第13話 落ちる、落ちる
上川は、宮永が発した聞きなれない単語をそのまま復唱した。
「ふぃ、フィクションテクノロジー? なんだそれ」
「説明の前にまずは体感してもらったほうが早い。さ、食べなさい。毒じゃないから」
「……わかった」
このまま向かい合っていても話が進まない。
かといって、後ろの女子を危険な目に遭わせることなどもってのほかだ。
宮永に差し出された飴玉をおそるおそる受け取り、包装をとく。
赤い色をした飴玉に変わったところは見つからない。
それでもなぜか禍々しいもののように思えた。
「大丈夫なの?」
「やめたほうがいいですよ、上川さん」
「こ、虎穴に入らずんば虎児を得ず……! 意味はよく知らないけど!」
内田と白河からの心配気な眼差しを背中で受けつつ、一気にそれを口にする。
「んぐっ――」
おっかなびっくりだったせいで飴玉をそのまま飲み込んでしまう。
息がつまり、涙目にさせられた。
しかし、その衝撃よりも大きな違和感が発生する。
たった一粒の飴玉で、昼食をとっていない胃袋が満腹になってしまった。
「どうかな? それは一粒でどんな大食漢でも満腹にしてしまう、そういうフィクションテクノロジーだ。食事の手間が飛躍的にはぶける発明だよ。といっても、これでは後ろの彼女たちには伝わらないね。もう一つ見せよう」
宮永が指をならす。
するとトラックの荷台からぞろぞろとマネキンたちが整列して降りてくる。
先ほどまで一切動かなかったマネキンが、まるで訓練された軍隊のように二足で歩いていた。
「これもフィクションテクノロジーだ。いわゆる戦闘員だね。簡単な命令に従うんだけど悪行でないといけない。だから、君たちをさらうような手荒い方法になってしまった。許してくれたまえ、我々は慢性的な人手不足でね」
「これが……?」
上川の疑問に答えるように、宮永はうなずく。
「そう。〝壁〟が崩壊するまでは夢物語だった技術。それを誰にでも使える形にするためには研究をしなくてはならない。たとえばこの特区で暮らす君たちのような存在をね」
「だとしても、なんで俺たちを狙ったんだ?」
「マネキンたちを使って調査した結果、そこにいる黒髪の彼女がこのあたりでもっとも特異な能力を持っていることが判明してね。ぜひ協力してもらいたいと思ったんだ」
黒髪の彼女、というのは内田のことだろう。
誘拐犯に狙われる「特異な能力」とはどのようなものなのか、上川にはわからない。
けれど、少なくとも引き下がることはできなかった。
「嫌だと言ったら?」
「言わないことを願っているよ」
宮永の隣に控えていた少女が一歩踏み出す。
それと同時に背後のマネキンたちも、揃って一歩こちらとの距離を縮めた。
それは明らかな威嚇だった。
上川は状況を打破する方法を思いつくべく、必死に考えをめぐらせる。
あ、そうだ。
「やい、おっさん。これがなにかわかるか!」
ポケットから取り出した茶色の小瓶をよく見えるようにかかげる。
これで自分たちが気絶させられたなら、強力な武器にもなるはずだ。
「これはマネキンが持ってたものだ。こいつをあんたに投げつけたらどうなると思う?」
「ふむ、どうなるだろうね。一応言っておくと、それもフィクションテクノロジーの産物だ。試してみるといい」
「言われなくても!」
小瓶を宮永の足元めがけて投げつける。
少女の能力による妨害があるはずだと予想していたが、彼女は一切動かなかった。
瓶が割れて液体が地面に飛び散る。
気化した薬品を吸い込んだはずの宮永は、意識を失う素振りもなく悠然と立っていた。
「フィクションテクノロジーを使用するには一定の条件が必要なんだよ。君たちのスキルも人によって、能力を発動する条件が違うだろう? それとこれは同じなのさ。さっきの飴玉は誰かにもらったものでしか効果を発揮しない。そこのマネキンは悪行でしか使えない。その薬品にも似たような条件が必要なんだ」
上川はその話を半分も聞いていなかった。
考えるべきはこの状況から脱出する方法だ。
上川は必死で知恵をしぼる。しかし、なにも思いつかない。
「くそっ!」
困り果てたすえに天を仰いだ。
なにかを期待していたわけじゃない。
だがそうしたからこそ西の空から飛んでくる〝なにか〟を誰よりも早く見つけることができた。
耳を澄ませば聞き慣れた声が降ってくるような気がする。
最初は黒い点のようだった謎の物体は、声と共にどんどんと大きくなってきていた。
なにかを明確に理解できたわけではない。
けれど、言葉にできない確信があった。
「二人とも伏せて!」
上川の言葉に、その場にいる全員が――宮永や少女、マネキンまでもが――空を見上げる。
ミサイルのような物体は見事、上川たちと宮永たちの間に突き刺さった。
***
荒っぽく着陸したロケットの先端から、白煙が猛烈な勢いで舞い上がる。
「うえっ! げほっ、ごほっ! あ~、死ぬかと思った……」
あたり一面を覆い尽くした煙の中で、天城は咳き込む。
それは煙のせいというよりかは、不本意な空の旅を経験したときに叫びすぎたせいだった。
「ちょっ、アマギン! ほどけないんだけど!」
ロケットに縛られたままジタバタしている一ノ瀬が叫ぶ。
少しきつめに縛りすぎてしまったかもしれない。
これは誤算だったが、ちょうどいい。
「うっせぇ。お前はそこでしばらく反省してろ!」
「あ、ひっでぇ! オレのおかげで無事だったくせに!」
「恭平さん!」
姿勢を低くしていた白河が満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「おっと」
そのまま抱きつこうとする白河の肩を冷静に押さえた。
無邪気な白河の肩をなだめるように叩き、落ち着かせる。
「無事だったみたいだな、文香。なによりだ」
「はい! 今日は空から来てくれたんですね! ありがとうございます!」
周囲の様子をうかがうが、誘拐犯たちの動きはない。
橋の上で一瞬だけ姿を見た白髪の少女も、マネキンたちも、今は煙の中で混乱しているのだろう。
急がなくては。
「ちょっと! いちゃつく前にほどいてー!」
ロケットが先端から突き刺さった結果、逆さまになっている一ノ瀬は捕まった獣のように暴れる。
そんな一ノ瀬のもとに、煙の中から苦笑いの上川が駆けつけた。
「相変わらず、二人とも無茶するね」
「あ、うえっち! 頼む、ほどいて! 逆さまだから頭に血がのぼる!」
「うん、わかった。それにしても、どうして空から?」
「アマギンの雑な作戦がさ、もうね。それより、内田さんは無事だったん?」
「ああ、うん。彼女なら……」
上川から数歩離れた先にいた内田は、不思議そうに天城と一ノ瀬を交互に眺めていた。
「紹介するよ、内田さん。あっちで白河さんと話してるのが天城」
「そう。昨日、手紙を届けてくれたわ」
「あ、やっぱり天城だったんだ。で、この逆さ吊りになってるのがイッチー。二人とも同じクラスだから顔くらいは知ってるだろうけど、一応ね」
「そうそう、挨拶は大事……ってちがーう! そういうの、オレのロープほどいてからでいいじゃん! もっと言えば、学校に帰ってからでいいじゃん!」
「ごめん、イッチー。今ほどくよ」
「恭平さん、恭平さん」
上川がロープにひっかかった一ノ瀬を引き剥がしていると、あわてたように白河が天城の袖を引っ張った。
「恭平さん、私のことはいいですから内田さんに声をかけてください」
「え? なんでだ?」
「だって、今日は内田さんとデートだったんでしょう?」
「……は?」
さっと血の気が引く。
もしかしたら青ざめているかもしれない。
それをどう勘違いしたのか、白河はふふっと微笑んだ。
「それくらいわかりますよ。昨日、ラブレターを届けに来てたじゃないですか」
「いや、それは……」
「それに、今朝もさらわれた内田さんを追いかけているところを見ましたよ。いくら私がにぶくても、それくらいわかります」
えへん、と可愛らしく胸を張る姿は非常に魅力的なのだが大きな勘違いをされてしまっている。
他の誰でもなく、文香にそう思われてしまうのは大変困る。
「いいか文香、よく聞いてくれ。それはすべて間違いで――」
逃げることも忘れ、白河の誤解をとこうとした天城の言葉は、巨大な落下音でかき消される。
その風圧で煙幕も晴れてしまった。
天城はすぐに周囲を確認する。
上川たちを運搬していたトラックが揺れている。
落ちてきたのはあれで間違いないだろう。
違う、落とされたのだ。
上川を浮かせたあの力なら高所からトラックを落とすのも難しくないだろう。
天城は煙の奥から現れた男と、その隣にいる人形のような少女をにらんだ。
「さすがはライトノベル特区だ。まさか空から降りてきて、それでいて無傷だなんて」
「やいやい、おっさん!」
少女の隣にいる怪しげな男に向かって、一ノ瀬が啖呵を切る。
「貴重な日曜日を台無しにしてくれやがって! うえっちたちは返してもらうからな!」
「ほほう、威勢がいいね。では、どうやってここから逃げるつもりなのかな?」
「へへん、聞いて驚くなよ! さぁ、言ってやれ、アマギン!」
「なんでお前が自信満々なんだよ。あと、悪いが作戦はなんもないぞ」
「え、なんで?」
「おれがここにいる時点ですでに予定が狂ってるんだよ。色々と準備してきたリュックも山の上に置いてきたまんまだしな。だから――」
会話を続けつつ、ポケットからピンポン球サイズの球体をいくつか無造作に落とす。
球体は地面に落ちると煙をもうもうと吐き出した。
「余りの煙玉ぐらいしかない」
「あるんじゃん、アマギン!」
「バカ、同じ手が何度も通用するわけねぇだろ。今のうちに急いで逃げるぞ。全員、わき目もふらずに走れ!」
煙の中で、友人たちが思い思いに走りだそうとしたときまたも重低音が響く。
行く手を遮るように再びトラックが降ってきたのだ。
先ほど同じように煙幕も吹き飛ばされてしまう。
「目くらましばかりでは面白くないよ」
男が指を鳴らすと、ロングコートを着たマネキンたちが動き出す。
その統率のとれた動きによってあっという間に天城たちは取り囲まれてしまった。
「さ、退路を塞いでみたけれど次はどうするつもりかな?」
「――こうするのよ!」
その力強い声は、トラックの向こう側から聞こえてきた。
次の瞬間、トラックが蹴り飛ばされる。
天城たちを飛び越えるように弧を描いたそれは、駐車場奥の木々にぶつかり、何本かを道連れにしてなぎ倒した。
あまりのことに上川も一ノ瀬も、そして天城さえもぽかんとさせられる。
喜ぶように拍手をしているのは白河だけであり、内田は無感動な瞳でトラックの軌道を追っていた。
「はぁ……はぁ……」
トラックを蹴飛ばしたのは、誰なのか。
それは男子たちにもわかっていた。
だからこそ、息を上げた仙石真由美が自転車をかついで立っている姿を見ても、戦慄はしても驚きはしなかった。
真っ赤なポニーテールが、乱れた呼吸に合わせて揺れる。
「二キロって結構遠いわね、もう。途中でパンクするし、最悪だわ」
「真由美ちゃん、すごいです!」
「ねぇ、アマギン。もしかして委員長、あの自転車でここまで来たの? この短時間で?」
「そうとしか考えられないだろう。なんつー脚力だよ……」
想像はできた。
男子寮の自転車は古いもので、普通なら必死にこいでも二十キロと出ないだろう。
だが仙石のスキルで増幅された脚力なら、競輪並みの速度を叩きだすのも不可能ではない。
加えて自転車で通れる脇道を利用したならば、短時間での到着も納得できる。
だが、どうしても顔がひきつってしまう。
おそらくは、恐怖で。
「まさかとは思うんだけど、天城。今のは仙石さんがやったの?」
「そうだよ。あんな一歩間違えたら爆発炎上みたいな行為、怖くておれだったらできるとしてもやらない。だけど、あいつならやるだろ」
「おぉ、すごいすごい」
呆気にとられていたはずの男はもう楽しそうに拍手をしていた。
傍らの少女はトラックには無関心で、こちらの動きに注意を払っているようだ。
それゆえに男の方はここまで無防備に振る舞えるのだろう。
「赤毛の君はすごい力だね。ぜひ、もっと見せてくれたまえ」
「へ? なに言ってるのよ、あのおっさん。怖いんだけど」
「チカ。トラックを上昇させたまえ」
「了解」
男の声に応えて、少女が指を一本立てる。
すると、横転したトラックが再びヘリウムガスを詰められたように浮きあがる。
「まだ足りないね。もっと高くだ」
「しかし……」
「もっと高くだ、チカ」
「……了解」
男の指示を受け、トラックが浮かんでいく。
手を放してしまった風船のように、どんどんと空へと向かっていった。
「あの、紳士さん? オレらに向かってあれを落とそうとか考えてないっすよね?」
「そのつもりだよ。さて、逃げるのかな? 受け止めるかな? それとも壊すのかな?」
トラックの上昇が止まった。
もはやミニカーほどに縮んでしまったあれが、これから元の大きさを取り戻しつつ落ちてくるのだろう。
「うわぁ! あの人、超怖いんだけど! 委員長、あのトラックをパンチ!」
「ったく、しょうがないわね!」
「バカ、やめろ。あんなもん殴って壊したら、今度こそ爆発するぞ」
さっきの蹴りで爆発しなかっただけでも奇跡なのだ。
落下してくるトラックを殴ってしまえば、今度こそ大変なことになるだろう。
一ノ瀬のスキルがあるとしても、どれだけの人数を無事で済ませられるかはわからない。
「なら、あんたらでなんとかしなさいよ! 男でしょうが!」
「ここからイチをぶつけて、爆発オチならなんとかいけるか?」
「無理! さっきの着地だけでいっぱいいっぱいだから!」
「まぁ、俺たち戦闘力はちょっとねぇ……」
「ホント、男子って役に立たない!」
「あの、真由美ちゃん、真由美ちゃん」
「どうしたの文香?」
「落ちてきてますよ、トラック」
白河が頭上を指さす。
青空に浮かぶトラックが、急速に迫ってきていた。
「走る? もう走って逃げる? オレ、ちびりそうなんだけど」
「いや、あの能力なら走ったところで追尾されるだろう」
「冷静に言ってる場合じゃないわよ、天城! 無駄でもなんでもとにかく逃げないと!」
トラックが猛烈な勢いで落ちてくる。
宮永は止める気がないらしい。
少女もまったくやめる気配を見せない。
トラックが落ちてくる。
大きな影が日差しをさえぎり、そして。
トラックが――
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