第一三話「慟哭の東埼玉道路」(五)

「なんで、学校なんかに向かっている!?」


 あいも変わらぬスーツ男の高圧的な物言い。

 流美は、大仰にため息をついた。どうも、こういう人間は好きになれない。

 その流美の感情を察したのか、庸介がポンッと肩を叩いて交代を合図する。


「……知り合いが、そこが安全地帯だって言っているんだ」


 弓をおろした庸介が苦笑気味に説明した。

 対して、男は訝しげに眉を顰める。


「安全地帯……だと?」


「詳しくはわかんねーけど。こればかりは、行ってみないとな〜」


 実は、庸介が最初のARCアークを斃した直後、流美のARETINAアレティナへメールが飛びこんできたのだ。

 差出人は、【星野木ほしのき 弓美ゆみ】。流美の姉だった。


――テレビ放送を見ていました。急いでKCHに来てください。たぶん、ここなら大丈夫です。ARCアークにやられても死ぬことはないはずですが、面倒なことになるから、なるべく怪我はしないようにしてください。


 メッセージには、簡単だが確信的なことが書いてあった。行くあてがなかった四人は、そのメールの指示に従うことにしたのである。


 ちなみに、KCHとは【越谷中央高等学校(コシガヤ・セントラル・ハイスクール)】の略称だ。


 越谷市には、レイクシティの近くにある越谷南高等学校、その北にある越谷東高等学校、越谷市の西側にある越谷西高等学校、そして北の越谷北高等学校と、東西南北に高等学校がそろっている。また、越ヶ谷高等学校というのが別にある。

 そこに加えて、越谷総合公園付近の広大な土地を使い、新たに学園都市構想の下に作られたマンモス高等学校が、KCHだった。


 その敷地は、横二キロメートル、縦一キロメートルほどの面積があり、敷地内には専用シャトルバスや、敷地内のみで使える立ち乗りの個人用移動支援機パーソナルモビリティが走っているほど広い。

 もちろん、多くの施設や店舗も入りこんでいて、本当に小さな街のような規模であった。


 流美の二つ上である姉である弓美は、そのKCHの一年生として通っており、部活動として、【AROUSEアロウズ部】の副部長を一年生ながら務めていた。

 そして今日は休日だが、部活動で登校していたのだ。


「しかし、弓美さん。なんでKCHなら大丈夫だって言ったんだろうな?」


 また歩きだした庸介が、ボソッと流美につぶやいた。


「さあ? でも、姉さんのことだから、なにか気がついたんじゃないの?」


 弓美は才色兼備がそろった女性だった。人格的にも優れていて、早くも次期生徒会長として、生徒会に誘われているほどである。

 見た目は似ている。だから、容姿はそれなりに流美も自信があった。しかし、頭脳の明晰さや、人望などではかなりの差を姉に感じていた。自分も悪いとは思わないが、姉はレベルが違う。特に頭の回転の速さは群を抜いている。


「どっちにしても、今日は部活動に行っているんだから……」


「ああ、そうか! AROUSERアロウザーがそろっている!」


「そういうこと。あの全国AROUSEアロウズ大会高校の部の常連校メンバーがいるはず。この状態なら、かなり助かるでしょ」


「そうか! さすが流美、冴えてんじゃん! ……よーしゃ、がんばっていこう!」


 本当に庸介は単純だ。少しでも希望が見えれば、すぐに前向きに歩いて行ける。

 今よりよくなる。それだけで庸介は、意気揚々と歩みを進めようとした。


 その時だった。


「――クキリンくん。少し強そうなのがくるのです」


 今まで黙ってついてきていただけの緋彩が、いきなりボソッとつぶやいた。

 しかも、なぜか主戦力である庸介や流美ではなく、倫に注意を投げていた。

 倫は応じるようにふりむき、彼女の大きな瞳の先を追う。

 そこは、道路横の草むら。


「……庸介、あっちから新手が来る!」


 倫もなにかに気がついたらしい。

 顔色から、笑みが消える。


「あんたら、そこから逃げて!」


 視線の先の草むら前には、ついてきた集団がいた。

 しかし、倫の警告は咄嗟すぎて、その場の誰もが反応できない。


 その遅れが、命取りとなる。


――バサッ!!!


 草むらから、黒い影が飛びだしてくる。

 その影は高く跳ねると、あのヒステリックに騒いだ二〇代の女性に覆いかぶさる。


「――アグッ!」


 女性は呻くような声をだしながら、その黒い影に押し倒されてしまう。


「――なっ!?」


 最初は、人間かと思った。


 しかし、腰から下が前後にわかれて脚が四本ある。さらに腕も四本。それらがすべて、赤黒い肌に覆われている。浮きでる太い血管が全身を縛るように走り、それが時折、肉感あふれる脈動を見せている。


 その人ならざる者――ARCアーク――は、四本の手でしっかりと女性を地面に張りつけていた。


「あ、あ、ああああ……」


 倒された女性は、衝撃のあまりに言葉がつむげない。

 瞼は剥かれるように見開き、全身が痙攣をおこしたように震えている。


(なっ……なにあれ……)


 流美もその恐ろしさに言葉を失う。

 女を襲った人型ARCアークの顔には、巨大な口しかなかった。

 その口は耳元まで裂けて、まるでサメのような歯が並ぶ。眼もなければ、耳も鼻もない。他の表面と同じように、太い血管が浮きでて縦横無尽に走っているだけだった。


――Warning:ARC名【フィーア・アルムバイン】 レベル4

――【Type-T】


 流美のARETINAアレティナに、名前が表示された刹那だった。


「――いやああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」


 フィーア・アルムバインは、容赦なくその巨大な口を開いて、獲物と化した女性の喉元から肩に噛みつき、そのままいとも簡単に食いちぎった。


 バリッ、グシャッという二重奏。

 その音の中、真っ赤な血しぶきが周りに飛び散る。

 それは、ARなのか、現実なのか。

 流美は判断できないまま呆然とする。


 一瞬の間をおいてから、いくつもの悲鳴がわきあがる。


「クキリンくん。あの橋を超えれば、ARCアークはいないようです」


 まただ。また緋彩は、なぜか倫に告げる。

 どうしてなんだろうと思うが、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。

 流美は手にした片手杖ワンドARMSアームズを握りしめ、視線を動かす。目の前にあるのは、新方川にいがたがわを渡る橋だった。これを超えれば、少なくとも目的地までもうすぐである。


「わかった!」


 倫がまた応じる。不思議と彼に、緋彩の言葉を疑っているふしがない。

 彼の態度も腑に落ちないが、流美もひとまず受け入れることにする。


「みんな、あの橋を渡って! あっちが安全地帯よ! 走って!」


 流美がそう叫ぶ最中に、倫が動いた。

 彼は魔法剣マギアソードを横に寝かせ、飛ぶように走る。


 赤肌のARCアークが、さらに女性の顔面を喰い千切る。

 顔面が真っ赤なただの肉塊になる。

 それが楽しいのか、歓喜を表すように雄叫びをあげるARCアーク


 倫は、躊躇いなく魔法剣マギアソードを横一文字に振るう。

 だが、腕を一本斬ったとたんに、魔法の刃がまた弾け散る。


「フッシャアアァァ!!」


 女の死体を捨てて、フィーア・アルムバインは標的を倫に変える。


 そこに多くの矢が突き刺さる。


 叫び声をあげながら、後ずさるフィーア・アルムバイン。


 その口しかない表情は、本当に痛みを感じているように叫び声をあげる。


「クキリン、彼女を!」


 うなずくと、食いちぎられた女性の死体に走りよる倫。

 そしてなんの躊躇いもなく、彼は女性を肩に担ぐ。


(…………)


 その様子に、流美は戦く。

 いったい、彼の感覚はどうなっているのだろうか。

 ARETINAアレティナで見れば、女性の死体の上には、やはり修復の表示がでている。

 だから、あと数秒もすれば蘇るのだろう。

 しかし、今はかなりグロテスクな死体に過ぎない。

 肩に載せた時に、倫の頬や首筋、背中には、新たな血糊がベットリと塗られた。

 だが、彼はそれを気にするそぶりを欠片も見せない。


(やっぱり……彼はおかしい!)


 内心、その倫の姿に快感を覚えながらも、流美は思考を戦闘に切り替える。

 手にしたのは、炎が長く延びた形で、そのまま固まったような片手杖ワンド

 彼女はそれを振るう。


「【熱球カロル・スパエラ】!!」


 片手杖ワンドの先からは、真っ赤に滾るマグマが固まったような直径二〇センチ台の球が生まれ、弾丸と化してフィーア・アルムバインを貫く。


 ボンッと爆発するような発射音。

 空いた風穴から、白い煙。

 斃れるフィーア・アルムバイン。


 喜んだのも束の間。

 茂みから、さらに二つの影が飛びでてくる。

 威嚇する「フッシャアアァァ!!」という叫び。

 それは、新たなフィーア・アルムバイン。


「――こっちだ!」


 二体に、すばやく矢を放つ庸介。

 その敵意対象ターゲットを奪う。


「みんなを頼む!」


 その庸介の声に、「いやああぁぁ!」と悲鳴が被る。

 橋の袂。フィーア・アルムバインに食いちぎられた女性だ。

 やはり蘇っている。

 だが、肉体は回復しても、精神までは回復されない。

 彼女は恐怖の記憶を反芻してしまい、悲鳴をあげてその場にしゃがみ込んでしまう。


「緋彩さん、彼女を連れて行って!」


 彼女を近くにいた緋彩に頼んで、倫が急いで戻ってくる。

 彼は、そのまま逃げ遅れている人たちを誘導する。


「早く! こっち!」


 そうだ。今は、なんとか庸介が引きつけてくれている。

 今のうちに、足手まといを逃がすべきだ。

 そう考え、流美も自分の背後にいた、逃げ遅れた四人を先導する。

 老夫婦が二人と、あの親子だった。


「さあ、がんばって! あの橋を渡りきれば――」


「庸介! やばい、逃げろ!」


 突然、倫が叫んだ。


「――!?」


 刹那、草むらから飛びだして来たのは、まるでダンプトラックのような大きさの青い影。

 だが、ダンプと違うのが、前面がすべて大きく開かれた口だったということ。


 庸介はぎりぎりで横飛びして、それを避ける。

 まるで巨大なミミズのような姿が、その側を走り抜ける。


 流美の位置は、その巨体の進行方向とずれていた。

 しかし、目の前には、あの親子が走っていた。

 母親はまだしも、手を引かれた子供は、逃げ切れない。


 このままなら、鋭く尖った牙が並ぶ口が、少女を呑みこむ。


「――だめっ!」


 流美は走った。

 そして、飛ぶようにして、少女を後ろから突き飛ばす。


――バクッン!!


 訪れる闇。


 流美の最後の記憶。

 つつまれる感触。

 何かがひしゃげたような音。

 少女を突き飛ばした右手首に走る痛み。


「る……み…………流美っ!!!!!」


 そして、庸介の喉を切らすような慟哭の声……を聞いた気がした。

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