第35話 義将、清水宗治

 本丸に案内された信長一行であったが、清水宗治との面会もすんなりと叶ってしまう。


「城主の清水宗治である」


 静かな湖のような瞳が信長を見据える。

 清水宗治は緋色と薄い黄土色の糸で編まれた古風な甲冑姿で、座敷の上座に胡坐をかいて信長を見下ろしていた。

 頭には黒い烏帽子を被っている。


「名将、清水宗治殿、噂はかねがね聞き及んでいる。単刀直入に言うが、わしと共に戦ってもらえぬか?」


「信長殿、それはどういう意味ですかな?」


 清水宗治は柔和な茄子型の顔の切れ長の目をさらに細めた。


「近い未来に、この日ノ本の国で大戦おおいくさが起こる。その戦で共に戦ってもらいたいのだ」


「一体、その戦では何者と戦うのかのう?」


「安部清明殿の予言では魔女ベアトリスの艦隊であると言われている。わしを本能寺で暗殺しようとした光秀を背後で操っていた者だ」 


「安部清明と言えば平安時代の方ではなかったかな。しかし、信長殿にもあの魔女の姿が見えていますか?」


 清水宗治は少し驚いているようだった。

 メガネはそんなことを知っている清水宗治に対して驚いていた。

 

「清水殿の家紋は<三つ盛三頭右巴みつもりさんとうみぎどもえ>、小早川家の家紋の<三頭右巴さんとうみぎどもえ>と同じ右巴紋ですな。巴紋の由来は火起こしの神事、それで作られる勾玉であり、転じて、流水紋だとも言われている。が、本質は陰陽五行、神社の巴舞の神事にも関係している」


「左様、巴紋は神社によく使われている家紋であり、武運の神である八幡神を表す紋様でもあります」


「そなたも<天鴉アマガラス>の血脈でしたか」


 信長は深く納得しているようだった。

 メガネにはさっぱり分からなかったが。


「<天鴉アマガラス>? それは違うかも知れぬ。が、吉備の国は道術、陰陽道の開祖である吉備真備公がおられました所でもあります。似たようなものかも知れませんな」


 清水宗治は切れ長の目を三日月のように細めて笑った。

 

「では、一緒に来てもらえるのかな、清水殿」


「………残念ながら、私はここで死ななければいけない。秀吉が許さないでしょう」


「いや、サルなら、わしが説得する」


「信長殿、秀吉はすでに魔女ベアトリスの手中」


「―――まさか!」


「信長殿を暗殺しようとした一味のひとりが黒田官兵衛です」


「そうか、キリシタンか」


「九州の大友、有馬、高山右近、細川、伊達などのキリシタンと関係あるものは全て敵だと思った方がよろしいかと」


「なるほど」


 信長は嘆息する。


「さて、信長殿、私はそろそろ、秀吉の本陣に参らねばならない」


 清水宗治はまるで楽しみにしていた鷹狩りにいくような口ぶりで信長に告げた。

 秀吉は名将、清水宗治を惜しんで、切腹の前に本陣に招いて酒を飲み交わしたという。





     †





「秀吉様、清水宗治を迎えにやった小舟が帰って来ます」


 黒田官兵衛は備中高松城の南東に位置する、秀吉の本陣である石井山から眼下を眺めていた。 

 

「官兵衛、小舟に信長が見えるぞ。本能寺で殺したはずではなかったのか?」


 秀吉の両目は不気味なダークグリーンの光が宿り、まるで爬虫類のような表情をしていた。

 秀吉は官兵衛の裏切りにより、魔女ベアトリスの術中にあった。


「私が片付けて参りましょうか?」


 秀吉の前に跪いている魔導師レッセ・テスラは黒いフードの奥に紅い瞳を輝かせていた。

 彼女はチート魔導師アリス・テスラの妹である。

 通り名は<氷の魔導師>と呼ばれていた。


「そうじゃの。清水宗治共々、殺してしまえ」


 冷酷な言葉を吐いた秀吉には本来の人情深い心は片鱗も残ってないようだった。


「では、行って参ります」


 魔導師レッセ・テスラはそう言い残すと、その場から忽然と消えた。

 





     †



 



「雪? いや、これは氷のつぶてか!」


 信長は小舟で立ち上がると、頬をかすめた氷滴が次第に大きくなって、狂暴な嵐となっていくのを<魔人眼>で予見した。

 そばには清水宗治と供の者も数人乗っている。


「三日月の陣!」


 天海がいつのまにか式鬼<銀鋼 零>で備中高松城水攻めの湖上に現れていた。

 三日月形の光が氷礫を跳ね返して、信長の小舟を囲んで防禦陣ぼうぎょじんを展開する。

 機体はホバーシステムによって湖の水面みなもに浮き上がっている。

 

「水龍陣!」


 メガネが<ボトムストライカー>の腰の<水龍剣>を引き抜くと、湖の水の中から巨大な<水龍>が現れた。

 機体はやはりホバーシステムで信長の小舟の前に湖上を滑るように布陣する。


「メガネ隊長の<水龍陣>は久々ね」


 天龍の外部モニターを観ているハネケはすっかり元気になっていた。

 金髪碧眼、モデルのようなスタイル抜群の美少女である。

 純白の軍服にミニスカ、やはり純白のブーツを履いている。


「確か、同じ湖上地形の『ラタン城攻略戦』以来かな」


 夜桜も懐かしそうに言った。


「この抜群の地形効果ならメガネ隊長の独壇場どくだんじょうかな」


 歴戦のハネケの戦闘予測は結構、精度が高い。


「それはどうかな。ほら、チート魔導師のお出ましだ。しかし、この前のチート魔導師と雰囲気違うな」


 夜桜の視線の先のモニターに<氷の魔導師>レッセ・テスラが現れた。

 氷の礫がいつのまにか、氷の槍に変わって信長たちに襲いかかっている。

 が、天海の<三日月の陣>が驚異的な防禦力で氷の槍を砕いていく。


「八水龍の術!」


 メガネの操る巨大な水龍が八つに増殖しさらに巨大化していく。

 竜巻のように湖の水が空中に舞い上がり、水龍となっていく。

 水攻めで湖のようになっていた地形が干上がり、備中高松城が元の沼城に戻っていく。

 八水龍が<氷の魔導師>レッセ・テスラに襲いかかった。


こおれ!」


 レッセ・テスラが針金のような多関節の六本指の右手をかざすと、八水龍が次々と凍結していく。

 

「嘘だろ」


 渾身の必殺技を封殺されたメガネの額に汗がにじんでいた。

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