第一四話「慟哭の東埼玉道路(五)」
「流美! るみいいぃぃぃ!!!」
「落ちつけ、庸介!」
倫は静止するが、庸介は聞く耳をもたない。
「くそがああぁぁぁ!!」
咆哮のような声をあげながら、庸介が弓を絞る。
興奮状態の彼を見ながら、倫は対照的に心が落ちつきはじめる。
(どうする!?)
とりあえず敵を注視する。
――Warning:ARC名【ラン・ズエゥバー】 レベル10
――【Type-I】
(レベル一〇か。さっきより高いな。どのぐらい違うんだ……)
全長は一〇メートルぐらい、高さは三メートル近い。
藍色に近い青と、クリーム色の縞模様のような胴体。
それが、ズルリズルリと道路のコンクリートを擦っている。
その跡に残る少し黄ばんだ粘液が作るシミ。否応なしに、嫌悪感を抱かせる。
せわしなくギョロギョロと左右に動く、頭上の巨大な独眼。
しかし、全体の動きは緩慢だ。
やっと見つけたのか、庸介へ頭を向けはじめる。
Sの字に体を曲げる、ラン・ズエゥバー。
その巨大な口が牙を剥く。
――刹那、一気に伸びる巨体。
庸介を覆う、跳びあがった黒い影。
通常の移動が遅いだけに、その跳びかかる速度が異様に速く感じられる。
「――せっい!」
しかし、易々と横飛びして避ける庸介。
彼は激しく手を前後に動かし、容赦なく矢を次々と撃ちこんでいく。
その隙を狙ったように、二体のフィーア・アルムバインが庸介の背後から迫る。
「――庸介、後ろ!」
倫の喚起に、庸介は間髪いれず飛び退いて、そのまま背後に弓を構える。
「
それは咄嗟にしては、恐ろしく正確な攻撃だった。
放たれる、長く伸びた光線のような矢。
それは、フィーア・アルムバイン二体の頭を串刺しにする。
(すげぇ。あんなこと、普通の人間にできるのかぁ……)
倫は、彼のその神業に感動する。
怒りで興奮しているというのに、絶妙な発射角度を調整したのだ。
そしてすでに庸介は、ラン・ズエゥバーにターゲットを戻して攻撃を仕掛けている。
激しい。まさに鬼神のごとき戦い方だ。
そのおかげで、この嫌悪感きわまりないARCの意識から、倫の存在は外されているようだった。
(庸介は、大丈夫そうだな……)
彼の動きに、倫は余裕さえ感じた。だから、自分は別のことをする。
「あった!」
目的の物を見つけて走りよる。
スラッと長い、きれいに手入れされた爪の並ぶ指。
食いちぎられて、弾け飛んだ流美の右手。
それは、断面から覗く骨と肉が噛みつぶされたようにひしゃげていた。
しかし、それでも倫はそれを拾う。
今までと同じなら、あの表示がでるはずだと注視する。
――
――
(……よし!)
再生するにしても、あの
拾いあげると、橋の袂の方まで一気に走る。
そこに立っていたのは、先に行ったはずの緋彩。
しかも、どこからか探してきたのか、タオルケットらしき物を持っている。
それはもちろん、この手首の主のためのものだろう。
(なぜ彼女は……)
疑念が浮かぶも、倫はそれを後回しにする。どうせ彼女には、いろいろと聞きたいことがある。
流美の右手を地面に置くと、千切れた部分から光の粒子がこぼれだす。
キラキラと眩く光っているのに、優しい温かい光子。
不思議と強い陽射しの中でも、確かな存在感を放っている。
光は、どんどん伸びていく。
そして、それは明らかに人の形を成していく。
庸介の時と同じ現象。
「クキリンくん。君は後ろを向いた方がいいと思うです」
「……あっ! はい!」
緋彩の警告に、慌てて倫は回れ右する。
そんなことまで頭が回らなかった。
もし見てしまったりしたら、流美にも庸介にも申し訳ない。
そう考えながら、庸介の方を少しうかがう。
まだ、戦闘は続いているようだ。
「…………」
タオルケットが空気をつつむような音。
続いて、流美の「えっ!?」という声。
そして、背後で二人が立ちあがる気配。
「クキリンくん。もういいです」
「……星野木さん!?」
ふりかえると、水色のタオルケットを外套のようにして体をつつんだ流美が、呆然とした顔で緋彩に支えられていた。
「よかった……」
倫は心底安心する。
これで少なくとも、庸介が自棄をおこすことなどはないだろう。
「クキリン……私……どうなって……」
「今はいいから、とにかく逃げて! 緋彩さん、頼みます!」
うなずいた緋彩が、そのまま彼女を引っぱって橋を渡って
倫はそれを確認すると、すぐさま庸介の所に向かおうとした。
肝心の庸介がやられてしまっては、元もこうもない。
しかし、ちょうど庸介を見つけた時、手助けの必要はないとわかる。
――Dead:ARC名【ラン・ズエゥバー】 レベル10
――Congratulation!!
――Get:10point!
すでに向こうから、庸介が小走りにやってくる。
あのでかい
(やっぱり、レベル一〇なら庸介一人でも斃せるのか……)
その事実を倫は噛みしめる。
多少、手間取ったようだが、それはきっと最初だからだろう。動き的には、さほど危なげな様子もなかった。なれれば数匹でも相手できそうだ。
ただ、油断はできない。庸介がどのぐらいのレベルならば、安定して斃せるのかを正確に把握しておかなければならない。
「クキリン、さっきのは……流美だよな!?」
半泣きになっている庸介が、駆けよってくるなり訊ねてくる。
まるで、「違うとは言わせない」と言わんばかりの迫力だ。
「ああ。もちろん。庸介のお腹と同じだ。全身が復活して蘇ったよ」
「そっ……そうかあぁぁ~~~ぁ」
庸介が、腹の底から安堵をもらした。
倫も安心する。
やはり、ヒーローにはヒロインがつきものだし、ヒロインはヒーローにとって力になる。だから、「庸介ヒーロー化計画」において、彼女を失わせるわけにはいかないのだ。
ただし、本当に失わなかったのかという疑問もある。「人を蘇らせる」現象である「拡張型修復」は話がうますぎる。悪い予感しかしない。
彼は若いながらも、それなりに世の中の不条理を知ってしまっている。世の中にうまい話などないのだ。
しかし、今はあえて口にしない。それよりも、庸介を安全な所に逃がすのが先だ。庸介をヒーローにするにしても、現状の把握ができないことにはどうにもならない。
「さあ、早く追いかけよう、庸介。この先は怪物はいないらしいけど心配だ」
「ああ! ……でも、なんでいないってわかるんだ?」
「緋彩さんが言ってたからなんだけど……」
「……彼女、なにか知っているのか?」
「わかんないよ、そんなの。……けど、知っていると言うより、なんとなく『わかった』という感じかもしれないなぁ」
「どういうことだ、それ?」
「だから、僕もよくわからないって。とにかく、今は急ごうよ」
「あ、ああ……って、なっ、なんだ……あ、あれっ!?」
驚倒しそうなほど声を戦かせ、庸介が
倫も同じ物を見て、やはり思わず口が開いたままになる。
それは、どこまでもどこまでも乳白色の雲。
どこまでも、どこまでも……地面に届くほどに拡がった雲の壁。
「……まさか!?」
倫は橋の途中まで登って、周囲を見わたす。
川下も川上も見わたす限り、果てがある。
まるでそれは、罪人を逃がさないための収容所の壁。
どの程度の範囲かはわからない。
だが、少なくとも越谷全土を囲うほどの雲の壁が立っていた。
(僕たちは、囚われていた……のか……)
倫は本能的に、自分たちが隔離されたことを察していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます