第二章「前線基地・越谷中央高等学校」
第9話「慟哭の東埼玉道路」(1)
それは、まさにファンタジーゲームに出てくるドラゴンそのものだった。
犬歯が育った牙の周りには、肉食獣特有の鋭い歯が並ぶ。そこに臼歯がまったくない。咬まれれば、その部分が蜂の巣のように穴だらけになるだろう。
恐ろしいのは、口だけではない。その鋭角的な容姿は「爬虫類」というよりも、まさに「恐竜」という単語がぴったりだ。下から閉じる瞼で、ギョロッとした目玉をたまにパチクリとさせている。
広げれば、全幅は50メートルを超える翼。苔のような緑をしながら、光の当たり具合で七色にも見える鱗。そしてそれを支える太い脚と、鋭くとがった大人の全長ほどあるかぎ爪。
【
彼女だからこそ召喚できる、
威力は非常に強力だが、使用魔力量も多い。魔力は秒単位で自動回復していくものの、召喚中はとても追いつかない勢いで消費されていく。
そのために彼女は、
(いつも……あんな顔してたのかな……)
いつもはゲーム中、顔など見えない。
本来は、天空高くに現れてそこから攻撃する。接近戦させることもできるが、強力な長距離攻撃があるので、そんな無駄なことをさせることはない。
しかし、今日は普段と違って、上空20メートル程度の位置にホバーリングしているのだ。
だから、流美には相棒の表情がよくわかった。その表情は、下に向かって目を細めて、牙の覗く口角を軽くつりあげていた。
まるで意思があるかのように。
目の前の敵を見下すように。
(意志を持っているなんてことがあるはず……)
地面に落とす、大きな影の圧倒的な存在感。
自分が召喚したARのドラゴンから、流美は強大な力を感じていた。
もし自分が敵だとしたら、見るだけで絶望に打ちひしがれる。
もちろん、見た目だけの話ではない。なにしろ、その巨大な翼が羽ばたくたびに、はらんだ風が木々が激しく揺らし、青々とした葉っぱを引きちぎらんばかり揺らしている。そんな風の中にいれば、人間など簡単に吹き飛ばされてしまう。
だが、そのドラゴンを召喚した流美、そして同じパーティとして設定された――
【
【
【
――の
それは、この強大なドラゴンが味方である証拠だ。
だから落ちついて、流美は正面の上空10メートル付近を飛行する、8羽の鳥を
――Warning:ARC名【ウオーモ・ウォチェッロ】 レベル2
――【ARC Type-A】
鳥と言っても、その顔は人間そのものだ。老年の男性を思わす皺の多い面相は、怒り狂っているかのように目じりをあげて、長い舌を覗かせた口を大きく開いている。
そして、その口から「アーアー」という奇声を上げて、先ほどからこちらを威嚇していた。
「ターゲット、【ウオーモ・ウッチェッロ】! ロックオン!」
その不気味な真っ赤な鳥すべてに、円形ロックマークがついたことを確認すると、彼女は
台風を模した螺旋の飾りが先端についたレアアイテム、【
「【
すべての魔法関係の名称は、ゲーム性を上げるためにワザと言いにくくなっている。それは呪文の代わりだからだ。これをまちがえずに発音することで、音声入力が完成して呪文が発動する。
そして流美は、本番で呪文を失敗したことがない。
彼女の命令を受け入れたドラゴンは、所持する中でもっとも弱い技である圧縮空気の弾丸を口より放つ。
低く唸るその巨大な弾丸は、空気を押しどけて降りそそぐ。
そして一発で数匹の人面鳥を巻きこむと、そのまま地面にたたき落としていく。
「【
間を置かずに追加で四発ほど放つと、人面鳥はすべて地面に叩きつけられ、「アー」という断末魔と共に無残につぶれていた。
よせばいいのに、流美はつい目で追ってその様子を確認してしまう。
血肉が押しだされて撒き散らされた、ひしゃげた肉体。
そこには臓物らしき物までうかがえる。
流美は慌てて目をそらす。
幸いだったのは、その凄惨な死骸ができあがった場所が離れていた事だろう。たとえ、3秒ほどで光となって消えるとしても、まじまじと見たいものではない。
――Congratulation!!
――Get:16point!
流美の
それはポイントこそ少ないものの、いつもゲーム終了の時に見る嬉しい表示。
だから、あらためて彼女は実感する。
目の前に浮いているドラゴンも、先ほどつぶれた不気味な人面鳥も、すべてゲームの一部である
(でも、本当に魔法使いにでもなった気分……)
流美は、
するとドラゴンは、あっという間に光の粒子になって収縮して消えていった。
流美はその様子を眺めてから、あらためて掲げた杖を睨むように見つめる。
やはり、恐ろしいほど精巧に表現されている。今までの
さらに今は、グリーンの
精巧さを極めた仮想の存在は、現実との境界線をここまで曖昧にするのかと驚いてしまう。未だにロボット技術が越えられない【不気味の谷】を
(……ううん。これ、きっと逆なんだ)
戦い続けて、流美にもいくつかわかったことがある。
たとえば、
しかし、
このことから、流美はあることを考えた。
それは、「今の
ここは、そのために
なにしろ、この目の前にあるARの杖やローブは、ないはずなのに触ることができる。
ARの怪物たる
だからこれらは、もともと存在するけど、見えないだけなのではないだろうか。
では、なぜ消えるのか?
なぜ見えないのか?
なぜ
流美の考えた仮説は、穴だらけであった。
(……ああ、もうっ! なんなんの、この状況は!?)
彼女は理解不能なまま戦わなければならない状況にいらだち、腕を組んで少し離れた越谷レイクシティの方を見やった。
けっこう進んだ気がしたのに、先ほどまでいたレイクシティの巨大な建物の頭が見えている。
彼女たちは今、徒歩で北の方に向かっていた。
今いるのは、真ん中に分離帯がある四車線で、かなり幅がある道路だった。
ここは、越谷レイクシティの横に隣接する東埼玉道路。東京外環自動車道の八潮ジャンクションと、庄和インターチェンジをつなぐ国道四号線のバイパスのひとつである。
その道を
というより、少しずつしか
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