第二話「夢の限界、越谷の限界(二)」
そのまま撃たれれば、倫はゲームオーバーになってしまう。
しかし、彼は慌てない。
なぜなら、助けが来ることがわかっていたからだ。
(……来た!)
倫の斜め横から、数本の矢が閃光のように金髪を襲う。
「――ちっ!」
飛来した数本の矢は、金髪の脳天と心臓部を正確に狙っていた。
しかし、相手は長めの金髪を揺らしながら体を反らし、その矢を避けてみせる。
敵ながら見事だ。常人とは思えない反射神経と運動能力に、倫は少しだけ驚く。
「クキリン! 大丈夫か!?」
予想通り、自分を呼ぶ声に倫はふりむいた。
声の主は、短弓タイプの
その矢継ぎ早による連射にたまらなくなったのか、敵である金髪が苦々しく顔を歪める。
金髪が持っている武器は、射程距離を誇る長弓タイプ。短弓タイプと違って、連射には向いていない。
あきらめた金髪は、大きな舌打ちと共に撤退する。
(か……かっちょいい! 友のピンチに颯爽と登場する。やっぱり、さすが主人公だなぁ~。……あ、いかん、いかん。鼻血が出そうだ……)
フィールドの外からは何度も見ている親友の勇士だったが、目の前で見るとさらに輝いている。
有名スポーツメーカーが特注で作った専用のスーツは、動きやすさのために全体的にタイトでシンプルなデザインだ。薄手のライダージャケットのような上着に、やわらかめのスパッツ。その全体が、白に近いクリーム色をしている。
その基本デザインは単純なものだった。しかし、肩や肘、左胸や膝などの要所に黒い革鎧のようにも見える
その姿を見る度に、倫は改めて思う。
(ああ~ぁ。やっぱり僕に、主人公は無理だ)
そのファンタジーゲームの英雄を思わすような姿に惚れ惚れする。きっと他の者が着てもにあわない。庸介だからこそ、着こなせるのだ。さすが自分が見込んだ主人公だと、倫は改めて心でうなく。
惜しむべきは、こんな主人公の才能あふれる庸介が活躍する場が、
倫としては、ぜひ彼にこの世界のヒーローになってもらいたい。
いや。この世界に、彼をヒーローだと認めさせたい。
だがもちろん、そんなことを倫は顔にださない。
今、顔にだしているのは、上辺だけの冷や汗と安堵感だけだ。
「ありがとう、庸介。足手まといでごめんよ」
駆けよってきた庸介に、倫は手を振る。
すると庸介は、太い男らしい眉毛をかるく八の字にさせた。
「初めての参加だから仕方ねーじゃん。それより……」
「……ん?」
庸介の語尾に、少し苦々しさがこもっていた。
その視線は、去った敵を追っている。
「あいつの動き……なんか気になるな。まさか……」
いつも陽気で笑顔の多い親友の瞳に浮かんだ、真剣さと怪訝さ。
その色に気がつき、倫は思わず鼻息を荒くする。
(なっ……なんて思わせぶりな台詞を……。僕のような脇役じゃ、とても恥ずかしくて言えない! 庸介が言うからかっこいい!)
たまに見せる庸介のこういう姿が、倫は好きだった。普段とのギャップをだせるのも主人公の才能である。
だが、そんな倫の興奮に、もちろん庸介は気がつかない。
「クキリン、HPがやばいな。少しさがってろ。正面はオレがやっから」
「ごめん。頼むよ」
返事を聞くやいなや、庸介はすばやく障害物に身を隠しながら侵攻していく。
フィールドには、大きな岩や壊れた石柱、枯れた巨木などが転がっている。
それらはすべてCGだが、身を隠せる障害物だ。
庸介は、それをうまく使っている。
初めての廃墟マップのはずなのに、もう全容をつかんでいるのだろう。
さすが一五才にして関東エリアトップクラスの実力者と、倫は深く感心してしまう。
離れた場所で、また大きな落雷音。
見ることはできないが、きっともう一人の仲間が、ドラゴンでも召喚して攻撃しているのだろう。
しとやかな顔をした女の子がやるにしては、本当に派手な攻撃だ。
(さすが庸介のヒロインだよなぁ〜)
そう思いながら、倫は先ほどの鉄の壁に身を隠す。
もう初心者たる自分の役目は終わったのだ。
(あとは、ここで隠れてポイントを減らさな――っ!?)
唐突な圧迫感。
倫は、息を呑みこんだ。
正確には、呑みこまされた。
今まで感じたことのない
血の気がひいた。
寒いというより痛いと感じるほどの刺激だ。
「――庸介!」
固まった身体を無理矢理動かし、寒気の襲ってきた方向――庸介の向かった方に、倫は慌てて身を乗りだした。
庸介は先ほど金髪が立っていた辺りに、弓を構えて立っている。
しかし、彼は蝋人形のように固まって動かない。
原因は、その視線の先にあった。
「なっ――!?」
それをとらえた倫は絶句した。
二メートル以上ある鉄の壁の上にいる、それ。
端的に言えば、「バケモノ」だ。
蜘蛛のような、黒い体毛の生えた胴体に、黒光りする蠍の尾。成人男性の腕ほどある八本脚の先端には、人間のような手がついている。そのうちのいくつかは乗っている壁の端をつかんでいた。
頭の上半分を覆うようにある一つの複眼が、ギョロギョロと蠢き、万華鏡のように光を返す。昆虫類の複眼であるため、瞳がうかがえるわけではないから、どこを見ているのかはわからない。ただ、複眼の下にある人の形をした大口。そこから出た長い舌が、まるで倫と庸介を挑発するように向けられていた。
異様だ。
容姿もだが、それより大きさが異様だ。
本体だけで体長五メートルはあり、高さも二メートル以上はあるだろう。
(なんだ……これ。こんな巨大な物が、いきなり……あっ!)
倫は、慌てて
すると、バケモノの姿はそこになかった。
またすぐに
よく見ると、視界の下に今まで見たことのない情報が表示されていたことに気がつく。そこは本来ならば、注視した敵プレイヤーの情報が表示される場所。
(【ARC Type-I】……アークって読むのか? タイプ・アイって……これ、単なるオブジェクト? それにしては……)
その生々しいバケモノの姿は、とても作り物と感じられない。
そもそも、自分たちがやっているのは対人戦で、こんなバケモノとの戦闘など聞いたことがない。
生き物のオブジェクトであるのは、せいぜいゲーム中の
「なあ……。これって、今回のバージョンアップで実装されたのかな?」
呆然と立つ倫に気づいた庸介が、ふりかえりながら話しかけてきた。
作り物だとわかった庸介も、その顔はひきつっている。
もちろん、このゲームの上級者である庸介にわからないことが、初心者の倫にわかるわけがない。
しかし、
――のはずなのだが、それならば先ほどから体を巡っている危機感の正体はなんだろうか。
どうしても倫には、この目の前のバケモノが、ただの映像であるAR(拡張現実)オブジェクトには見えなかったのだ。
バケモノの目が、生きている敵意をこちらに向けてきている。
そう感じられて仕方がない。
でも、そんなはずがない。
生きているはずがない。
「――っ!?」
その不可解さが、倫の判断を鈍らせた。
だから、慌てて庸介に「逃げろ!」と叫んだ時には、バケモノがすでにピクリと動いていた。
バケモノの体全体が、まるで平面の画像が揺れたように波打つ。
その瞬間、バケモノに重なるように「
――シュッ!
風を切る音。
倫は目を疑った。
いや。倫よりも目を疑ったのは、庸介だっただろう。
「えっ?」
水滴型の蠍の尾先が、庸介の背中から顔をだしている。
戸惑いながらも、庸介の両手が、腹に刺さった尻尾を
(……!? なんでつかめているんだ……それに……どうして血が……)
両手で左右からつかんでも、指が触れあわないぐらい太い尾。それを庸介は、しっかりとつかんでいるように見える。
それに倫から見える庸介の背中からは、大量の血が吹きでている。
「ぐっ!」
庸介が口から血を吐きだす。
「そ、そんな……ば……」
倫は慌ててまた
このバケモノは、ゴーグル型の複合型ARディスプレイ(
だから、先ほど外した時にバケモノは見えなくなった。
しかし、今度は違う。
「うそ……」
倫がそうつぶいたのを確認したように、バケモノが尾を庸介から引き抜いた。
倫は確かに見た。庸介の腹部に大きな風穴が空き、反対側の景色が見えてしまっていたことを。
まちがいない。本当に庸介は、刺されたのだ。
「――庸介!」
前に力なく倒れる庸介。
倫は駆けよる。
(なんだよ……なんだよ、これ。今日は単なるAROUSEⅢの発表会だったはずだろう……なんで……)
「なんでいきなり、主人公がやられるんだよ!」
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