングにも、続く台所にもあのぬいぐるみの姿はなかった。おかしいなと思いつつ、私は家族に助けを求める事にする。
「おかーさーん! ハル知らない?」
この質問に母親は答えない。あ、そう言えば今日はお母さん用事で出かけているんだった。つまり、今この家にいるのは私ひとりだけ。
私は家の中を駆けまわってハルを探した。かくれんぼの鬼のようでちょっと楽しかったのは内緒。両親の寝室、台所、お風呂、洗濯機の中、押入れの中、和室――。あいつが隠れていそうな場所を家中虱潰しに探しに探した。
けれど、どれだけ探してもハルはどこにも見当たらなかった。もしかして……家出? まさかね。
でもこれだけ探していないんだから、あのぬいぐるみが家の中にいないって事だけは間違いないみたい。
もしハルが外に出ていたら何か騒ぎになっちゃうかも! そうなってしまったからでは遅いと思った私は、すぐに出かける準備をして家を飛び出した。
こんな事になっちゃって……歩くモフモフめ、見つけたら絶対とっちめてやるんだから!
「ハルー! ハルゥー!」
当然ながらハルの行きそうなところなんて皆目見当がつかない。仕方がないので、私はそこら辺を名前を叫びながら歩き回った。
もしかしたらこの状況、周りから見たら私の方が不審者だったかも知れない。
色々歩き回って、それでも見つからなくて私も結構疲れちゃった。気が付けば街が夕暮れ色に染まって街の人が家路に戻る時間になっていた。もう! 本当にどこにいるのよあいつ!
私は段々ムカついてきて、あいつを見つけた時に言う悪口を頭の中で繰り返していた。
散々歩き回って探し疲れてちょっと休憩していると、自販機が目に止まったので私はそこでジュースを買う事にした。
買った後でどこかで座って飲もうと思っていたら、近くに公園があったのでそのまま入っていく。すると、私の目に見覚えのあるシルエットが影絵になって飛び込んできた。
公園のベンチに座って夕日を見つめるぬいぐるみ……。何故だか私はそのシルエットを見た瞬間何もかも許せてしまっていた。
それほどまでに不思議な魅力がその風景にはあったのだ。
私に気付いたハルは驚いた顔をして一言だけつぶやいた。
「あ……」
「見つけた」
ハルを見つけたら色々言いたい事があったのに、私は結局この一言しか言えなかった。私に見つかった彼も何だか気まずそうで、それからお互いに無言のまま……。
とりあえず私は赤く染まったぬいぐるみの隣りに座って、買ったジュースを飲み干して、その後はハルと一緒に家に帰った。
後でハルに聞いたら、たまにあの公園で沈む夕日を眺めているんだと。うーん、何て人騒がせなぬいぐるみなんだ。
でも私の知らないハルの一面を知れてちょっと嬉しかった。家から公園まで結構な距離があるのに、やっぱり街の住民は全然騒いでいないみたい。
本当にこの街の住民たちのメンタルは強いわ。きっと私にもその血が流れているんだろうな。
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