第20話 窮地


 天城がコントロールルームを占拠したその頃。


 上川は手錠をされ、背後から銃を突きつけられたまま見知らぬ研究室にまで連行されていた。


「まったく君たちには手を焼くよ」


 回転する椅子に腰掛けた宮永の手元には映像が浮かんでいる。

 四角いそれはまるで動く絵画のようだ。

映像の中では一ノ瀬と仙石が、波のように押し寄せるマネキンたちと戦っていた。

 宮永がそれを握りつぶすようにすると映像は消える。


「みんな、内田渚さんのようにおとなしくしてくれると助かるんだけどね」

「内田さんはどこにいるんですか?」


 情報を引き出す前に撃たれてはかなわないので、一応敬語を使っておいた。


「人さらいのように言うのはやめてくれたまえよ。内田渚さんは人類のために協力してくれると言ったんだ。君たちよりもよほど利口だよ」

「そうじゃなくって……俺はどこにいるのかが知りたいんですけど」

「まぁ聞きたまえ」


 宮永の悠長な態度に、ぐっと唇を噛む。

 手首に食い込んだ手錠も外れそうにない。


「君たちはこのおかしな世界について真面目に考えたことはあるかい?」

「俺は世界がおかしいなんて思ったことはないです。そういうのってネットや機械の発達がわからないから否定するとか、そういうことのように聞こえますけど」


 そもそも〝おかしい〟という意味がわからない。

 上川が生まれたときから特区制度はあったし、役に立たないスキルも備えていた。

 携帯電話の仕組みや車の原理を知らなくても、それがある世界を生きていけるのと同じで〝おかしい〟と思ったことは一度もない。


「技術の進歩とフィクションの流入は同列では語れないよ。さて、では不勉強な学生くんに一つ講義をしてあげよう」


 宮永が手をひろげると、空中にいくつかの画像を展開する。

 さきほど一ノ瀬たちの姿をうつしたものと同じ技術を使っているのだろう。


 画像には、様々な国の様子が記録されているようだった。

 映画でしか見たことがないニューヨークの摩天楼には、コスプレとも受け取られかねないスーパーヒーローが立っている。

 それがコスプレではないことは、一緒にうつっている叩き折られたビルと、めくれあがったコンクリートが証明していた。


「アメリカでは超人的なヒーローたちが科学者の生み出した怪人と戦っている。ああなれば法律など意味をなさない。ヒーローによる私刑はフィクションでしか許されないよ。頻繁に街を壊されれば、正常な社会生活を営むことさえ困難になる」


 別の写真では、空を飛ぶ鳥に混じって、頭上に現れると天気が変わってしまいそうなくらい巨大な翼竜が羽ばたいている。

 海をうつした写真では、船が巨大な触手がからめとられていた。


「次に北欧だ。壁が壊れたことによる影響は人間だけにとどまらない。元はただの鳥や軟体動物だったものが、空想上の生物と変わらなくなってしまった。あんな生き物が存在すれば航空産業は回らない。海でもそうだ。これでは世界がガタガタになってしまうよ」


 宮永が手を一度握り再び開くと、新たな画像が展開される。


「この他にも各国に様々な影響を及ぼしている〝壁〟の喪失だが、なによりもこの日本においては混乱がいちじるしい」


 その言葉通り、画像は外国のものではなく日本各地をうつしたものらしい。


「この国のフィクションは発達しすぎた。変身ヒーローも名探偵もサイエンス・フィクションも、雑多につめ込まれている」


 洋館で起こった殺人事件、巨大化した変身ヒーロー、当たり前のように動いて話す人型ロボット。

 たしかにジャンルはバラバラだ。


「そもそも特区なんていう制度でフタをしようという発想が間違っているんだ」

「あの、さっきから長々と話してるけど……結局なにが言いたいのかさっぱりわからない」


 すべて話では知っている。

 写真で見れば刺激的かもしれないが、それだけだ。

 内田に会いたいという気持ちは変わるないし、誘拐が正当化されるわけでもない。


「簡潔に言うなら、この世界にもはや秩序はないということさ」


 画像を消した宮永は、演説でもするかのように立ち上がる。


「〝壁〟の崩壊から二十年あまり、かろうじてバランスを崩さずにいるだけだ。これからは新しい秩序が必要になる。それこそがフィクションテクノロジーなんだ。自覚はなくとも、君たちの力は社会を安定させる助けになるんだよ」

「俺のスキルが世界を救えるとは到底思えないけど」

「それはそうだろう。しかし、スキルには他の面がたくさんあるし、その解明は進んでいる。ここに来れたのなら君も見たはずだ、あの巨大なロボットを。通常の物理法則ならばあれは自重に耐えられず、一歩として歩くことができない」

「それがご自慢のフィクションテクノロジーなら可能ってことですか」

「そうだよ。君たちの能力は現実を薄めるんだ。そうすることで理を無視した現象を可能にしているんだよ。それは現実を否定して得ている力だ。まさにフィクションそのものと言ってもいい」


 なんとなく口調から軽蔑の感情が読み取れる。

 もしかしたらこの人はフィクションが嫌いなのかもしれない。


 それにしても話がややこしくて、なんの話だったのかすら忘れてしまいそうになる。

 かろうじてわかったのは現実を否定する、という比喩表現だけだ。

 それが表情に出ていたのかもしれない。

 宮永はふんと鼻で笑った。


「ともかく、ものは使いようなんだ。君たちの現実を否定する能力を転じれば、世界に秩序を取り戻す役に立つかもしれない。そういった希望がここには詰まっている」


 宮永は両手を大きく広げて、この部屋全体を指し示す。


「ぼくたちの組織はそういうことを研究している。腹の探り合いでしかない国際法や、のろまな国の認可に付き合っていたら取り返しがつかなくなるからね」

「それは犯罪者の言い分だ」

「けれど賛同者は多い。この組織はこの国だけのものではないし、ぼくがトップというわけでもない。いまや世界中の人が、フィクションテクノロジーの成果を待っているんだよ」


 素直に信じる気にはなれない話だった。

 けれど相手は銃もある。

 車も用意していたし、この広大な空間や巨大ロボットを見ても、規模が小さな組織ではないことは本当なのだろう。


「もう一度考えてみたまえ。トラックを跡形なく消し去るような力があれば廃棄物処理技術は飛躍的に進歩するだろう。いや、もっと有用な使い方があるかもしれない。そうやってぼくたちは少しずつ、世界の秩序を作りなおさなくてはならないんだ」


 目を輝かせて話す宮永は、なにひとつウソを言っていないようだった。

 言いくるめるために語っているのではなく、自分に酔ったように話している。


「わかってもらえたかな? ぼくはただ、君たちに協力して欲しいだけなんだ。この世界を共に生きる人間として」


 上川は答えない。

 フィクションテクノロジーが実現すれば、世界の問題のいくつかは解決するという話は理解できる。

 もしかしたら正しいと思う人もいるのだろうとも思う。


「内田渚さんはこの話を理解してくれたよ。世界のために役に立つなら、研究に協力するとね。言っておくが、ぼくらは無理やり従わせたわけじゃない。君と同じように、こうして世界の現状を話しただけだ。できれば同じ判断をしてもらいたいものだね」

「…………」


 黙り込んだ上川を見て、宮永は露骨に肩をすくめた。


「仕方ない。ではここは大人が譲歩しよう」


 ぱっと再び空中に映像が浮かび上がる。

 一ノ瀬と仙石が施設内を走っている光景が映っていた。


「君たちを、丁重に特区までお送りするよ。ぼくたちは犯罪者じゃない。嫌だというのなら、それくらいのことはさせてもらうよ。ただし、内田渚さんには残ってもらう」

「それは……!」

「おや? さっきも言ったけれど、彼女は非常に協力的だ。それを無理やり連れて帰るというのかい? だとすれば、それこそ、誘拐と同じじゃないか」


 宮永が嫌味な笑みを浮かべて言った。


「彼女の意思を尊重したほうがいい」


 ***


「動かないで」


 天城はこめかみの固い感触を受け、操作パネルに伸ばした手を止めた。

 押しつけられているのは銃口だ。


 声の主は水野千佳。

 いつの間にか落ちていた銃を手にしている。

 能力を使えば、銃を自分の手に運ぶことは簡単だっただろう。


「千佳さん、なにを……あ、きゃっ!」


 コントロールルームに入ってきたばかりだった白河の身体が宙に浮く。


「変な気は起こさないで。あなたの大切な人は、すでに私の手の内」

「やれやれ、わかったよ」


 観念して、天城は両手をあげる。

 もしも水野が妙なことをしたら頭突きでもくらわせればいいと思っていた。

 だが銃を手にされた今、下手に動けば自分が撃たれるか白河が撃たれるかのどちらかだ。


 せめて水野の手を縛っておくか、研究員が落とした銃を壊しておけばこんなことにはならなかったのに。


「こういうところが上川に一手先を読めてないって言われるのかもしれん」


 はぁ、と溜息をつくとさらに強く銃口が押しつけられた。


「まずは、この上着をほどいて。今度は私があなたたちを拘束する。逃げた人たちを探すのも、ここからなら簡単」

「なるほど。コントロールルームの奪取に協力したのは、そういう理由だったわけだ」


 そのために、場所を教え、薬の使い方も教えた。

 これまで妙に協力的だった謎がとけて、場違いにも安心する。

 武器が手に入り、なおかつ油断したところを押さえられるのだから悪くない作戦だ。


 背中から降りた水野は後頭部に銃口を向けたまま、言った。


「これで、あなたたちの逃走劇はおしまい」


 ***


「さて、これは最大限の譲歩だよ」


 宮永がもうひとつ、別の画面を展開させる。

 そこには、天城が背後から銃をつきつけられている様子が映し出されていた。

 モニターが無数にある部屋のすみでは、白河が空中に浮かんでいる。


「これ以上、勝手をするというのなら温厚なぼくも少し暴力的になるかもしれない」


 背後の銃が存在感を主張するように、上川の背中を小突く。


「内田渚さんの意思を尊重するか、それとも君のワガママを通して大切な友人たちを傷つけるのか」


 そして、宮永は優しい声音で言った。


「さぁ、どちらでも好きなほうを選びたまえ」

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