第6話 冥途カフェ

「本当にあったんだ、≪冥途メイドカフェ≫……」


 安東要は小さくつぶやきながら、晴明のダジャレを思い出していた。

 履き慣れない厚底ブーツで歌って踊って疲労困憊気味の彼はアキバのメイドカフェでくつろいでいた。

 ふくらはぎの筋肉が、まだ、ピクピクしていたが、体重から解放されて何とも心地よい。

 残念ながら、ブルーのミニスカポリスの衣装コスプレは脱がせてもらえてなかった。

 しかし、冷たいカフェオレがこんなに美味しいと感じたのは何年ぶりだろうか。

 

 丸いテーブルの向こうには深緑色の自衛隊風の制服を着た、やはり、この世界でもダークレッドのサイバーグラスをかけた長い黒髪の神沢優かみさわゆうが座っていた。

 スーパー銭湯で売ってるようなビン入りのコーヒー牛乳を飲んでいる。 

 

 隣に銀縁の妙におしゃれな水中メガネのような眼鏡をかけたピンクに染めたツインテールの月読波奈がいたが、ダークパープルのゴスロリメイド服姿に着替えていた。東京ビックサイトのステージで早着替えしていたが、仕掛けはいまいち分からなかった。謎である。 

 彼女もやはりビン入りのフルーツ牛乳をストローですすっていた。


 お店の入口は自動ドアでなくて、重い木の扉を開けると、鈴の音がカランコロンと響いた。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 ≪冥途メイド≫の対応はいたって普通で、黒と白の清楚なメイド服姿がよく似合う女の子が多数いた。

 帰り際というか、出発の際、「冥途の土産にお菓子はいかがですか?」と勧めてくるぐらいが「らしい」といえばらしかったが、それ以外は何のひねりもなかった。


(晴明さま、たまにここに来られるんですか?)


 興味本位で訊いてみた。


(たまにな。≪冥途メイドカフェ≫という店名がわしの心を癒すのじゃ)


(そういうもんですかね)


(おぬしも年を取ったらわかる)


 そういえば、お客の中にはかなり年配の老人もチラホラいて、≪冥途メイド≫の名札の下には「介護福祉士資格取得済☆」という表示が見えた。

 60歳以上半額!

 団体様の送迎介護タクシー無料!

 早朝五時から営業中!とかの張り紙が壁に踊っている。

 年金暮らしの高齢者が早朝から日中のいいお客さんなのかなと思われる。

 抹茶カフェオレとか、葛餅くずもちとか、水ようかんとか、和菓子がメニューが妙に充実してるのはそのせいなのかなと思った。全体的に昭和モダンな雰囲気で懐かしい感じを演出していた。

 高齢化社会の現実を垣間見た気がした。

 

 それと、マッサージコーナーという謎の興味深い別室のサービスもあるようで、筋肉痛の安東要としては試してみたかったが、さすがにふたりの手前、我慢せざる負えなかったのが残念であった。今度、来る機会があったら行ってみたいな。たぶん、二度とないけどね。


「安東君、話は大体、分かったけど、なるほどね、そういうことか」


 今までの経緯をあらかた説明したのだが、何かひとりで納得してる様子の神沢優であった。

 ダークレッドのサイバーグラスのせいで表情は全く読めない。


「あの、神沢先輩はどう思われますか?」


 神沢優は実はラノベサークルの先輩に当たり、確か二歳ほど年上の26歳ぐらいだったと思う。

 年齢非公開らしくて、確かめたことはない。

 ただ、安倍清明と同じ2月21日生まれらしい。


「何が? 安倍清明が見えてるとか、そいいうこと?」


「え? 見えてるんですか?」


「それは見えてるわよ。このサイバーグラスかけると見えるのよ」


「えーーーーーっ! 僕にも下さい」


「残念、今はスペアがないのよ。秘密基地に帰らないと。波奈ちゃんは持ってない?」


 秘密基地というのも気になるが。


「えーーーーーっ! 波奈ちゃんも見えてたの?」


 ふと視線を向けた先の月読波奈は、左の鼻の穴からストローでフルーツ牛乳を吸い込んで、右の鼻の穴から垂れ流すという芸というか、奇行に夢中になっていた。

 しかも、左の鼻の下の空のコップに見事にフルーツ牛乳を溜めていた。

 一滴もこぼしていない。

 懐かしい。

 子供の頃によくやったよ。

 いや、そうじゃない。

 

「わだじば、みえてますよ」 


 フルーツ牛乳のせいか、少し濁音気味だが、どうやら今まで見えていたらしい。

 早く言って欲しかった。

 というか、もうそれやめて欲しいのだが。 


「なかなかナイスなおじさまよ。さすがに≪超ヒモ理論≫を極めただけあるわ」


 神沢優はさらっと言ったが、≪超ヒモ理論≫がそんなに有名とは思えない。

 宇宙論の≪超ヒモ理論≫と勘違いしてないかな?

 

「安倍晴明といえば、宮中の女官とか皇女様にまでモテモテで、≪超ヒモ理論≫といえば最近でも100万部の大ヒット恋愛本の古典よ。最近でも文献研究が活発で、ノーベル文学賞の候補にも何度も挙がっているくらいなのよ。知らないの? 知らないか」


 決めつけないでください。

 しかし、この世界の歴史ではそうなってるんだ。

 まさか清明さまは、この世界パラレルワールドの人間なのか?


(正確には違うのう。わしは陰陽道を究め、死して尸解しかいに至り、多元異世界パラレルワールドに同時に存在できるようになったのじゃ。高次元精神生命体、つまり、神様というか、神霊じゃな。仙人ともいう)


 尸解しかいとは中国の神仙思想や道教で死んだ後に生き返って仙人になることである。尸解仙とも呼ばれる。尸解には霊魂のみが抜け去る場合と、死体が生き返るものがあるが、ゾンビなどもある意味、尸解の一種かもしれない。当てにならない知識だが。某漫画週刊誌の人気漫画の始解しかいとか、卍解ばんかいとは関係ないと思うけど。


「ということは、安東君はお父さんに会いに行かなくちゃならないわね」


「おやじに?」


 安東要は少し動揺した。

 父親の安東龍一郎は与党民政党の幹事長兼防衛大臣で、確か3月11日に不慮の事故死を遂げていた。

 3月11日がおやじの命日である。

 肉親の死であるのに、あまい思い出したくない出来事であった。

 なぜなら、おやじとは高校生頃からあまり仲が良くなかったし、父親のような政治家にはなりたくなかったし、ラノベ作家を目指すとか言ってケンカして、高校の頃から家を出てバイトして目黒の安アパートで暮らしていた。といっても生活費は母親がこっそり仕送りしてくれていた。

 親のすねかじりには違いないく、夢ばかり追いかけ、生活能力のないヘタレには違いなかった。

 そんな情けない自分がどうにも嫌いでもあった。 


「そう。あなたのお父さんはおそらく、事故死ではないわ。たぶん、戦死したと思うの」

 

「戦死?」


 安東要は少し驚いた。


「わたしの予想だけど、清明さま、そうでしょう?」


 神沢優は見えてるらしい安倍清明に語りかけた。


(そうじゃ。あまり未来の事をいうのははばかられるが、確かに名誉の戦死じゃ)


 晴明はいつになく重々しい声音こわねで断言した。


「名誉の戦死? それはどういうことですか?」


 安東要の心は揺れていた。

 名誉の戦死とはどういうことなのか?


(それが次のミッションじゃよ。そなたの父親の安東龍一郎との和解。最も難しいミッションかもしれんのう)


 安倍清明は静かに告げた。


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る