第四話「始まりの越谷レイクシティ(二)」
中学一年生の時。一人っ子の倫は、とある事件で両親を失った。
親戚づきあいもなく、身寄りがまったくない状態だった倫は、天涯孤独となってしまったのだ。
もうこのままならば、児童養護施設に預けられるしかないと思っていたのだが、倫と父親が通っていた剣術道場の師匠が、保護者として名のりでてくれた。
師匠の家族内では一悶着あったものの、倫はその申し出をありがたく受けることにした。保護者といっても、経済的負担はかけなくてすむ。親の保険金や、土地を処分したお金もあるため、生活費はそれで十分に負担できる。だから倫は、家賃と食費等の手間賃として、少しお金を渡すことにした。
その代わりというわけではないが、師匠から剣術をただで引き続き習うことができる特典を得たのは嬉しい誤算だった。
とはいえ、これからの生活を考えると、ゲームでおいそれと金を使うわけにもいかない。なにかあった時に、余裕を残しておかなければならないし、高校になったら一人暮らしも考えていた。無駄なお金は使えない。
それにだいたい、両親が死んだばかりで、ゲームで遊ぶなんていう気分にとてもではないがなれなかった。しばらくは、勉学と剣術だけに集中していた。
では、なぜ一年後の今、倫が
まず、今日のイベントを皮切りに、正式スタートされる新バージョンの
ただし、種類はとりあえず剣だけで、しかも魔法剣――要するに、刃部分に実体はなく、魔力の光で構成されている、いわゆるライトセーバーとか、ビームサーベル――という設定になっている。
倫の好み的には、実剣タイプが嬉しいところだったが、とりあえず剣であることはまちがいない。剣術好きの倫にしてみれば、それだけで興味津々であった。
それから、もう一つの金銭的な問題。
こちらの解決理由は、簡単に言えば臨時収入ができたのだ。少し前から、師匠たる義理の祖父の仕事を手伝うようになり、不定期ながらも収入を得られるようになったのである。
もともと、それほど金には困っていない状態の上、祖父のアルバイトは中学生の稼ぎとしては破格であった。
ほかにこれといった趣味もない倫は、その収入をすべて貯金していた。
その分だけで、ゲーム参加費も余裕で負担できるほど貯まっていた。
とはいえ、庸介に誘われなければ、
両親を失ったショックから立ち直れたのも、庸介の力によるところが大きい。励まし、一緒に馬鹿をやり、元気づけてくれた庸介は、倫にとっては親友というだけではなく、生きていく上で絶対的なヒーローになっていた。
(本当に漫画の主人公みたいな奴だよなぁ……)
薄闇の席でもわかるほど、庸介は目をらんらんと輝かせて、中央にあるバトルフィールドと呼ばれる戦闘場所を凝視している。
スポーツ刈りの頭に、太い眉毛、しっかりとした目鼻立ちに日焼けした色黒の肌。倫から見ても、野性的な魅力のある容姿だ。そこにギャップのある、幼さの残る子供らしいキラキラとした瞳が輝く。多くの女子が、その輝きにすぐ魅了されたのも納得できた。
その上、彼は中学生から【
中学二年生になった今では、このエリアのトップ
たった一年で、高校生や大人まで倒せる強さを手にいれたのだ。
それだけの活躍だ。倫から見たら「痛い」名前だが、【虎王】の名はあっという間に広がり、その人気ぶりは絶好調だ。
なにしろ、彼には熱狂的なファンクラブがある。試合がある時などは、庸介が着ている黒地に黄色文字で【虎王】とロゴの入ったオリジナルティーシャツの色違いをそろって身につけた集団が、会場の一角を埋めるほどだ。その会員数は、一万名をかるく超えているという。
さらに越谷に本拠地を置くいくつかのメーカーがスポンサーになって、ゲームのプレイ画面の下にはスポンサーのバナー広告が流れる。最近では地元企業だけでなく、一流企業もスポンサーに加わっていて、とうとう全国放送のCMにまでデビューした。その名前の認知度は、そこらのアイドル、顔負けである。
もちろん、そんな彼だから、モテ方も半端じゃない。
少しお調子者で、ちょっとお馬鹿なところも、多くの女性ファンから見ればチャームポイントだ。
バレンタインの時など、漫画でしか見たことないようなチョコレートの山ができる。毎日、スパムより多くのラブレターが、eメールボックスに届き、とうとうメールアドレスを変更して公開をやめてしまったぐらいだ。
その気になれば、いくらでも彼女を作って、中学生にしてハーレム生活も夢ではないだろう。
が、庸介はどんなに女の子から言い寄られても、その誘いを一度も受けたことがない。
ことごとくキッパリと断っている。
その潔さと男らしさが彼の人気をまたあげるのだが、彼にしてみればそれさえもどうでもいいことなのだ。
庸介が好きなのは、彼の左隣に座っている、幼なじみで同級生の流美だけだ。
それはもう小学生時代から、ずっと流美に自分の気持ちをアピールしていたらしい。倫が庸介と出会った中学一年の頃には、正面きって正式に告白もすませていたそうだ。
ところが、流美の返事は「親友でいよう」という切ないものだったと聞く。
それでも庸介はあきらめない。何度ふられても、数ヶ月に一回は告白している。
倫は、そんな部分も尊敬している。ぶれない愛、それこそ英雄の証だ。それに、そこまで一人の女の子に夢中になれるエネルギーは凄いものだ。
(確かに美人だもんなぁ……)
倫は庸介を飛ばして、流美の顔を改めて見た。
目尻が細く長く伸びた上品な顔立ちで、鼻は小さいがかわいらしく、真っ白な肌。
誰もが「将来、彼女はミス越谷になれる」と口をそろえて言うぐらいだ。
しかし、「越谷」というところがスケールが小さい。彼女の二つ上の姉である【
倫の好み的には、やはり大人の魅力がでてきた弓美に軍配があがる。
ちなみに、流美も
大人しそうな顔をしているが、戦い方はかなり豪快で派手好き。
何度も庸介と流美のペア戦を見たことがあるが、庸介が弓ですばやく牽制している間に、流美が
特に流美は、
そのことと【Ryubi】という音から、彼女は【
「どうしたの、クキリン?」
「えっ!? あ、いや……」
ぼーっと見つめていたことを流美に気がつかれてしまい、倫は慌てて視線を庸介にも向けてごまかす。
「いやさ、その……二人とも、本当に嬉しそうだなと思ってさ」
「そりゃあ、そうだろう。待ちに待ったんだぜ! ほら、見てみろよ。あのバトルフィールド。あそこに、オレたちの青春があるんだぜぇぇぇぇ!」
周りの目を気にせず大興奮で語る庸介に、倫は少し落ちつけとジェスチャーする。
周囲の目が、こちらに集中している。ただでさえ、「東の龍虎」とばれていて、チラチラと先ほどから視線を感じているというのに。
「あ、あはは……わりぃ、わりぃ」
頭をかきながら気まずそうに笑うと、庸介はまたすぐにバトルフィールドにキラキラとした視線を向ける。
その様子が、倫にはどうにも憎めない。
庸介と知り合って、倫はまだ二年も経っていない。思い起こせば、出会った時から、彼はこんなノリだった。中学一年の時、なぜかそんな庸介に興味をもたれ、このノリで話しかけられて以来、倫は庸介のことをすぐに気に入ってしまった。
庸介はとにかく元気で、裏表などなく真っ直ぐ。
自分を信じていて、人になんと思われようと自分の道を行く。
悪いことは悪いと言って怒り、自らに過ちがあれば素直に謝る。
人目を気にするより、自分の信じた道を行く強い意志。
それなのにどこかとぼけた感じで「天然」が入っていて愛嬌がある。
(なんていうか……やっぱり、主人公キャラ適正ばっちりだ)
正直で、容姿も悪くなく、愛嬌もあって、女にモテて、男に人気者で、かわいい幼なじみがいて、(ゲームだが)戦っても強く、今回のイベントのチケットを当ててしまうような運をもっている。
彼が主人公ならば、自分は主人公に振りまわされる、ツッコミや解説をする「友達A」程度だろう。
自分の立ち位置に不満があるわけではないが、やはり庸介のような陽のあたる存在には憧れもある。特に目の前にある
(僕もあそこで、いつか庸介と一緒に戦うのか……)
さらに各辺に五メートル間隔で三メートルほどのポールが立っていた。
ポールには各種センサーが埋め込まれており、【
また、ポール間は、「KEEP OUT」と書かれた、三本の黄色いゴムベルトでつながれていて、そのエリアを外界と区切るようになっていた。
その
倫たちの席は、二階席の最前列。かなりいい席だ。
バトルの様子を斜め上から俯瞰できるし、バトルフィールドの頭上に設置された、六枚の三〇〇インチクラスの巨大モニターも高さ的に見やすい位置にある。この巨大モニターには、バトルフィールドの周辺に設置された、二四個の可動型カメラからの映像が映しだされる。
さらに、バトルフィールドや巨大モニターが見にくい位置でも、
「あ。そろそろ時間ね」
流美のその言葉が合図だったかのように、客席が薄闇につつまれる。
そして、光につつまれる
その頭上には、「Welcome to
そして、ファンファーレから、
会場の中央の迫りから、男女一組が現れる。
一人は、蝶ネクタイをつけた三〇才ぐらいの男。
フリーのアナウンサーだが、
その男が両手を大きく広げてから、お辞儀をする。
「皆様、本日は最高のエンターテインメントゲームの最新バージョンである、【
そしてもう一人は、若手ガールズグループからソロに転向したアイドルだ。
大きなポニーテールの赤髪が特徴的で、きれいというよりぱっちりした双眸がかわいらしく、一六才だというのに、倫たちよりも年下に見えるような愛らしい容姿をしている。
しかし、その彼女の最も個性的な特徴は、そのテンションにあった。
「こんにちはです。三台目
とても舞台で司会を務めるアイドルとは思えない、抑揚のないローテンションな口調なのだ。
「本イベントは、新しい
その表情も、まったく楽しそうではなく、ガッツリもりあげる感じは欠片も感じられない。
だが、そのクールさというか、無表情さが逆に受けて、今では大人気のアイドルの一人となっていた。
「では、みなさん。いつものかけ声いきますよ!」
緋彩とは対照的に、ハイテンションで矢面が叫んだ。
「スリー、ツー、ワン……アロウズ!!」
会場中が声をあげて叫ぶ。
大きな拍手が起こる。
倫も期待をこめて、手が痛くなるほどの拍手を送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます