第8話「望んでいた越谷」(2)

 バトルフィールド横の司会者席にいた緋彩は、わざわざ倫たちを助けるために裏口に案内してくれた。

 スタッフ用の勝手口であり、多くのスタッフはすでにそこから逃げたらしい。

 外にでれば、はたして建物の裏側だった。まだ強い陽射しに照らされ、横に広々とした駐車場が見える。


 阿鼻叫喚の会場の中とは別世界……ということはなかった。


 ショッピングモールの建物の壁、そして道路や駐車場に至るまで、多種多様な化け物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていたのだ。

 すでに外も地獄絵図である。

 さらに建物も様相を変えていた。まるで廃墟となってから何十年も経ったかのように、多くの蔦が表面に絡まり、建物の色合いも古びて朽ちたように黄土色をしている。

 道路のコンクリートも所々がひび割れ、その部分からハエトリソウのような形の巨大植物まで我が物顔で生えていた。

 まちがいなく【越谷レイクシティ】のはずなのに、そこは別の場所のように様変わりしていたのだ。


 無論、短時間でそのようになるわけがなく、倫はARETINAアレティナを少しずらして裸眼で見てみる。すると、建物の廃墟感は失われてきれいな壁が見えていた。さらにいくつかの化け物も見えなくなる。


(人間を襲っている化け物やつだけ、肉眼で見える……のか?)


 倫は化け物を注視してみる。

 するとARETINAアレティナに、やはり【ARC】の文字が表示された。

 それに続き、形により【Type-I】【Type-A】【Type-C】など見た目によって表示が変わっている。


「【Type-I】って昆虫タイプって事らしいぞ。ヘルプがある」


 同じように見ていた庸介に教えられ、倫も【ARC Type-I】を注視してヘルプを頭で指示してみる。

 すると、確かに説明文が表示された。



――【ARC Type-I】……Insect(昆虫)型ARクリーチャー。すべてのエリアに存在する。低レベル帯でもっとも種類が多い。逆に高レベル帯にあまりいない。



「……どういうことなの、これ……」


 庸介の背中で流美が目を開けていた。

 そして庸介に礼を言いながら、背中から降りる。


「いきなり化け物が現れたかと思ったら、ふっとばされて……。夢でも見ていたのかと思ったけど、なんかそうじゃないみたいね」


 少し顔を歪める流美を注視すると、倫のARETINAアレティナの表示の一部が切り替わった。


「【Type-Player】……プレイヤー……ゲームなのか?」


「……そうなんじゃない?」


 ARETINAアレティナをつけたままの流美が、周囲を見まわしながら言う。


「だって……ここバトルフィールド内になってるわ」


「えっ?」


 倫も慌てて確認すると、確かに右上に緑のBの形をしたアイコンがある。

 注視と脳波コントロールでBアイコンを選ぶと、音声で説明が流れる。



――バトルフィールド内にいることを表すアイコン。このバトルフィールド内では、AROアローを使用でき、他のAROUSERアロウザーARCアークと戦うことができる。バトルフィールド外にでると、拡張型修復は無効になるため、修復の実体化を必ず行うようにすること。



「……何だ、この説明文……変わってるぞ?」


 庸介や流美もヘルプを見ていたらしく、顔をひきつらせている。

 だが、そんな二人に対して、倫はひきつるどころか頬がゆるむ。その鼓動が音を立てて高鳴る。


(フィールド内……ということは、もしかして……)


 倫は腰にぶら下げていた剣の柄型ARMSアームズを握ってみる。


「……クキリン?」


 庸介と流美が不可解な顔をしているの無視して、倫は柄を前にだした。

 そして、唱える。


喚起するアロウズ! 【魔法剣・序マギアソード・ファースト】!」


 ARETINAアレティナにコマンドが受け付けられた旨が表示される。


――ヴオォォォン……


 そして瞬時にARMSアームズから伸びる白く光る魔法の刃。

 悪戯防止のために、会場の外でAROアローは、呼びだしたプレイヤーにしか見えない仕様だ。

 そのはずなのに、庸介も流美も魔法剣マギアソードの方を見て目を見開いていた。つまり、二人の瞳にも像が映っていたのだ。


「フィールド外なのに……」


 驚く庸介に、流美が栗毛を横をふる。


「違うって、庸介。さっき見たでしょ。ここもフィールドなの」


「あ……そっか! ということは、まさか、これで戦えたりするのか!?」


「それなら、すぐに確認できそうなのです」


 今まで存在しなかったのように無表情、無言で三人の背後に立っていた緋彩が、ボソッと呟いた。


「上から来るのです」


 緋彩につられるように、全員が上を向く。

 建物の屋根の上から、何かが顔をだしていた。

 それを見た時、緋彩以外の者が固まった。


 巨大な複眼。

 その下にある人間と同じような唇が、ムズムズと動いたかと思うと、長い舌がそこから顔をだす。そして、まるで踊るように動かしながら唾液を垂らす。

 そこから、さらに身を乗りだしてくる。

 その化け物の体。

 まちがいなかった。

 庸介に風穴を開けた化け物である。


「――ひぃーっ!」


 流美が腰を抜かして尻もちをつく。

 庸介も先の恐怖を思いだしたのか、見開いた目のまま硬直して動けない。

 だが、その中で緋彩は、いつも通り感情の起伏を見せない。


「えーっと、クキリンくん? 来ますよ」


 まるでその言葉が合図だったかのように、化け物が天井から飛び降りてくる。


「――さがって!」


 倫は、その化け物の目が自分を見ていることを直感した。

 だから、みんなと化け物から離れるように、左横に大きくステップして距離をとる。


(武器に……反応しているのか!?)


 ゲームだと、武器を持っていることで化け物の敵対心ヘイトを煽ることはある。

 倫はとっさにそのシステムではないかと直感して、しめたと考える。

 これなら、今は武器を発生させていない庸介達のところに行くことはない。

 そして読み通り、化け物は倫を目指して飛び降りてきくる。


――ドスッ!


 着地。


 伝わる、足の裏への振動。


 巻きあがる、砂埃。


 砂埃は、湿気の多い不快な空気が叩く。


 それは、確かな質量を感じさせる存在。

 やはりARではないのだろうかと、倫の脳裏をよぎる。

 が、それを否定するようにゲームとしての表示を見せるARETINAアレティナ



――Warning:ARC名【シエツー・クンチョン】 レベル2



(レベル!? AROUSEにはレベルなんてないぞ!)


 AROUSEは、レベルが存在しないゲームである。

 強さは、オプション装備と、ある意味で頭脳と肉体性能で決まる。

 唯一、わかりやすいステータスとして表示されるのは……。


(――!? HP表示がない!?)


 倫は、そこで始めて気がついた。

 いつも左上に見えているはずの、自分のHP表示がいつの間にかされていなくなっていたのだ。

 それが何を意味するか、倫はとっさにわかってしまう。


(シンプルに……死んだら負け……)


 肉体にダメージが本当に行くならば、HPなどという考え方はいらないのだ。


「ヒャーヒャーヒャー!!!」


 目の前の化け物【シエツー・クンチョン】が、甲高い女のような声をあげる。


 刹那、人の手先がついたような脚が折りたたまれる。


 まるでカエルのように跳びあがる、巨体。

 倫の体を真上から包みこむ、瞬間的にできた影。


「くっ!」


 影から逃げだしながら、魔法剣を下から斜め上に閃かせる倫。

 狙うは、片側の脚。

 柄を握る力をこめる。

 肉を斬る感触が伝わる。

 伝わるリアル。

 しかし、振りきれない。

 刃にリアルじゃない抵抗感が生まれる。


「キャアアアアァァァー――!!!!!」


 着地した化け物は、バランスを崩して腹を打つ。

 奇妙な悲鳴と共に前のめり。

 そして、一回転。

 片側の脚からは、真っ黒に近い血液らしき物が流れている。


(……消えなかった……けど……)


 倫が走らせた魔法の刃は、一本目の脚を斬った瞬間に消えたりしなかった。

 そのまま二本目、三本目まで斬っていったのだが、四本目にまるで弾かれるように止められたのだ。

 まるで、今まで藁を斬っていたのに、最後に鉄の棒にでも当たったような感触だった。


 実体のある剣ではあり得ない感触に、倫は非常にとまどう。

 しかし、同時に頭の中がフル回転し始める。


(入りも、走りも問題なかった。そもそも魔法の刃に斬る方向なんてないのか? なら、問題があるとすれば、威力。不自然に落ちた……ああ! 単に武器が弱いのか!?)


 倫の頭の中に、「死」の文字が浮かぶ。


「みんな! 逃げて! 早く!」


 【シエツー・クンチョン】の巨体に隠れて見えない仲間に呼びかける。

 だが、届いたかどうか、逃げたかどうか確認している暇はない。


 巨体の尻尾が、まるで蛇の鎌首のようにせり上がる。


 捉えた倫は、魔法剣を構える。


 毒針にあたる部分が、死を宣告するように倫の胸を指さす。


 そのまま迫る宣告。


 しゅっと風を切る音。


 倫は、体を捌く。


 走る魔法の刃。


 だが、斬れない。


 さっきの感触。


 4本目の脚と同じように、不条理な硬さ。


 ここまでリアルなのに、突きつけられるゲームバランス。


 それに気がついた倫は直感する。


(――このままでは勝てない!)


 だが、みんなが逃げるまで時間稼ぎをしなくてはならない。


 また、掲げられる尻尾。


 迫る毒針。


 倫はそれを横に弾く。


 だが。


 その瞬間、ガラスが割れるような音が響き渡る。



――Broken:【魔法剣・序マギアソード・ファースト】!



 見れば、柄の先の刃が失われていた。これでは、ただの短い棒に過ぎない。


(CGなのに壊れるの!?)


 すっかり倫は忘れていたが、AROUSEには確かに武器耐久力があり、武器破壊現象が存在する。

 ただし、一定時間で回復するし、初期武器はすべて回復まで1分間と短く設定してある。


(でも、1分も待てるか!)


 弾かれた尾が、また持ちあげられる。


 化け物の瞳が、まるで嗤っているかのように感じる。


 拡張現実は、とうとう感情まで表現できるようになったのだろうか。


 その表現された感情――殺意――を感じて、倫はスイッチを切り替えるように呼吸を整える。


 精神を安定させる。


(しかたない……か……)


 だが、倫があきらめようとした瞬間だった。

 聞き覚えるのある高らかな詠唱があがる。


「【百条剣山フロッグ・アロー】!」


 一拍の間のあと、天から大量の矢が化け物に向かって降りそそいでいく。


「ヒャッ! ヒャッ! ヒャッ! ヒャッ!」


 多くのやじりに体を抉られながら、奇妙な声をあげ体を震わせる化け物。

 その一瞬で、化け物はまるでハリネズミのような姿になり、立ち尽くす。

 全身から、まるで石油のような血しぶきを上げていく。

 そしてひれ伏すように、力なく腹を地面にペッタリとつける。



――Dead:ARC名【シエツー・クンチョン】 レベル2



 弾けた。

 突如、目の前の化け物は光の粒子となり、光の塵芥ちりあくたとなって消えてしまったのだ。

 しかも、地面にこぼれたはずの黒い血液まできれいに跡形などなく消えてしまっている。



――Congratulation!!

――Get:2point!



 そこに表示されたのは、AROUSEで対戦で勝った時に表示されるメッセージ。

 ただし、1勝負で1000ポイントはいる対戦に比べて、かなり少ない。


「クキリン! 大丈夫か!?」


 走りよってくる三人を倫は呆然と見る。

 ふと、庸介の手に愛用の短弓型AROアローが握られている。

 ほとんど円形をした、まるで視力テストに使われるCの文字のような特殊な弓だった。まちがいなく、庸介が所有するレアアイテムだ。


「庸介……技か?」


「おお。一か八かでな! ちゃんと技も使えやがった!」


「ありがとう……さすがだよ」


 友人の危機に颯爽と現れ、一撃の下にモンスターを斃す勇者。


(これぞ主人公! そうか、そうなのか……)


 倫は突然、自分なりの答えを見いだす。


(この世界は、庸介を本当の主人公にする世界なんだ!)


 心のどこかで望んでいた世界。


(今、わかった。これだ、これなんだ! この世界で僕は、望んでいた庸介の引き立て役になるんだ! どんなことをしてでも……)

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