第10話「慟哭の東埼玉道路」(2)

(そりゃあ、私と庸介だけじゃ、さすがにね……)


 流美はかるいため息を漏らす。

 ゆっくりとしか進めなかった理由。

 それは、戦闘のほとんどは流美と庸介が受けもつしかなかったためだ。

 思いっきり初心者である倫の魔法剣は近接武器の上、威力が弱くてすぐに武器破壊状態になってしまう。いくら剣術の心得があっても、これではまともな戦闘にはならない。

 さらに緋彩に関しては、AROアローのベースとなるARMSアームズを持ってさえいない。

 そのため、流美と庸介の2人で戦うしか方法がなかったのだ。


 だが、それでもここまで、大したピンチもなく切り抜けてきていた。


 なにより、敵がさほど頻繁に現れるわけではないことが幸いだった。流美が知っているゾンビゲームのように、あちらこちらから大量の敵が現れたりしたら、ひとたまりもなかったかもしれない。

 それに庸介とは長くやってきているので、こんな状態でもコンビネーションよくカバーしながら戦えているのも大きかった。

 庸介が引きつけている間に、流美が召喚魔法インウォカーティオマギアを唱えるする。そして、霊獣スピーリィトゥスベースティアの攻撃力で一気に片づける。今までのゲーム中でも、よくやっていた戦闘パターンのひとつだ。特に打ち合わせしなくても、タイミングもばっちりである。


(やっぱ、庸介は最高の相棒……なんだけど……)


 流美は、横目で庸介をうかがう。

 彼は明るい笑顔で、ARCアークを倒した勝利を倫と手をたたきあって喜びあっていた。

 その笑顔は好きだし、人としての魅力も認めている。まっすぐ素直で、努力家で、優しい。流美は、彼を本当にいい相棒だと思っていた。

 だが、彼に「恋人になってほしい」と何度、言われても、流美は応じることができなかった。友達としては好きなのだが、恋人としてはどうしても見られない。


 そのことに関して友人から、「恋愛感情に気がついていないのではないか」と言われたこともある。流美だって、そういう物語を漫画で読んだこともあった。なにしろ中学二年生だ。まだ自分が子供だということも、流美は十分理解している。

 だけど、どうしても違うと思ってしまう。庸介に恋人ができたことなども想像してみたこともあった。しかし、流美は嫉妬どころか、応援したくなるぐらいだった。


(素直で裏のない性格……がね……)


 悪巧み、悪知恵という言葉と縁が遠い性格。その庸介の人柄の良さは、多くの人間を惹きつける。しかも、困っている人を見つければ、助けずにはいられないお人よしだ。


 今もおかげで、彼が道すがら助けた者たち老若男女で20人ほどが、彼と流美たちを盾にするようについてきていた。そして戦いが始まると少し離れたところに隠れ、2人がARCアークを倒す度に、まるでヨイショするように拍手喝采をあげてくる。今も実際、絶賛中である。


 彼らは、ARETINAアレティナをつけていても、戦うためのAROアローを持っていない。

 中には、どこかで拾ってきた鉄の棒を持っている人もいたが、ARCアークAROアローでなければ倒せないのだ。なにしろ、車が勢いよくぶつかっても、まさにビクともしない。まるで何もなかったかのようにふるまっている怪物である。


 もちろん、ARETINAアレティナをつけているなら、AROUSEアロウズのシステムに参加してAROアローを初期ポイントで買えば、武器は手に入れられるだろう。

 しかし、倫の例を見てわかるとおり、初期武器はほとんどARCアークに対して有効な手段とならないのだ。それにいきなり上手く扱えるわけもない。術に技、魔力の消費量など知らなくてはならないことはたくさんある。


 力なき者達。そんな彼らは、ARCアークから見ればただの餌である。

 そして、そのことは本人たちもよくわかっているのだろう。だから、相手が中学生のガキであっても、有能なAROUSERアロウザーならば、おべっかを使ってでも助かるために必死になるのは当然だと思う。


(まあ~、いいけどね……)


 別に「助けてやるからついてこい」と言ったわけではない。しかし、流美とて鬼ではない。ついでに助けるぐらいなら人として、がんばるつもりだった。

 だが、あまりにも調子がいい彼らの態度が、ちょっと癇に障る。


「うんうん。主人公ヒーローは、やはり頼られるものなんだなぁ……」


 ところが、その彼らのおべっかを見た倫が、横でずれたことをボソッと漏らした。

 表情を見ると、なぜかニヤニヤとやたらに嬉しそうにしている。


 彼はいつもこうだ。どこか見た目と違っておかしい。流美から見たら不思議な男なのだ。

 特に庸介に対する態度は、常軌を逸している。

 普通、同年代の男子は、やはり自分が一番になりたがるものだし、目立たないようにしている男子でも、心の中では目立ちたいと思っていたりするものだと思う。少なくとも、流美の周りはそういう男子が多かった。

 しかし、倫はやたらに庸介を立てたがる。何かあれば、まず庸介。自分のことは後回しに必ずする。倫が好意を持っているはずの流美の姉【弓美】からの誘いを受けても、後からできた庸介との予定を優先するぐらいなのだ。

 一時期は、倫が庸介に恋愛感情を抱いているのではないかと勘ぐったりもした。

 だが、そういうわけでもないらしい。なにしろ、庸介とくっつくように、さりげなく勧めてくるぐらいなのだ。

 とにかく、彼が庸介を大事に思っている理由はわかるのだが、そのレベルは異常すぎる。


 それに、彼の異常さはそれだけではない。

 たとえば今、こんな命がけのわけわからない状態なのに、ニヤニヤとできる神経をしていることだっておかしい。

 そう言えばと、流美は思いだす。過去に倫が質の悪そうな高校生たちに囲まれたところを見たことがあるが、その時も確か今のようにニヤニヤと笑っていた。その時は庸介が割りこみ、「警察を呼んだ」と嘘つくことで事なきを得たのだが、あのままだったら緊張感のない倫はどうなっていたことだろうか。


(わかりやすい庸介に比べて……クキリンは本当に変よねぇ……)


 本名から【クキリン】と呼ばれる彼。見た目は、本当に普通の男の子だった。

 少し小さめの気弱そうなたれ目に、やせ気味の輪郭は、決して二枚目面でもなければ、かわいいわけでもない。人ごみにいたら、絶対に紛れてわからなくなる顔つきだ。

 さらに、簡単に切りそろえただけの髪型。たぶん、近所のスーパーのようなところで買ってきたのではないかと思う、Tシャツとジーパン。おしゃれさのかけらもない。

 見た目だけではなく、性格的にもいつも一歩下がって、いつも目立たないように気弱そうな態度を見せている倫。

 もし、庸介が気にかけなかったら、きっと倫のことなど、ずっと気がつかなかったかもしれない。


 だが、倫と毎日のように絡むようになって、流美は少し彼のことが気になるようになっていた。


(私のカンが、なんか訴えているのよね……)


 何か裏がある。

 彼女はそれが気になって仕方なかった。

 なぜなら、彼女は……。


「――きゃああああ!」


 女性の甲高い悲鳴が、流美の思考を遮った。

 そして、こんな時に余計なことを考えていたことを悔やむ。

 緊張感が足らなかった。

 ついてきた者達に、ARCアークが襲いかかっていたのである。

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