第5話 カリスマレイヤー 

 2011年3月2日の水曜日である。

 何故か安東要は東京ビッグサイトにいた。コミケに参加するためなのだが、元の世界ではこんな中途半端な時期に開催されてなかった気もする。


 3月3日は桃の節句、雛祭り、女の子の日である。

 『女だらけのコミックマーケット2011』が3月1日から3日まで開催中である。

 今日は二日目。

 基本、男性は参加できないはずだが例外がある。

 女装すれば大丈夫なのだ。

 男の娘になればいいのだ。

 なんと寛大な主催者であろうか。


 ということで、安東要は黒い二ーハイのミニスカポリスに変身していた。

 ブルーで統一された制服が何とも美しい。 

 意外と似合うので、女装カメラ小僧に囲まれて、ローアングルで撮影されまくっていた。

 目的の場所に一向に辿りつけないし、恥ずかしいし。

 まさに生き地獄である。


(晴明さま……)


(みなまで言うな。わかっておる。つらかろう。これも―――)


(東日本を救うためですね) 


(そうじゃ)


(しかし、あの月読波奈ちゃんでしたっけ? **[差別用語のため自主規制]なのに、なんであんなに人気があるんでしょうかね?)


 安東要の視線の先にいる月読波奈はショッピングピンクバージョンのゴスロリメイド服をまとい、取り囲まれたファンたちを厚底ブーツで次々と足蹴あしげにしていた。


 信者たちは時に鼻血を流しながらも恍惚とした表情で、まるで女神をみるように喜びに打ち震えていた。

 

(あのメガネ**の波奈ちゃんか。そうじゃのう、世の中には冥途メイド好きが多いということじゃ)


(晴明さま。この世界では冥途メイドと言うんですか?)


(まあ、正確には違うが、実態は冥途メイドというところかのう。わしの千里眼にはそう見える)


(はぁ、それにしても、神沢先輩はどこにいるんでしょうね?)


 この世界の神沢優はまだ、秘密結社≪天鴉アマガラス≫のリーダーにはなってない時期のはずだ。

 安東要と違って三浪もしてないので(なぜそれを強調する?)、すでに大学は卒業していて、公安警察に勤務したての頃である。


 神沢優といえば、公安オタクで過去の犯罪事件に詳しく、SNS【クロスロード】の犯罪コミュティではその博学な知識でカリスマ的存在である。

 攻殻機動隊の草薙素子のコスプレが大好きなので、おそらく、そんな人物を探せば彼女にたどり着けるはずだ。

 しかし、公安警察に勤務してるのに、そんなに目立ちまくって、一体、何をしたいのだろうか。


(晴明さま、この女装カメラ小僧がうざいんですけど、何とかならないでしょうかね?)


(ふむ、確かに、これでは使命が果たせないのう。蹴ってしまえ!)


(大丈夫でしょうか? いや、仕方ないですね―――)


((東日本を救うためだ!)じゃ!)


 要と晴明は同時におなじみのセリフを叫んだ。

 語尾が微妙にズレてるが。

 

 安東要は非情のローキックで、女装カメラ小僧を蹴散らして、人ごみをかき分けて前に進んだ。

 だが、敵もさすが、要のパンチラ写真を撮りつつ地面に倒れていく。

 かなり恥ずかしいが、何という執念、ある意味、尊敬に値する。

 

 そんな想いはどうでもいいのだが、神沢先輩はどこなんだろう?

 

 安東要が、一際ひときわ、大きい人だかりにたどり着いた時、人々の歓声が聞こえてきた。

 人の波を泳ぎ切って最前列まで辿り着いた安東要の視線の先についに神沢優が姿を現した。


 ちょっとしたステージが組まれた舞台の上に、深緑の自衛隊風の制服にミニスカ、渋い黒の二ーハイソックスの神沢優がいた。

 なんということだ!

 警察と自衛隊の違いはあるが、要とある意味、お揃いである。


「かなめちん! あそこ行こう!」


 背後から月読波奈が要の手を取って、引きずりながら舞台に駆け上がっていった。

  

 どうも、神沢優と月読波奈はカリスマレイヤーユニット≪神波シンパ≫を結成してるらしく、オリジナル曲を歌うステージをコミケでやってるらしい。


「新メンバーのかなめちんです。みなさーん、よろしくね♪」


 安東要は特別ゲストというか、流れで新メンバーとして紹介されてしまった。

 すべては神沢優と月読波奈の陰謀!

 要のコスプレの衣装が神沢優とお揃いなのは偶然ではなかったのだ。

 月読波奈から衣装を調達したのが間違いだった。


 もうこうなったら、歌ったり踊ったりするしかない流れである。

 要の羞恥心は限界マックスであった。


 安東要が東日本を救うために『カリスマレイヤー』になった日である。

 本人にとっては黒歴史である。

 悪夢の記念日である。


 とはいえ、明日は彼にさらなる試練がやってくる。

 安倍晴明だけがしずかに同情の涙を流すのだった。

 

(だが、要殿。結構、その衣装は似合ってると思うが) 


 そんな感想もつ安倍晴明であった。

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