第37話 恐怖の大王

 1999年、7か月、

 空から恐怖の大王が来るだろう、

 アンゴルモワの大王を蘇らせ、

 マルスの前後に首尾よく支配するために。


 有名なノストラダムスの予言の一節である。

 が、この予言は成就されることなく、世紀末も訪れることもなく、次の世紀は無事に到来した。

 そして、今、信長の目の前にその『恐怖の大王』が出現しようとしていた。


「なんじゃ、あれは―――」


 信長をして絶句させるような巨大な影が湖と化した備中高松城の上空に出現していた。


 それは漆黒の人形ひとがたをしていた。

 <黒騎士ブラックナイト>と呼ばれるその機体は、遠く銀河系の中心核から送り込まれてきた魔天使たちの尖兵であった。

 魔天使たちの超科学によって造られた巨大人形兵器であった。


 一万三千年前から地球の軌道上を周回している謎の<黒騎士衛星ブラック・ナイト・サテライト>は超古代に魔天使によって造られた次元回廊ワープゲートのひとつである。

 魔女の騎士ベアトリスナイトのリカルド・バウアーはこの古代兵器を使用して安東要たちを苦しめたが、本来の役割は魔天使たちの機動兵器、軍勢を銀河系の各地に転送するためのものである。


(清明様の予言にあった恐怖の大王、<黒騎士ブラックナイト>が出現しました。このままでは信長隊は全滅します。至急、連絡をお願いします!)


 雛御前は異世界通信で遠く飛鳥時代にいるはずの安部清明に思念波テレパシーを送った。


(そうか、現れよったか。まあ、予定通りじゃな)


 清明から意外な返事が返ってきた。


(予定通り? 時機尚早の間違いでは?)


(いや、間違いではない。雛御前、良く聴け。そのまま全滅しても・・・・・・・・・問題ない・・・・


(どういうことですか?)


 清明の言葉が信じられなくて、雛御前は思わず訊き返した。


(その次元ルートは閉鎖する。<ねじまき姫>がすでにそこにいる)


(……ねじまき姫。了解しました)


 雛御前はようやく事態を把握した。


 


      †

  

 


 哲学者や物理学者によれば「時間とは存在しないもの」であると言われている。

 時間が存在するという物理学的根拠はなく、時間とは意識や記憶の中にしかない。

 つまり、時間とは人間の記憶と意識が創りだした幻想である。 


 実際は四次元時空連続体の座標の中に過去、現在、未来が同時に存在し、そこを移動することで自由に未来や過去に移動できる。

 常にその時が現在であるとも言えるし、そういう意味では未来の可能性は無限とも言える。


 人はその移動の履歴の記憶を『時間として認識』するが、人類の限定された意識では四次元時空連続体の広がりを認識できない。

 物質的身体を超越した安部清明のような神霊になってはじめて、四次元時空連続体を認識可能になり、時間が空間座標の移動履歴の残像であることを悟る。


 「次元ルートの閉鎖」とは、その時空間座標の放棄を意味する。

 未来の選択の可能性は狭まってしまうが、この「時空間戦争」が陣地取りのようなものだと考えれば戦略的撤退も有効である。


 桜色の<ボトムドール>が<黒騎士ブラックナイト>の眼前に立ちはだかった。


「<ねじまき姫>! どこから湧いて出たんだ!」


 メガネがちょっと驚いていた。


 <ボトムドール>は<シープホーン>と呼ばれる特徴的な羊のような頭部に、左右六枚の翼をもつ女性型のスリムな機体である。

 そもそもこの機体は<ねじまき姫>というプレーヤー専用の機体とも言える。

 ネットゲーム<刀剣ロボットバトルパラダイス>ではあまりにレアすぎて所有しているプレーヤーは彼女と、彼女から白いスペア機体をもらったハネケだけだと言われている。

 まあ、ハネケは機体カラーを桜色に勝手に変更しているが、そもそも迷彩装甲ステルス仕様なのだから環境によってカメレオンのように変更可能である。


「全滅必至だけど、ちょっと暇つぶしに足掻いてみるわよ」


「いや、普通に無理ゲーだと思う」


 メガネが答える。


「いいのよ。全滅しても。これはゲームよ・・・・・・・、やり直しは効くわ」 


 <ねじまき姫>はネットゲーム<刀剣ロボットバトルパラダイス>のトッププレーヤーである。

 彼女がいれば、ゲームならば、<黒騎士ブラックナイト>を倒せるかもしれない。

 そう思わせるものが彼女にはあった。


(メガネ君、<ねじまき姫>には現実のゲーム化能力があるわ)


 雛御前から思念通信テレパシーが入る。


(現実のゲーム化能力?)


(清明様によると、彼女は<時の女神>と呼ばれていて、強力な時空間転移能力を持ってるの)


(つまり、全滅した時空間から他の時空間に全員を転位させる能力ですか? ゲームをリセットするように)

 

(そういうことになるわね)  


「メガネ隊長、<スケルトン中華ロボ戦>を思い出しますね」


 メガネが振り返ると、いつのまにかザクロとメガネ隊のメンバー数十機が勢揃いしていた。

 <ボトムストライカー>数十機が突撃陣形で待機している。

 なかなか壮観な眺めであった。 


「わしも加えてもらおうか」


 信長と天海も式鬼<金鋼コガネ ゼロ>、式鬼<銀鋼シロガネ ゼロ>にそれぞれ搭乗している。


「もちろん!」


 メガネはにっこりと笑った。


 今のメガネたちの力では<黒騎士ブラックナイト>は倒せないかもしれない。

 だけど、これがやり直し効くゲームならば、徐々にレベルアップしていけばいつか倒せる。

 <刀剣ロボットバトルパラダイス>というネットゲームの中で、メガネたちはそうやって戦ってきた。 

 このゲームならば、誰にも負けないという自負がある。

 

「みんな、起動突撃をかけるぞ! 俺に続け!」


 メガネはブレードローラーで大地を蹴って突進する。

 未来に現れる恐怖の大王<黒騎士ブラックナイト>は、彼らがいつか倒すべきラスボスにすぎなくなっていた。

 恐怖はゲームクリアへの期待に変わっていく。

 メガネは<水龍剣>抜いて大きく振りかぶった。

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