双子と妹
僕がいつものように部室でシエルといちゃつき、悠里と琴葉が来るのを待っていると、校内放送が僕を呼んだ。具体的に言うと、生徒会長が校内放送を使って、僕に生徒会室へこいとのことだ。
「……。行きたくない」
僕が膝の上でシエルを抱き締め、そう呟くと、弓月が飲んでいたお茶を吹き出してむせた。
「麺つゆと間違えた?」
「麺つゆなんて、持ってこないよ!」
違うようだ。ならどこにむせる要素があったんだろう? 僕はシエルの腕を動かして、考える人のようなポーズをさせた。
「いったい、どうしたというんだ?」
考えても解らなさそうだから、敢えて聞いてみた。
「そもそも、生徒会長の呼び出しを受けたのに何で行きたくないのさ」
「僕嫌いなんだよね、生徒会長」
「え、何で?」
「なんか、存在が気に入らない。こう、何て言うのかな。雰囲気? ソウルのビート合わないみたいな」
「……。ロックな感じに例えられたせいでよく解らないけど、呼ばれたんだから行った方がいいんじゃない?」
「……用事があるなら向こうから来ればいい。何で僕がシエルとの時間を割いてまで行かなきゃならないのか」
僕がそう告げると弓月はため息をついた。幸せが逃げるのに……。
まあ、いいや……。
僕は夢見心地でうとうとしているシエルの髪を嗅ぎながらもう一度ぎゅっと抱き締める。柔らかくて暖かい。シエルの温かさを堪能しながら、僕は言った。
「まあ、向こうから来たとしても、取り合うかは別の話だけど」
言い終わると弓月は目に見えてイライラしていた。
カルシウム不足かな?
「そんなわけないだろ!」
「まだ何も言ってないけど」
「どうせカルシウム不足とか思ったんだろ」
「何でわかったの? もしかして弓月って……」
「僕がすごいんじゃない。クダラ、君が分かりやすいんだ」
「えー、照れるなぁ~」
「誉めてない。取り敢えず、早く生徒会室に行く。ほら、早く!」
弓月がそう言うと、シエルが目を覚まして眠たそうな目を擦りながら「ぅん……。クダラぁ、どこかに行っちゃうの?」と、寂しそうに呟いた。
「大丈夫だよ、シエル。僕は必ずシエルの所に帰ってくるから。だから、それまで弓月で遊んで待っていてね」
シエルの肩を抱きしめて僕がそう言うと、シエルは頬を赤らめて頷いた。
「うん。頑張る」
「偉いよ、シエル」
それでこそ、僕の妹だ。愛してるよ、だから必ず生徒会室から生還して見せる。
「じゃ、行ってくる」
扉の前でそう言うと、シエルは「いってらっしゃ~い」と手を降ってくれ、弓月も見送ってくれた。
さて、行こう。
……はて? 生徒会室ってどこだっけ?
この学園、使われていないものを含めて建物が多すぎるから一々覚えていられないんだよなぁ……。
僕はとりあえず職員室手前の正面玄関に行ってみることにした。
正面玄関は元々、下駄箱があったんだけど、全館土足になってからは見取り図が飾られているだけの広い空間になっている。
見取り図と言っても、初等部、中等部は位置が描いてあるだけで高等部に関する図しか表記されていない。それ以外の情報は必要ないけど。
僕が生徒会室を探していると後ろから男の声で名前を呼ばれた。
「クダラ?」
振り向くと短パンにノースリーブの男がいた。ええと、確か陸上部の……。
「田中!」
「誰だよ。俺は
そうだった……。
「冗談だよ。ちゃんと覚えてるって陸条」
「忘れられたかと思ったぜ……」
六条がそう言った途端「おーい」と声がしたので、その方向をみると首からカメラを提げた少女が手を振りながら近づいてきた。
「翔琉君にクダラ君。ヤッホー」
確かこいつは……。
僕が悩んでいる間に陸条が「ああ、
ああ、そうだ。思い出したこいつは写真部の
だんだん思い出してきた。そう、こいつらは確かカップルで、二人の間を僕が取り持った。
「久しぶりだな、二人とも」
僕がそう言うと亀螺は「そういえばクダラ君。さっき放送で呼ばれてたよね?」と話題を振ってきた。
「それが、生徒会室が何処かわからなくて」
返事すると亀螺は「それなら案内するよ」と提案された。
「そう? ありがとう」
僕はそう言っていると、陸条は「それじゃあ」と言って職員室へ入っていった。。
亀螺は「こっちだよ」と言って歩き出したので僕は亀螺の後を歩く。
※
「そういえば、何の様なんだろうね」
亀螺はそう聞いてくるので肩を竦めてみると「ひょっとして」と続けた。
「何か心当たりでも?」
「ひょっとしたら、次期生徒会長に選ばれるかもしれないよ」
「え? なんで」
「だって、この学校では生徒会長が次の生徒会長を選ぶから」
「……それはないと思う」
まず、生徒会長の名前も顔も思い出せないし、気に食わないという事しか記憶にない。向こうもわざわざ僕に構うほど関心を示していないはずだ。
「え~。でも、クダラ君が生徒会長になるなら私応援するけどなぁ~」
「え?」
「だって、クダラ君ならこの学校を面白くしてくれそうだから」
面白く、ねぇ……。
そんなことを話していると亀螺が立ち止まった。おそらく辿り着いたのだろう。
「それじゃあ、ここの二階だから」
亀螺はそういうと足早に立ち去った。
僕がその建物へ入り、綺麗に磨かれている階段を上ってすぐに、大きな部屋があった。扉の上には生徒会と印刷され、ピンク色や青色に装飾された紙がプラスティック制の容器に入り、貼られていた。
中に入ると、机や椅子が並んでいる部屋だった。カーテンは閉じられ、電気も消されていて、プロジェクターの青い光が部屋の中央をまっすぐ走り、一人の少女を照らしている。
「お前が生徒会長?」
僕は聞くと、その少女は外からの光に目を細めて「ええ、そうよ」とほくそ笑んだ。
「いったい何の用だ?」
扉を閉めてから僕は近くにあった机に軽く腰を掛けて聞いた。
「それより、ノックもせずに入ってくるなんて非常識じゃない?」
「ノックならしたぞ? お前の耳が遠いんじゃないか? それに、呼び出しておいて入り方まで指定するとは……ここはお前の部屋じゃあないぞ?」
大嘘を吐いた。
「入る前にノックするのは当り前よ。それに来るのも遅いじゃない。呼ばれたらすぐに来なさい」
「僕に用事はないにも関わらず、わざわざ来てやってるのに早く来いなんて。用事があるならそっちから来ればいい」
「ふん、まあいいわ」
「で? 何のようだ?」
「もうすぐ学園祭があるわ」
学園祭。浅薙学園の一大イベントで、部活動に参加している生徒はもう準備が始まっているだろう……。
「……それが?」
「あなたにも手伝ってもらうわ」
「……断る、と言ったら?」
「ええ、そう言うと思ったわ。だから、これを用意したのよ」
そう言うと生徒会長はプロジェクターの光から離れて、取り出したリモコンを操作した。そして壁に写し出されたのは、僕がシエルにジュースを口移ししている写真だった。見られていたのだ。
「……お前」
僕は無意識に睨み付けていた。
「おお怖い怖い。そうやって私も殺すのか?」
……! いつの間にかポケットの中のボールペンを握りしめていた。
「大体、その写真がどうだというんだ? 只の戯れと言えばそれまでだ」
「ふふっ……。本当にそんなこと言えるのかしら? あなたが嘘を吐けないのは知ってるわ」
くそっ……。お見通しかよ。
「第一、なぜ僕に……?」
「あなたは中々に使えるコミュニティを持っているじゃない。あなたは中々に使えるわ」
「何故わざわざこんなことを?」
「学園祭はこの学園の創立に関わっている著名人がたくさん来るわ。そして学園祭大成功すれば、生徒会長の私の名前、須藤グループの名前が広がるわ」
この学園は元々、いろんな大手企業が出資して建ったという噂は聞いたことあるが、本当だったとは……。
「でも、その写真だけで僕が従うとでも? 途中でわざとポカするさもしれないぞ?」
「まあ、そう言うのも予想していたさ。これを見たまえ」
そう言って生徒会長が取り出したのは、一枚の写真だった。
その写真には白い髪白い肌、赤い目の少女だ。
アルビノ、遺伝子異常。僕やシエルと同じように、色素が薄い。
「こいつは……まさか」
「今度中等部に引っ越してくる転校生だよ」
「答えろ須藤! お前はどこまで知っている」
「ギフテッド・プロジェクト。それの首謀者は私の曾祖父よ」
「須藤グループが係わっているのか?」
「研究はお祖父様の代で須藤を離れた……。でも、少しなら情報は入るわ。その情報料として働いてもらうわよ」
「……いいだろう。ただし、やり方は僕に任せてもらう」
「ええ、良いわよ。生徒からの高評があれば、それで良く見せられる」
須藤は相変わらず薄ら笑いを浮かべている。
一杯食わされたか……くそ。
※
不機嫌に部室まで歩いている最中声をかけられた。
「よう! 珍しく不機嫌そうだな」
確かこいつは……。
「
一年生にして剣道部の部長になった凄腕の剣道部員だが、その招待はロリコン。
「よぉ、紺野」
「何があったか知らないけど、疲れたときは幼女をみるに限る!」
因みに、何でこいつが剣道部に入ったかとかと言うと初等部から校門の通り道に道場があり、練習していると小学生が見に来るからだそうだ。
「通報するぞ」
僕はスマホを取り出してみせた。
「あっはっは。冗談きついぜ兄弟!」
僕は「誰がだ!」と心の中で突っ込みを入れつつスマホをしまった。
「それで? いったいどうしたんだ? 俺が相談に乗ってやろうか?」
「いや、いい。お前と話をしていると良い解決策が思い付いた」
「その心は?」
「シエルに抱きつく」
「あつはっは。相変わらずのシスコンだねぇ。じゃあ俺は道場見にきた女の子を拝んでくる!」
そう言って紺野は走り去っていった。
「ったく。誰がシスコンだ」
僕は妹が好きなんじゃない。シエルが好きなんだ。
サクサクと歩き、部室にたどり着いた僕は、夢でも見ている気分だった。
「あ、お待ちしていました」
そう言ったのは、シエルでも弓月でも悠里や琴葉でもなかった。ましてやメイでもない。
では誰か。簡単だ。先程、生徒会室で見た写真の少女だった……。
「お前は……」
「初めましてお兄様。私はラグエル・リロード、お二人の妹に当たる存在です! どうかよろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げる様は躾られたメイドのようであり、茶運び人形のようなぎこちなさもあった。
「どういうことなの?」
悠里は僕の顔を覗き込んで聞いてくる。それに合わせて弓月が「説明してくれ」と顔に汗を浮かべていた。
そしてそんなことより、シエルがソファに座って黙り込んでいるのが、何よりも気になる……。
「シエル……」
声をかけると、シエルは僕の方を見てとても不安そうな顔をしていた。
「クダラぁ~~」シエルは僕の元へ駆け寄り、抱き着いて来た。当然僕はそれを受け止める。
「シエル、大丈夫?」
「クダラ。あれ、どういうことなの?」
シエルは僕の胸に顔を埋めてラグエルの方を指差した。
「ええと、僕にも、何が何だが……」
説明を求めようと思いラグエルの方を見ると、なんかこっちに歩み寄ってきた。そしてシエルの背中に寄り添うように両手と横顔を這わせて呟いた。
「はぅ~。お姉さま……」
……え?
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