第三話「始まりの越谷レイクシティ(一)」
――庸介が刺される九〇分ほど前。
常識に照らし合わせて見れば、十二分に速く走っているつもりだった。
それなのに、さらに「急げ」と言われる。これ以上の速度にするには、非日常的な力でも解放しない限り無理に決まっているじゃないか。そんな馬鹿なことを思いながら、
見えてきたのは、棒が立っているだけの改札。
そこを少しもスピードを落とさずに走り抜ける。
改札の精算がすんだメッセージが、視界の隅に表示される。
つけていない人などいないと言っても過言ではないデバイス、複合型ARディスプレイ【
ちなみに倫のつけている
左右の耳かけの途中にもソフトレンズがついていて、正面のレンズを含めてそれらすべてにAR(拡張現実)の文字・映像情報が表示される。さらに網膜走査ディスプレイにより、網膜にも直接映像が照射されている。
また耳かけには、非接触型リーダーがついており、左右の大脳皮質付近に埋め込まれている複合有機回路型の脳波インターフェイスチップ――
もちろん、前提条件として側頭部にチップの埋め込み手術が必要になるが、許可年齢の一〇才ぐらいになると当たり前のようにみんなおこなっている。
倫は、そのチップを使って脳波で
すると最初から風景の一部であったかのように、床へ緑の光るラインが表示される。
別に道はわかっているのだが、どこかに行く時の癖のようなもので、ついついナビを命じてしまう。
その光の道を踏みながら、倫は走り続ける。
モール内に入ると、若者向けの服が並ぶブランドショップや、アクセサリー店、雑貨店などが、きらびやかに並ぶ。
どの店もAR(拡張現実)のポップであふれている。ARですむ物は、どんどんAR化されているのが今の世の中だ。そのため、展示してある商品のほとんどがARのグラフィックスに過ぎない。
これには、多くの利便性があった。
たとえば、ARの商品や広告に視点を集中することで
無駄な展示商品を減らせるし、人件費の節約にもなる。つまり店としてはいいことずくめで、ARの導入は加速的に広まっていた。
そんな現実と拡張現実の店並みを走り抜けていると、ドーナツ屋の甘い香りが鼻を撫でる。
はたして、その香りは本物なのだろうかと、一瞬だけ疑ってしまう。最近は香り対応型の
どこに行くのにもナビを表示させてしまうことも含めて、
そのナビが、分かれ道を左に曲がれと指示してくる。
駅と直結している超巨大ショッピングモール【越谷レイクシティ】の【kaze】と呼ばれる建物は、内部が円形をしている。その通路は多くの店舗が並び、緩やかなカーブを描いていた。
人通りが多いショッピングモール内で、人波を避けながら走るなんていうのは、非常に迷惑な行為だ。
そんなのをやるのは、小学生まで。
中学二年生にもなって、それをやっている自分が恥ずかしい。
とはいえ、倫たちには背に腹は代えられない事情があった。
なにしろ、向かっているイベントが予約制で、しかも入場時間が過ぎると中には入れてくれないのだ。
もう、その締め切りまで時間がない。だから、迷惑だと承知で走っている。
もちろん、倫は時間に余裕を見て待ち合わせ場所で待っていた。
しかし、主役が時間になっても現れなかったのである。
「はぁ、はぁ~……。クキリン、こっちだ! 早く、早く!」
遅れた原因のくせに、
庸介に追いついた倫は、一階への
その前には、庸介の幼なじみの【
庸介の足が速いことは知っていたが、流美もこんなに速いとは思わなかった。
三人はkazeからアウトレットの建物に移動し、そこからまた別の巨大なドーム型の建物に向かう。そこが今日のイベント会場だ。
すぐに、ゲートが見えてきた。
受付担当の女性たちが、その前で待っている。彼女たちは、どこかのキャビンクルーのような、空色のスーツをまとっていた。しかも、かなりの美女たちが勢揃いである。輝く大きな瞳の美女、なまめかしい唇の美女、肌も髪も艶やかな美女。とにかくいろいろなタイプの美女ぞろいで、倫はクラッときてしまう。やはり大人の女性には、同級生の女子にはない魅力がある。
「はい、これ」
ところが幼なじみ一筋で、そんな魅力にまったく気がつかない庸介は、なんの緊張もなく美人受付嬢に紙の招待状を渡す。
今時、ほぼ
しかも、複製できないようにICカードチップまで貼りつけられている。
その豪勢さのためだろうか。真ん中に書かれた【
(本当、凄いよな……)
実際、その名前は燦然と輝いてもいいぐらいだ。
なにしろ、その招待状を手にいれられる確率は、先日のニュースだと、〇・〇〇二パーセントと言われている。
それを当てたのだから、庸介の幸運は大したものだ。
(……違うか。当たり前なんだ)
そう。彼がこのくじを当てるのは、当たり前のことなのだ。なにしろ、庸介はヒーローである。ヒーローなしで、今日のイベントが成り立つはずもない。倫にとって庸介の主人公性は、それほど不動のものだった。
ちなみに招待状一枚で、三名まで入場できる。
おかげで、庸介の相棒である流美だけでなく、倫もおこぼれで入場カードを手にいれることができたのだ。
改めて倫は、手渡された入場カードに書かれた文字、それと受付ゲートの上にある看板を見比べる。
【
【
高度なAR(拡張現実)技術を使った、対戦型バトルゲームだ。
【
専用機器と大型の専用設備が必要で、ほとんどのゲームが自宅で遊べる文化とは逆行した、一昔前の体感ゲームの復活だった。
しかし、その現実感があふれる……というより現実の戦いは、子供から大人まで夢中にさせている。体を動かさないVR(仮想現実)ゲームと違い、実際に肉体を動かすスポーツ感覚は、一種の社会現象を巻き起こしたぐらいだ。
今では各地に設備があり、正式なスポーツ競技にもなる勢いで広く楽しまれている。すでにプロと呼ばれるプレイヤーも存在しており、もうすぐプロチームまで登場するらしい。
対戦ゲームが大好きな倫も、四年前に初めてこのゲームの告知を見た時に、大興奮したものだった。年齢的に小学生だったのですぐに参加することはできなかったが、中学生になったら始めるつもりだった。
しかし、実際は中学生になっても、倫はこのゲームをプレイせずにいた。
その原因の一つは、ゲームで使える武器にあった。
理由は、少し考えればわかる至極単純な問題だった。
それはすなわち、近接武器による戦闘が成り立たないということになる。
わかりやすい例を挙げれば、
そのCGの刃同士がぶつかりあった時、衝突判定はできても抵抗は生まれず、実際はすり抜けてしまうだけである。鍔迫り合い等は、ありえないということだ。
だからと言って、刃の所に実体があれば、近接戦闘による怪我の心配もありえる。
だから、遠隔戦闘の魔法と弓しか存在しない仕様だったのだ。
もちろん、その理屈はわかるものの、やはり倫はしらけてしまった。
こんなのシューティングゲームだ。ガスガンで遊ぶサバイバルゲームと変わらない。だったら、最初から戦争物にでもすればよかったのだ。
ファンタジー系のゲームならば、「剣と魔法」が基本だろう。「弓と魔法」だけなんて考えられないし、倫は得意な剣術で参加したかったのだ。
だが、それはまだ倫にとって、ゲームをやらない理由としては大した問題ではなかった。
むしろ、もう一つの理由が深刻だったため、倫は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます