エピローグ

第27話 何度でも


 一瞬のあと。

 頭部だけのロボットが飛び出したのは、湖ではなくゴミ集積場だった。


「うおー、帰ってきた! けど、ゴミばっかだー! 降りたくねー!」

「うるさいわね、早く降りなさいよ」


 ハッチから降りるのをためらっていた一ノ瀬は、背後から仙石に押され、頭からゴミの中に落っこちる。


「ぐへっ! な、なんか、鼻に入った!」

「ここって……町はずれのゴミ集積場かしら? なんでこんなところに出たわけ?」

「ロボットを出現させても被害が少ない空間と接続されていた」


 能力を解除した水野が、仙石たちの前に着地する。

 続いて天城もその隣に降りた。

 彼はまだ素足だったが、気にした様子はない。


「帰ってこれましたね。ありがとうございます、千佳さん!」


 ロボットから降りた白河は感謝を全身で示すように、水野に抱きついた。

 慣れていないのか水野は驚いたように目を丸くする。


 ゴミから起き上がった一ノ瀬がその光景をぼんやりと見つめていた。


「なんかオレ、置いてけぼりなんだけど。なんでお姫さまは超能力少女と仲良くなってんの? どうしてオレだけゴミに頭から突っ込んでんの? 教えて、うえっち!」

「まぁ、無事だったんだから細かいことはいいってことにしようよ」


 上川はハッチから降りると、へたりこんでいた一ノ瀬に手を貸して引き起こした。

 大変な日曜日だったけれど今はこうして無事に特区まで戻って来られた。

 それだけで十分だ。

 でも帰ったら一番に手錠を外したい。


「あー、文香」


 どこかバツが悪そうに、天城が白河に声をかける。

 水野に抱きついていた白河は、不思議そうに首をかしげた。


「はい、なんでしょう?」

「おれが女子寮に行ったのは上川の書いたラブレターを届けるためだ。さらわれたとき追いかけていたのは、上川が気を失っていたから代わりに追いかけただけだ。実は、二人のデートを一ノ瀬と一緒に尾行していた」


 あらためて説明している天城は、その行為を恥じているのか視線に落ち着きがない。


「ああ、そうだったんですか。すいません、私すっかり勘違いしていました。恭平さんが内田さんに恋をしていたわけではないんですね」

「そうだ。いや、わかってくれたらいいんだ」

「恭平さん」


 天城と向き合った白河は、居住まいを正すと深々とお辞儀をした。


「今回も助けに来てくれてありがとうございました。恭平さんは私にとって、とっても大切なお友達です!」


 どすっ、と天城の心になにかが突き刺さる音が、上川にはたしかに聞こえた。


「あ、あぁ……い、いつものことだからな。気にしなくていい」


 さすがに面と向かっての「お友達宣言」は、いつも余裕ぶっている天城にもかなりこたえたようで浮かぶ笑顔もぎこちない。

 それまでの誤解も含めれば、あまりにも不憫だ。


「アマギンってば、なんて気の毒な! これは、さすがのオレも茶化せない!」

「白河さんは悪気なく、ああいうことを言っちゃうからなんとも言えないよね……」


 なんとなく悲しくなった上川と一ノ瀬は天城たちの背後に、のぼりつつある太陽の姿を見つけた。

 そして天城の傷心をまぎらわせる意味も込めて、大きな声で叫ぶ。


「あれ、朝日だよねイッチー!」

「くそー、どうりで眠いはずだ! あとハラペコだ!」

「そうか、もう月曜だな」


 呆然としかけていた天城が首を振って気合を入れ直す。

 なおさら同情する気丈さだ。


「水野、お前も一緒に学校へ来い。他の特区なら厳しいだろうがラノベ特区だからな。こっちに移ってくる手続きなんてどうとでもなるだろう」

「……うん」


 その言葉にさっきまで無表情だった水野がかすかに微笑んだように、上川には見えた。


「そういえばアマギン、一時間目って英語じゃなかったっけ? 単語テストあるよね?」

「やばいな。急いで帰って一夜漬けだ!」

「もう朝だけどねん。さ、うえっちも帰るぞ!」

「あ、待って!」


 上川は頭だけのロボへと振り返る。

 まだあそこから降りてきていない人がいるのだ。


「内田さんも早く出てきて! ここから学校まで結構距離あるから!」

「わ、わかったわ……」


 なぜか内田はおずおずと遠慮がちにコックピットから出てくる。

 無感情を装うよりかはずっといいと思うが、上川にはその態度の理由がわからない。


「どうしたの、内田さん? どこかケガした?」

「う、ううん。でも、その……な、なんだか落ち着いたら、急にあなたの顔を見るのが恥ずかしくなって……」

「え、なんで?」

「うわっ、見てアマギン! うえっちのレアスキル、鈍感が発動してるよ! ほら!」

「いいから、イチ。邪魔してやんなよ。二人きりにしてやれ」

「…………」


 天城に引きずられるように一ノ瀬が離れ、水野はこちらを一瞥した後黙って天城の背中に続いた。


「あ、そういえば文香知ってる? 上川のやつ――」

「ええ、知ってますよ。監視カメラの映像で――」

「え、うっそー!」


 仙石と白河もまた、なにやら盛り上がりながら離れていく。

 事情がつかめない上川は、合流しなければと再び内田へと視線を送った。


「あの……」


 ゴミの山の上で、内田は顔を赤くしたように見える。


「えっと……ほら、その、色々とどさくさに紛れちゃったから。帰る前にちゃんと、はっきりさせておきたかったの。その、私――」


 それから内田はなにかを言った。


 だが、上川の耳はそれだけをわざと取りこぼすかのように、内田の声を聞き逃す。


 その原因を上川は誰よりもよくわかっていた。

 自分のスキルを呪いつつ、すぐさま謝罪する。


「ご、ごめん。聞こえなかったんだけど……今、なんて言ったの?」


 内田はしばらく唖然として、しかしすぐに優しく微笑んだ。

 それは上川が初めて見る内田の笑顔で、想像以上に美しく見とれてしまう。


「いいわ。だったら聞こえるまで、耳元で、ずっと何度だって言ってあげるから」


 そして内田は、上川に勢いよく抱きついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わりと役に立たない異能 北斗七階 @sayonarabaibai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ