第3話 超デート理論

 新宿駅前のフルーツショップの前で、安東要はデート相手を待っていた。

 

「安東君、待った?」


 月読波奈つくよみはなは、今時、珍しい牛乳瓶の底のような丸いメガネをクイッと持ち上げながら、美少女気取りで安東要を見つめた。

 黒いゴスロリメイド服で厚底ブーツを履いている。


 通称≪ブスメガネ≫、安東要的にはむしろ振られた方が幸せである。

 こんな女と何故デートの約束をしたのか、自分の正気を疑いたい気分だ。

 若さゆえの過ちにちがいない。


 一応、名門大学のラノベサークルの後輩だが、安東要は三浪しているので、まだ、大学三年生の24歳である。彼女は二年生の20歳である。


「いや、さっき来たばかりだよ。でも、波奈はなちゃんのためなら何時間でも待つけどね」 


 安東要は軽くウィンクしてみせた。

 彼はちょっと頼りない感じだが、容姿や顔には非常に恵まれていた。

 人気ロックミュージシャンに少し似てる甘いマスクの彼が 月読波奈つくよみはなと腕を組んで歩きはじめたのを見た周囲の女性は、振り返りながらため息をついた。

 何という物好きなのか?という冷たい視線が安東要の身体に突き刺さる。


(晴明さま、何か周囲の視線が痛んだけど、何とかなりませんか?) 


(東日本を救うためだ。わしもつらいが辛抱してくれ)


 安倍晴明は安東要の脳の中に念話で直接、語りかけた。


「かなめちん、今日のデートどこ行こうか? やっぱり、ディズニー?」


 いや、その呼び方やめてくれと要は心の中で叫んだ。


「そうだね。ちょっと暑くなってきたので、ディズニーシーにしようか」


(晴明さま、相手の全てを肯定するという恋愛法則『超デート理論』ってつらいですね)


(つらいだろう。これからもっとつらくなるから。そろそろ愚痴がでる頃合いだ。でも、東日本を救うためだ。耐えてくれ!)


 安倍清明の音声ナビゲートも心なしか悲壮感が漂いはじめていた。 


「ねえ、かなめちん、わたしね、お姉さんが三人いるの」


「へえ」


「一番上の月奈つきなお姉さんは『月』にいるんだけど、わたしが生まれてから一度も会ったことがないの」


「そうなんだ。寂しいね」


「二番目の真奈まなお姉さんは≪遊星クルド≫にいるんだけど、太陽の光で蛇を焼いたり、異次元空間から天使を召喚したりするのよ」


「そうなんだ。ラノベとかファンタジーな感じだね」


「三番目の三奈みなお姉さんは地上にいるんだけど、地上基地の統括責任者というか、月読つくよみのシステム全体を動かしてるの。凄いでしょう?」


「そうなんだ。お姉さんたち、凄いなあ」


「でもね、わたしはダメな子なの。何もできないから、どこにも行かせてもらえないの。ぐすん」


 月読波奈つくよみはなは泣きはじめた。

 いつものように泣きはじめた。

 思い出してきた。サークルの飲み会の時、泣きはじめた彼女を慰めるためにデートの約束をしてしまったのだ。


(晴明さま、この子、どう見てもメンヘラですよね? 言ってることが支離滅裂ですし、リストカットとかしてないですかね。大丈夫でしょうか?)


(その心配はないようじゃ。まあ、満更、間違ったことも言ってないようだが、3月11日まで彼女を励まし続けることが、お前の使命だと思ってくれ)


(はあ、そうですか。『超デート理論』がこんなにつらいとは思いませんでした)


(わしなんか、『超デート理論』の上級編である『超ヒモ理論』を極めているが、これも結構、つらいぞ)


(『超ヒモ理論』! 何か宇宙の神秘を感じるような理論ですね)


 思い出した。

 確かこのデートで振られた原因はこの重さというか、支離滅裂な月読波奈つくよみはなの言動に耐え切れなくなって、受け止められなくて振られたのだ。


 普通、こんな会話について行けるはずはないし、正気を疑うのは無理もない。

 だが、安東要には『東日本を崩壊から救う』という使命があった。

 もう、あんな想いはしたくない。


 しかし、この女の子とデートしたり、励ますことが『東日本を崩壊から救う』ことになるのか、全く意味不明だと思っている安東要であった。


(あの、晴明さま、この女の子を励ますのはいいとして、『東日本を崩壊から救う』ための残りの75%の要素って何なんですか?)


(気になるか? 次のミッションを知りたいか?)


(もったいぶらずに教えてください)


(うん、次のミッションは比較的簡単だと思う。この時代の神沢優に会って、お前が知った未来の事を告げるだけでいい。それが『東日本を崩壊から救う』残りの25%の要素になる)


(え? そんなに簡単なんですか?)


(そうじゃのう。彼女は≪天鴉アマガラス≫のリーダーになる器じゃ。それにかなり柔軟な頭脳の持ち主じゃ。説得は簡単だと思う)


(で、後の残りの50%は何なんですか?)


(これが一番、難しいかもしれん。その話はこのデートを無事に成功させて、神沢優に会った後に話す)


(そうですか。わかりました)


 安東要は意外と素直に引き下がった。

 実は月読波奈つくよみはなの会話に合わせるのがかなり辛くなってきていた。

 めまいがしそうな会話の応酬の中で、安東要は使命感に燃えていた。

  

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