第38話 柿本人麻呂の謎
メガネの<ファイブドラゴンハインド
漆黒の機体はニンジャハインドと同様だが、六枚の翼ですべるように天空を駆ける。
三龍剣は水、火、風、土、光の属性を備えた<五色龍剣>に進化していた。
ねじまき姫の<ピンクボトムドール
何千回もチャレンジしているが、未だ勝てた試しはない。
メガネには無限に続く敗退の時間に思えた。
今回も残念ながらあと一息のところで、ねじまき姫の次元転移に辛くも救われた。
「信長様、これ、いつになったら勝てるんですかね?」
ため息まじりにメガネが嘆いた。
「そうだの。わしが<天女の舞い>を踊らなければ無理かもしれないのう」
「え? そうなんですか? それなら早く踊ってくださいよ!」
メガネは信長を睨んだ。
第六天魔王と呼ばれた男にガンを飛ばすとはいい度胸である。
魔人眼の赤い目で睨み返された。
「メガネ、そう慌てるでない。まだその時ではない」
信長の表情はふっとやさしくなった。
「わかりましたよ。もう少し頑張ってみますよ」
ぶーぶー言いながらも、次の戦いに備えて<ファイブドラゴンハインド
(メガネ、お前の成長がこの戦いの趨勢を決めるかもしれないのう。本人は自分の成長に気づいてないようじゃが)
(ほんと、頼もしくなりましたね。メガネ君は)
信長の思念波に清明の式神である雛御前が答えた。
彼女はふと飛鳥時代にいる安部清明に想いを馳せた。
あちらの方はどうなってるのか。
この戦いははじまったばかりであることは確かであった。
†
「柿本人麻呂? そんな名は聞いたことがない」
右手で杖をついて、少し右足を引きずっている。
おそらく、壬申の乱の戦闘の古傷なのだろう。
深緋色のゆったりとした
飛鳥時代の持統朝の朝服であるが、
そこはその箸墓遺跡のすぐそばである。
「おそらく、あなたがその人だと考えてるんですが」
清明は高市麻呂をじっと見つめながら核心に触れる。
彼は平安朝の青い狩衣に黒い烏帽子を被っている。
神霊体から仮初めの身体を生成して実体化している。
清明は柿本人麻呂について三輪高市麻呂にひと通り説明した。
「私が柿本人麻呂? ははは、それは面白い冗談ですな。確かに、私もお上に諌言して筑紫に流されてますが」
持統天皇6年(692年)の2月19日、高市麻呂は「農作の節に車駕を動かすべきではない」と持統天皇の伊勢行幸に諌言した。
が、持統天皇はそれを無視して伊勢行幸を強行した。
大宝2年(702年)の1月17日、高市麻呂は長門守に任ぜられた後、筑紫国に任じられている。
持統、藤原不比等による実質的な左遷と思われる。
伊勢で天照皇大神を祀り、新しい世を創り上げようとしたふたりには、古い伝統にこだわる高市麻呂を目障りだと考えたのだろう。
柿本人麻呂といえば、万葉集で第一の和歌の名手であり、歌聖、三十六歌仙にも数えられる。
それでありながら、朝廷の公式記録にはその名はなく、謎の人物とされている。
誰でも知ってる有名な歌人でありながら、その素性がわかってないのだ。
梅原猛著『水底の歌-柿本人麻呂論』では、人麻呂は朝廷の高官であったが政争に巻き込まれて、現在の島根県益田市(石見国)で水死刑にあったという大胆な仮説を展開している。
が、柿本人麻呂は作家のぺンネームのようなものだと考えれば、彼の正体がおぼろげながら見えてくるのではないかと思う。
三輪高市麻呂こそが、その有力候補のひとりである。
「清明殿、どうやら、また、刺客が来たようです。私の後ろに隠れて下さい」
三輪高市麻呂は仕込み杖から直刀をゆっくりと抜いた。
周囲に複数の殺気があった。
その刀は
竹の包みに被われた木鞘に納められた仕込み杖刀である。
聖武天皇が儀礼用に使用していた仕込み杖だとも言われている。
「高市麻呂殿、私も少々術を使えます。後陣はお任せあれ」
清明は
「なかなか」
高市麻呂も清明の怪しい術に物怖じしてなかった。
歴戦の戦士の風格が漂う。
一斉に農民姿の刺客が現れる。
が、高市麻呂は迷わず突進し、左右に杖刀を振るう。
そのきびきびした動きはとても役人のものではなく、壬申の乱の歴戦の勇士の姿が蘇っていた。
まもなく、二十名あまりの刺客は
「杖刀人―――そなたは天子を護る武人の家系ですな、高市麻呂殿」
清明は高市麻呂の本質を見抜いていた。
杖刀人とは五世紀頃、古墳時代の近衛兵の役職名である。
埼玉県の稲荷山古墳出土の鉄剣銘に「杖刀人」とある。
「弟子にして下さい!」
突然、安東要が駆け寄ってきて、高市麻呂の前に跪いた。
「………弟子?」
さすがの高市麻呂もあっけに取られていた。
清明は要のミニスカ姿に恥じ入っていた。
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