第10話 安倍清明の予言書

「清明さまの書かれたこの予言書によれば、この後の展開としては我々は『本能寺の変』に遭遇することになっています」


「『本能寺の変』? メガネ君、その本貸してくれますか?」


「いいですよ」


 安東要は興味深げにメガネ君の本を読み始めた。

 確かに『安倍清明の予言書』と書かれている。

 著者近影には麻布晴嵐あざぶせいらんという何かヨガの行者風の写真があったりする。

  

「メガネ君、この麻布晴嵐あざぶせいらんって誰なの? しかも、これって文庫本じゃない?」


「いや、昨年、新書版で初版が出たんですが、100万部のベストセラーになって、今年、文庫が発売になりました。麻布晴嵐あざぶせいらんは宗教家というか、東大を卒業してヨガの教室を経営してたんですが、信者と共に『地下鉄ヘリウムガス事件』を起こしてしまって、公序良俗を乱したということで昨年まで刑務所に収監されてました」


「『地下鉄ヘリウムガス事件』って?」


「それは麻布晴嵐あざぶせいらん一党が、東京の地下鉄に大量のへリウムガスを撒いた事件で、『暗い世の中なんで、地下鉄に乗ってた人の声を変声にして笑いを与えたかった』というふざけた動機だったらしくて、一部では評価されたんですがね。電車の全車両に撒いてしまって、さすがにそれでは冗談では済まされない規模でしたからね。警察に御用になってしまった訳です。それにへリウムガスは12歳以下に多いらしいですが、嘔吐や意識を失うこともあるので結構、危険でもあります。この前、アイドル歌手が意識不明で病院に搬送された事件もありましたからね。それで、その麻布晴嵐あざぶせいらんが刑務所の中で書いたのが、この『安倍清明の予言書』という訳です」 


 メガネ君は当然のように言い放った。

 いや、この世界ではそういうことになってるんだ。

 何か嫌な予感しかしないが、晴明さまに訊いてみようかな。


(晴明さま、この予言書というのは?)


(それはなあ、わしが麻布晴嵐あざぶせいらんに書かせたものじゃよ)


 ぬけぬけと言いやがった。


(『本能寺の変』って、どういうことなんですか?)


(ほら、東日本を救うための残りの25%の条件が残ってたろ。そのうちの20%が『本能寺の変』で死んだはずの信長を救出するというものなのじゃ)


 さらっと言いやがった。


(そうなんだ。それでそんなことを、一体、どうやって実現するんですか?)


(実現するも何も、そろそろ着くころなので準備した方がいいぞ)


(着くって? どこに?)


(本能寺じゃよ)


 当然のように言いやがった。

 そこへ横からメガネ君が口を挟んできた。


「かなめちんが驚くのも無理はないですが、作戦参謀の私からこれまでの話を整理して説明いたします」


「はあ、説明してくれ」


「この『安倍清明の予言書』によれば、かなめちんのいる世界で東日本大震災が起こった原因は、今、僕らのいるこの並行宇宙パラレルワールドで起こったある戦いが原因だといいます。それは長くなるので置いとくとして、東日本を救う条件というのが、神沢優さんと月読波奈ちゃんを味方につけるというのが50%、そして、かなめちんとお父さんの安東龍一郎さんとの和解で25%、残りの25%のうち、20%が信長さんの救出ということになります」


「なるほど、整理はついたけど、残りの5%が気になるが」


「残り5%ですね、『信長さんを救出すれば何とかなるに違いない!』と曖昧なことが書かれてあってですね。よく分からないんですね」


(わしにもわからないことがあるんじゃな、これが、てへ)


(てへ、じゃないでしょ!)


 これ、最後の方に何か落とし穴がありそうな予感がするね。


 その時、安東要の乗る式鬼≪銀鋼シロガネ ゼロ≫に後楽組(最前線で戦っているグループで、お蔭で後方の部隊が楽になるという意味)を指揮している神沢優隊長から心話通信テレパシーが入った。


(こちら、神沢優です。メイドロイド100体の掃討は終わりました。こちらの被害は負傷者は多数出てますが、幸い、みんな無事です)


(かなめちん、波奈も元気だよ)


(了解。ご苦労だった。迷宮の要所の守備隊を残して交代で休息を取ってくれ)


 安東要はふたりの無事の報告に安堵のため息をもらした。


 ちなみに、式鬼≪銀鋼シロガネ ゼロ≫に搭乗していた老人三人が休憩中にこんにゅくゼリーをのどに詰まらせて名誉の戦死をしてしまっていた。

 ≪零式妄想式超光速12Dプリンター≫の高性能すぎる触感、味覚再現機能が仇になってしまったようだ。

 結局、現在、生存してるのは要の近衛兵を務めているすぎさん、でんさん、げんさん、パクさんの≪杉田玄白カルッテット≫のみで、残された式鬼≪銀鋼シロガネ ゼロ≫には安東要と神沢優と月読波奈が搭乗することになった。

 ただ、メガネ君が三人と楽しげに談笑する姿が目撃され、一時、暗殺説という黒い噂が流れたが、事件の真相は文字通り迷宮入りとなった。 

 



 その時、次元隔離で時空を漂流していた迷宮がどこかに衝突したのか、凄まじい震動が要たちを襲った。


(晴明さま、迷宮がどこかに繋がったようです)

  

 最前線の神沢優隊長から再び、心話通信テレパシーが入る。


(何か忍者みたいなのが湧いて出ました! これから応戦します!)


 どうも最前線ではすでに戦闘に突入したようだ。

 ドローンヘリコプターオタクの偵察映像が要の機体のモニターに映像を映し出した。


 後楽組の『パーフェクトレッドソルジャーキリオ』オタクと『魔法少女魔女っまゆちゃん』が前に出て忍者部隊に襲い掛かっていった。


 その後方で一般兵はこの世界で大人気の≪刀剣ロボットバトルパラダイス≫というゲームに出てくる人形装甲兵装に搭乗していた。

 一般兵もロボット用のお気に入りの日本刀を抜刀して戦闘準備に入る。 

 忍者の放った炸裂弾で煙幕が張られ、戦場が混乱していく。

  

(晴明さま、これは一体、どこに繋がったんでしょうか?)


 要が晴明に尋ねる。


(おそらく、本能寺の脱出用の地下トンネルじゃ)  

 

(あの忍者は?)


(推測にすぎないが、たぶん、服部忍軍じゃな)


(では、やはり、『本能寺の変』の黒幕は家康なのですか?)


(そうとも言えない。服部家は徳川に仕える前に将軍足利義輝にも仕えてるからな)


(足利将軍家といえば、やはり、明智光秀の顔が浮かびますね)


(その真相については後じゃ。結構、複雑な話になるしのう。ここはわしらも突入して何とかして信長を助けないといけなかろう)


(はい)


 安東要はうなずくと、近衛兵の≪杉田玄白カルッテット≫に護られながら、式鬼≪銀鋼シロガネ ゼロ≫を駆って戦場へと突入していった。

 


  

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