第5話 取材当日
「テレビの取材ね、今月末だって」
「ふーん」
そうお母さんから話を聞いた時はまだそれは十分先の話だと思っていた。時間は流れ始めるとあっと言う間に進む事を、この時の私は自覚していなかったんだ。
そして気がつけばハルが私の前に現れて一ヶ月が過ぎようとしていた。最初こそ色んな混乱があったけれど、今ではもう結構慣れてしまった。朝は起こしてくれるし、話し相手にもなってくれるし、お使いもするし――。
いつの間にか我が家の中でハルの存在は何気に結構大きなものとなっていた。
しかも今のところハルの存在が特に大きなトラブルになっていないと言う奇跡! このまま無事に三ヶ月が過ぎればいいなと思っていた矢先に、お母さんからの衝撃的な一言が。
「明日テレビの取材が来るから、部屋を片付けておいてね」
「え?」
しまったーっ! もうそんな時期? 時間が過ぎるのちょっと早過ぎるよー! そう、私は油断していたんだ。こんなに早く一ヶ月が過ぎるだなんて――。部屋の掃除とかしたくないよ……面倒だよ……(汗)。
この時、私の頭の中でピコーンと言う音と共に豆電球が灯る。そうだ! あいつにやらせよう!
私はすぐにハルを呼び出して部屋の掃除を命じる。
「え~。部屋の物勝手にいじるといつもはすごく怒るくせに」
こしゃくなぬいぐるみめ、長く居付いたせいで段々小生意気になって来ておる。ここはひとつガツンと言って置かねばならぬようじゃのう。
「ここではこの私がルールなのよ! つべこべ言わすさっさとやる!」
私の気迫に押されたのか、ハルはしぶしぶ部屋の掃除を始めた。
「この暴君は本当にぬいぐるみ使いが荒い……」
「ん? 何だって?」
「いえ、何でも」
全く、誰の好意でかくまってやってんだか。このくらいしたってあんたは文句言える立場じゃないでしょうよ。
さて、私は優雅におやつでも食べますかな……。
「……ハル、終わったらお菓子あげるね」
私は彼に聞こえないくらいの小さな声でそうつぶやいた。怒鳴って言う事を聞かせた手前、優しくするのが恥ずかしかったのだ。
その後もハルはテキパキとゴミをまとめて部屋を片付けていた。その働きぶりはまるで熟練の家政婦さんのようだ。あいつ、元の世界では一体どんな生活をしていたんだろう。
私のハルに対する興味は、あいつが何かをする度に大きく膨らんでいくのだった。
「……終わったよ」
私がリビングでテレビを見ていたらハルが呼びに来た。折角いいところだったけど、ここは部屋に戻って掃除具合をチェックしますかね。何か不具合があったら
そうして私は部屋に戻り、呼びに来た彼はそのままリビングでテレビを見始めた。
ま、働いてくれたしね。後は好きなだけテレビを見ていいよ。
掃除具合はどんなものかと自室を覗くと、ハルの頑張りのお陰で部屋は一応見栄えのあるものになっていた。うん、これで明日テレビの取材が入っても大丈夫だ。一通り目視で片付け具合をチェックした後、今度は本や雑誌なんかの整理具合もチェックしてみる。読みたい本はすぐに読めるようになっていないといけないからね。
こちらの方もぬかりなく、いい具合だった。あのぬいぐるみ、中々にいい仕事をやりおるわい。
あ……大事にとっておいたお菓子が……ない。
しまったァ! お菓子を入れていた引き出しの鍵、開けたままだったァ! くっ! やっぱ油断ならないなあのぬいぐるみッ!
でもちゃんと部屋を片付けてくれた事だし、怒らないでおくか。これは鍵を閉め忘れた私のミスでもあるし――。
次の日、ちゃんと約束通りテレビ局が我が家にやって来た。あんな動画を見て取材を決定するだなんて、テレビ局って案外暇なんだな。
私が学校から帰ると、ちょうどハルがカメラに向かって何か喋っていた。
ああ……何てシュールな光景なのだろう。
だってカメラに向かってクマのぬいぐるみが喋ってるんだよ? 私だって初めてこの光景を見たら笑っちゃうよw
私が帰ってきたって事で、唐突にインタビューのマイクがこっちに向けられる。えっ? そんな急に振られても頭の中真っ白だよ……(汗)。
「ハルさんを最初に発見してどうでしたか?」
どうでしたかって何? もっと具体的に質問してよ……。えぇと、何て答えよう? 何て答えたら正解なのこれ? 私は初めての経験に混乱する中で、何とか言葉を捻り出した。
「え、えっと……最初はびっくりしました。でも今はうまくやっています」
こ、こんなのでいいのかな……?
あ、何かOKが出たみたい。そうか……こんなのでいいのか(安堵)。
その後、またカメラはハルに戻って、今度は何か特技みたいなのを披露していた。じっと様子をうかがっていると、何か初めて見るダンスみたいなのを踊っている。おお、結構上手い。
思わず私は初めて見るハルのその意外な一面を、お客さん視点で楽しんでしまっていた。
昨日折角片付けたのに、結局カメラは私の部屋を映す事なく取材は終了する。何だ、こうなる事が分かっていたなら別に部屋はそのままで良かったのにな。
「何かバタバタしちゃったけど、やっと終わったねー」
テレビ局のスタッフが帰った後、お母さんが私にお疲れのジュースを出してくれた。取材はお母さんのワガママだから、付き合わされたこっちとしては労われて当然だよね。
それでもテレビの取材って言う貴重な体験が出来たのは良かったと思う。多分もう今後一生そんな機会はないと思うから。
「で、どうだった? マイクを向けられて」
私がジュースを飲んでいたら、お母さんが取材の感想を聞いて来た。突然話を振るものだから、私は今の気持ちを素直に彼女に話していた。
「カメラに向かって喋るってやっぱ恥ずかしいよ」
「これで僕も少しはこの家の助けになったかな?」
慣れない私に対してハルのこの堂々とした態度。このぬいぐるみ、やっぱ向こうの世界で色々と経験してるのかも。
「ハル……」
「ん?」
「やっぱやめた! 気にしないで」
ハルの事を詳しく知ると変に同情しそうで聞くのが怖くなってしまった。どうせ後二ヶ月もしたら別れてしまうんだから……。
そう思うと私は何だかちょっと寂しくもなってしまうのだった。
(もう一ヶ月経ってしまったんだ……)
気がつけば、季節は一年で一番輝く初夏になっていた。
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