第4話 雨に濡れちゃダメですか?
「金谷君、傘持ってきた?」
「持ってきてない」
「じゃあ、少し待っててね」
中野さんはそう言って、近くのコンビニにすっと入っていく。
それから間もなくして、ビニール傘を持った中野さんがコンビニから現れた。
「金谷君、1つしか買ってないから一緒に使お!」
「お金は割り勘でいい?」
「だめだよ。金谷君は、お金を払う代わりにこれを持ってね」
これ以上中野さんに食い下がっても、お金は受け取ってくれないだろう。
何となくそんな気がした。
「りょーかい」
俺は素直に手渡された傘を受けとる。
その時に触れた、中野さんの手はとても冷たかった。
「中野さん、寒いの?」
季節は5月だ。温かくなってきたとはいえ、人によっては肌寒く感じる日もあるだろう。
「そーだよ。だから温めてね」
中野さんはそう言って、俺のパーカーのポケットに手を突っ込んできた。
「あ、傘持つだけじゃ割に合わないから、ちゃんと家まで私を送って行くこと」
勝手に要求も追加されたが、文句を言う気にはならなかった。
何も言わずに俺は、中野さんの家路に足を向ける。
「金谷君、怒ってるの?」
中野さんは、おどけてみせる。
怒りを感じたことのない俺は、その質問に答える資格はあるのだろうか。
「いいや、怒ってないよ」
俺は、笑顔の仮面を中野さんに向ける。
「ホントかなぁ」
「ホントだよ」
俺は、間を空けずに返事する。
しばらく歩くと、
「あ」
と、中野さんが何かを発見したような声を上げた。
「どうしたの?」
「金谷君、全然傘の中に入れてなかったんだ・・・ごめん」
何を今さら言っているんだろう。
中野さんが何でそんな顔をしてるのか俺にはわからなかった。
「それが、どうかしたの?」
「金谷君、ちゃんと傘に入ってよ。私もできるだけ金谷君に寄るから」
俺と中野さんの距離は、一気に詰められた。
「ほら、金谷君もこっちに来るの。風邪ひいちゃうでしょ」
雨に濡れた人がみんな風邪をひくだろうか?
だとしたら、病院は大繁盛だろう。
きっと院内では毎日、テルテル坊主を逆さに吊るしているに違いない。
「金谷君?」
「わかった」
俺は言われるがまま、中野さんに近づく。
それも肘が、ぶつかるくらいに。
「うん、それでいいの」
中野さんに笑顔が戻る。
俺も、表情筋を駆使して笑ってみせた。
中野さんは自分の歩くリズムに合わせて、鼻歌を歌う。
さっき、一緒に歌った曲だ。
俺も知らぬ間に、中野さんの鼻歌に歩調を合わせていた。
「金谷君、さよなら」
「うん、さよなら」
中野さんの家に着いたとき、彼女の「さよなら」という言葉を聞いて、胸に違和感を覚えた。
なるほど。
中野さんの言っていた通りだ。
俺は雨に濡れたせいで風邪をひいたらしい。
この日、俺は家に帰ってすぐに体温を測ってみた。
平熱であったことに少し疑問を覚えたが、市販の風邪薬を飲んで寝てしまった。
この日から、俺は風邪をひきやすい体質になってしまった。
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