第36話 水火風龍剣

「メガネ君、これを受け取って!」


 天龍の甲板に現れた雛御前が紅い剣を投げた。

 今日の出で立ちはきらびやかなミニスカ十二単衣じゅうにひとえである。

 安部清明の式神だけあって、自分の身長の倍ほどあろうかというボトムストライカー用の剣も軽々と扱っている。何か陰陽道の術を使ってるのだろう。


 メガネはブーメランのように飛来する剣をボトムストライカーの左手で受け取った。


「火龍剣です。清明さまからの贈り物ですよ。それを使って倒しちゃってください」


 と気軽に言い放つ雛御前である。

 とりあえずやってみるか!と開き直るメガネである。


「火龍剣!」


 水龍剣を背中の鞘に仕舞い、右手に火龍剣を構えて炎を放つ。

 当然ながら、瞬時とはいかないが、じわじわと炎龍が氷結していく。


「ダメじゃん!」


 黄金色の狼男姿の≪犬神いぬがみ≫が突っ込みを入れる。


「こりゃ、あかんわー」


 ニセ関西弁で嘆くのは猫娘姿の使い魔である≪猫鬼びょうき≫である。

 黒いおかっぱ頭に可愛らしい小さなツノが生えている。


「やっぱり、ダメだったかな」


 雛御前は黄金色の瞳を細めて残念そうな表情である。


「わかっとったら、渡すな! 何か他のものはないのか?」


 メガネは完全に雛御前の宝貝パオペイ、秘密兵器頼りになっている。


「では、仕方ないわね。さあ、風龍剣よ、受け取って!」


 メガネは風龍剣を左手で受け取ったが、右手の火龍剣が邪魔である。


「それ、合体機能があるから、水龍剣と一緒にまとめちゃって」


 雛御前が解説する。

 メガネが火龍剣と風龍剣を重ね合わせると、ゆっくりと融合していく。

 それと背中の水龍剣をまた融合させるとひとつの剣となった。


「三龍剣と呼べばいいよ。風龍剣を使いたい時は<風龍剣>と叫べば機能が切り替わります」


「なかなか便利だな」


 メガネは三龍剣を構える。


「風龍剣!」


 と叫ぶと風龍が現れて、魔導師レッセ・テスラに襲い掛かる。 

 さすがに、風龍を凍らせるのは不可能らしく、レッセ・テスラは空を滑るように遠くに逃げ去る。


「うわぁ!」

 

 メガネが悲鳴を上げる。

 レッセ・テスラの放った氷龍がメガネのボトムストライカーに巻きついて締め上げていた。


「メガネ、大丈夫か?」


 信長がひとごとのように訊いてくる。

 まあ、他人事だが。


「大丈夫ではないです。機体が凍り始めてます」


「困ったわね。さて、どうしたものか」


 雛御前は腕組みして考えている。


「早くしてください! や、ば、い、で、す」


 マイナス10℃。

 メガネは下がり続けるコクピット内温度に思考さえもこごえはじめてるようだった。


「仕方ないか、火炎陣!」


 雛御前が白羽扇びゃくうせんを一振りすると、火炎がレッセ・テスラの氷龍を焼き払う。

 氷龍が一瞬で消滅した。


「清明様からメガネ君を鍛える言われてたのに、困ったものね」


 雛御前は小声で愚痴ったが、幸い、メガネ君には聴こえてないようだった。

 

「助かりました」


 メガネは虫の息である。


「やれそうか、メガネ?」


 信長が訊いてくる。


「大丈夫です。やります」


 何の根拠もないが、気合で言ってみる。


「では、任せる」


 信長は言い切った。


「さて、どうしたものか」


 とは言ったものの何の策も思い浮かんでいなかった。

 メガネは思考を組み立て始める。

 水龍、火龍剣は効かないし、風龍剣は通用するが破壊力はないし。

 中途半端だな。

 いや、使い道はある。

 上手く組み合わせれば。

 

「水龍剣! 火龍剣!」


 メガネは水龍と火龍を同時召喚してレッセ・テスラに叩きつける。

 が、瞬時に凍りはじめる。


「風龍剣!」


 メガネは凍ってしまった水龍と火龍を風龍に乗せる。

 氷龍と化したふたつの龍は、氷の槍となって風の翼を得てレッセ・テスラの氷龍を砕く。


「名づけて<水火風龍剣>かな。<水火風龍剣>、乱れ撃ち!」


 メガネは水火風龍を連続生成して、レッセ・テスラを圧倒していく。

 心なしか、魔導師の黒フードの奥の紅い目に焦りが見えた。


 圧倒的な数の氷槍がレッセ・テスラの氷龍を砕き尽くし、レッセ・テスラの身体にも氷の槍が突き刺さる。

 メガネはトドメの一撃を浴びせるためにレッセ・テスラに突進した。

 

「また、会いましょう」


 レッセ・テスラはそんな言葉を残して空中に消えた。

 後には血のついた魔導師の黒フードが残されていた。

 かなりの深手を負っているはずだ。


「空間転移か?」


 メガネは呆然と空を見上げた。


「見事な戦いだったな。メガネ」


 信長はそう励ましてくれたが、何ともほろ苦い勝利であった。


  

 

 

      †





 その頃、石井山の裏手から夜桜とハネケが秀吉の本陣に迫っていた。

 

「ハネケさん、もうすぐ本陣です」


 漆黒のニンジャハインドを駆る夜桜に、迷彩装甲ステルス仕様の元は桜色のボトムドールが付き従っている。

 機体は周囲の景色に溶け込んでいて、無音ホバー航行で気づかれずに本陣に近づいていた。


「メガネ隊長は勝ったみたいね」


 ハネケは薄氷の勝利とはいえ、少しほっとしていた。


「何よりです。しかし、あの雛御前という式神さん、相当な力を持ってるな。さすがに安部清明様の一番の式神と言われることだけある」


 夜桜も実況モニター越しに雛御前の実力を知った時点で勝ちは見えていたが同じく安堵していた。


「信長様の意向で、豊臣秀吉は殺さずに生け捕りにするのが基本だけど、どんな男なのかな?」


 ハネケが訊いてくる。


「猿に似ているとうことだけどな」


 夜桜機が停止した。

 ハネケもそれに倣う。

 秀吉の本陣の上空に小型ステルスドローンを飛ばして様子を探る。

 カメラが秀吉らしき人間の表情を捉えた。


「あれ、何か爬虫類みたいで気持ち悪い。目なんかダークグリーンよ」


 ハネケは悪寒を覚えて鳥肌が立ってきた。


「―――これは、不気味な風体の男だな」


 夜桜も背中に冷たいものが流れるのを感じた。

 秀吉の映像は信長たちにも送られている。


「猿から蛙にされてしまったか」


 信長も高性能異世界通信スマホで秀吉を見ながら、魔女ベアトリスの関与を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る