第38話 柿本人麻呂の謎

 メガネの<ファイブドラゴンハインドPRプラチナレア>が黒騎士の背後から仕掛ける。

 漆黒の機体はニンジャハインドと同様だが、六枚の翼ですべるように天空を駆ける。

 三龍剣は水、火、風、土、光の属性を備えた<五色龍剣>に進化していた。


 ねじまき姫の<ピンクボトムドールGRゴールドレア>、ハネケの<ホワイトボトムドールGRゴールドレア>、夜桜の<ニンジャハインドGRゴールドレア>は十二聖刀を駆使し、ザクロは<毛抜形太刀けぬきがたたち>、メガネ隊は聖刀<蕨手刀わらびてとう>を振るい、それぞれの固有技で黒騎士に確実にダメージを与えていた。


 何千回もチャレンジしているが、未だ勝てた試しはない。

 メガネには無限に続く敗退の時間に思えた。

 今回も残念ながらあと一息のところで、ねじまき姫の次元転移に辛くも救われた。


「信長様、これ、いつになったら勝てるんですかね?」


 ため息まじりにメガネが嘆いた。


「そうだの。わしが<天女の舞い>を踊らなければ無理かもしれないのう」


「え? そうなんですか? それなら早く踊ってくださいよ!」


 メガネは信長を睨んだ。

 第六天魔王と呼ばれた男にガンを飛ばすとはいい度胸である。

 魔人眼の赤い目で睨み返された。


「メガネ、そう慌てるでない。まだその時ではない」


 信長の表情はふっとやさしくなった。


「わかりましたよ。もう少し頑張ってみますよ」


 ぶーぶー言いながらも、次の戦いに備えて<ファイブドラゴンハインドPRプラチナレア>の整備をはじめるメガネであった。


(メガネ、お前の成長がこの戦いの趨勢を決めるかもしれないのう。本人は自分の成長に気づいてないようじゃが)


(ほんと、頼もしくなりましたね。メガネ君は)


 信長の思念波に清明の式神である雛御前が答えた。

 彼女はふと飛鳥時代にいる安部清明に想いを馳せた。

 あちらの方はどうなってるのか。

 この戦いははじまったばかりであることは確かであった。





        †

 


 

 

「柿本人麻呂? そんな名は聞いたことがない」


 三輪高市麻呂みわのたけちまろは安部清明の質問に首を横に振るのみだった。 

 右手で杖をついて、少し右足を引きずっている。

 おそらく、壬申の乱の戦闘の古傷なのだろう。


 深緋色のゆったりとしたほうの上着に白い袴に黒い履をはき、黒い漆紗しっしゃの冠をつけている。

 飛鳥時代の持統朝の朝服であるが、大三輪おおみわ大神おおみわ高市麻呂みわのたけちまろとも呼ばれ、巻向、箸墓などで行われた天照祭祀を司る古代豪族三輪君の一族である。 

 そこはその箸墓遺跡のすぐそばである。


「おそらく、あなたがその人だと考えてるんですが」


 清明は高市麻呂をじっと見つめながら核心に触れる。

 彼は平安朝の青い狩衣に黒い烏帽子を被っている。

 神霊体から仮初めの身体を生成して実体化している。

 清明は柿本人麻呂について三輪高市麻呂にひと通り説明した。


「私が柿本人麻呂? ははは、それは面白い冗談ですな。確かに、私もお上に諌言して筑紫に流されてますが」


 持統天皇6年(692年)の2月19日、高市麻呂は「農作の節に車駕を動かすべきではない」と持統天皇の伊勢行幸に諌言した。

 が、持統天皇はそれを無視して伊勢行幸を強行した。

 大宝2年(702年)の1月17日、高市麻呂は長門守に任ぜられた後、筑紫国に任じられている。

 持統、藤原不比等による実質的な左遷と思われる。

 伊勢で天照皇大神を祀り、新しい世を創り上げようとしたふたりには、古い伝統にこだわる高市麻呂を目障りだと考えたのだろう。


柿本人麻呂といえば、万葉集で第一の和歌の名手であり、歌聖、三十六歌仙にも数えられる。

 それでありながら、朝廷の公式記録にはその名はなく、謎の人物とされている。

 誰でも知ってる有名な歌人でありながら、その素性がわかってないのだ。


 梅原猛著『水底の歌-柿本人麻呂論』では、人麻呂は朝廷の高官であったが政争に巻き込まれて、現在の島根県益田市(石見国)で水死刑にあったという大胆な仮説を展開している。


 が、柿本人麻呂は作家のぺンネームのようなものだと考えれば、彼の正体がおぼろげながら見えてくるのではないかと思う。

 三輪高市麻呂こそが、その有力候補のひとりである。


「清明殿、どうやら、また、刺客が来たようです。私の後ろに隠れて下さい」


 三輪高市麻呂は仕込み杖から直刀をゆっくりと抜いた。

 周囲に複数の殺気があった。


 その刀は呉竹鞘杖刀くれたけさやじょうとう、後に正倉院に納められた七星剣のひとつである。

 竹の包みに被われた木鞘に納められた仕込み杖刀である。

 聖武天皇が儀礼用に使用していた仕込み杖だとも言われている。


「高市麻呂殿、私も少々術を使えます。後陣はお任せあれ」


 清明は咒符じゅふを取り出して息を吹きかけると、周囲に円陣のような陰陽守備陣が現れた。


「なかなか」


 高市麻呂も清明の怪しい術に物怖じしてなかった。

 歴戦の戦士の風格が漂う。


 一斉に農民姿の刺客が現れる。

 が、高市麻呂は迷わず突進し、左右に杖刀を振るう。

 そのきびきびした動きはとても役人のものではなく、壬申の乱の歴戦の勇士の姿が蘇っていた。

 まもなく、二十名あまりの刺客はむくろとなり、後には高市麻呂のみがすっくと立っていた。

 

「杖刀人―――そなたは天子を護る武人の家系ですな、高市麻呂殿」


 清明は高市麻呂の本質を見抜いていた。

 杖刀人とは五世紀頃、古墳時代の近衛兵の役職名である。

 埼玉県の稲荷山古墳出土の鉄剣銘に「杖刀人」とある。


「弟子にして下さい!」


 突然、安東要が駆け寄ってきて、高市麻呂の前に跪いた。


「………弟子?」


 さすがの高市麻呂もあっけに取られていた。

 清明は要のミニスカ姿に恥じ入っていた。

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