第34話 宗治蓮
「織田信長である! 城主の清水宗治殿にお会いしたいが、如何かな?」
(いきなり、単刀直入ですが、そんなものが通用するとお思いですか!)
とメガネは心の中で突っ込んでいた。
そこは備中高松城の外側の田んぼの上であった。
備中高松城は秀吉にして天下の名城と言われているが、三方を沼に囲まれ、堀も深く全く背が立たない程なので、兵馬が攻め入ることが全く出来ない難攻不落の城であった。
石垣もない土塁で築かれた城なのだが、沼の上に城が浮いていると言った方がいいだろう。
本丸と二の丸は島のようであり、周りは深い堀に囲まれ、小舟に橋を渡して連絡していて、三の丸は船着場も兼ねていて、三の丸と周囲の武家屋敷のある土地がぐるりと本丸、二の丸を長細い半円形というか、コの字型に囲んでいるような構造であった。
周囲との連絡も小舟で行うような有様であった。
そこに名将、清水宗治の精鋭が五千人ほど籠城していた。
季節も梅雨時で田畑も水びたしだし、官兵衛でなくても水攻めぐらいしか思いつかなっただろう。
秀吉方の宇喜多勢が一度、攻め寄せようとしたが、田んぼに足を取られてるうちに弓矢で射られて散々な目にあっていたのだ。
だが、メガネの予想に反して、船着場を兼ねている三の丸から
「信長殿、直々のお越しかたじけない。三の丸に
何とも挑戦的な答えであった。
「いざ、参ろう!」
信長も負けてはいない。
式鬼<
仕方ないので、天海と一緒にメガネも後に続く。
「ほう、流石、信長殿! 見事ですな。では、本丸に案内致しますが、その鎧はここにおいて行って下され」
三の丸を守っていた武士は平然としてそう言い放った。
内心はともかく、武装解除の口上がイカしていた。
「これは失礼した。鎧というより馬のようなものなので、ここに置いてゆこう」
信長も自然な流れで式鬼<
天海、メガネも当然のようにミニスカ、ニーハイソックス姿であった。上半身は普通の鎧だけど。
「さすが、織田信長! 何とも奇っ怪な伴天連姿かな」
と和歌でも詠みそうな驚き声が背後から聴こえてきた。
武士の先導で三の丸から二の丸に渡ったが、並べられた小舟に板が掛けてあって、それを外せば二の丸は独立した砦のようになっていた。
砦というより島のようなものなのだが、二の丸から本丸も同様に板の上を渡って行くことになった。
本丸は小高い丘のようになっていて、後世に備中高松城が田んぼの中に埋没しても、本丸だけは依然として存在していたらしい。
本丸から二の丸、三の丸が推定され、現在では記念公園として再生された後に、本丸周囲の沼地から蓮の花が四百年ぶりに咲いて『宗治蓮』と名付けられた。
七月になれば本丸周辺の沼地にも綺麗な蓮が咲くだろう。
だが、史実によれば清水宗治はそれを見ることなく、船上で切腹することになるはずだ。
信長の中にふと奇妙な感情が浮かび上がってきて、いけないアイデアが脳裏によぎった。
それはある意味、理に叶ったものだったが、本能寺の変で失われるはずだった自分の命の使い処を熟考した結果でもあった。
「メガネ、いい知恵が浮かんだのだが、聞きたくはないか?」
信長は不穏な発言をした。
嫌な予感しかしないのだが。
「できれば遠慮したいところですが、どうせ聴くことになるので、素直に聞いておきます」
メガネはちょっとグレていた。
「まあ、何でもよいが、わしはこれから最終決戦に挑む武将を集めようと思う」
「………」
まあ、ここは大人しく聞いておこう。
「天海とサルと家康は当然だが、新規メンバーは歴史上、
「はあ」
「気のない返事だな。まあ、よい。先日、キンドルで『戦国機動隊』というSF小説を読んだのだが、『歴史の修正力』なるものがあるとすれば、それが最も抵抗が少ない策だと思う」
「それはいい考えだと思いまする」
天海が意見を述べた。
「わしも一度は亡くした命である。天海、光秀もそうじゃ。失われる運命の命に最後はぱっと大輪の華を咲かせてやりたいと思う。四百年後にこの沼地に咲くだろう『宗治蓮』のようにな」
信長は本丸横の沼地を見つめながら深く嘆息した。
まだ六月、蓮が咲くには早い。
だが、信長の目には大輪の蓮の花が視えているのかもしれない。
メガネは何故か、少し涙ぐんで胸が熱くなった。
一度は死を覚悟して、本能寺で生まれ変わった信長は後の歴史を知り、己の使命を悟ったのかもしれない。
「やっぱり、名前は<死人軍団>とかかな。白装束で統一するか。兜の紋章は三角形がよいな。逆さ三角を組み合わせて六芒星にすれば陰陽道の加護も受けられて魔法攻撃耐性も上がるじゃろう」
が、期待通りに余計な独り言をいう信長である。
感動した自分が馬鹿だったかもしれないと深く後悔するメガネであった。
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