姉妹タンジェント(2)
クダラは小さい頃、早熟だと大人達から持て囃されていた。
だから私にとってクダラはいつも正しい道を教えてくれる存在だった。
そして何かあればいつでもクダラに相談して、その度にクダラは親切になってくれた。
だから、何かあったら私は絶対クダラ達の力になる。
私はあの日、そう決めた。
☆☆☆
「そうか、今度は母親に……」
クダラにそのことを話すと、クダラは爪を噛んでいた。
「ねえ、どうしよう? このままじゃお母さんが!」
「どうすれば……。やはり、引き離すしかないのか?」
「でも、琴葉は……」
「琴葉とも一回話し合ってみようか」
琴葉は、とても怖がっていた。私は何もできなかった。だけど、琴葉が傷ついていることは解っている。
「でも、琴葉にどうしたいかを聞くのはダメ。琴葉はいい子だから。だから自分のことを後回しにするから。それじゃあダメ!!!!」
私はつい、大きな声を出していた。
「どうかしたの?」
隣の部屋で琴葉と遊んでもらっていたシエルが顔を出した。
「ううん。大丈夫だよ、シエル」
「ケンカなの?」
琴葉も心配そうに顔を覗かせた。
「ケンカじゃないよ」
私は安心させるように微笑んで言ったつもりだったけど、ぎこちなかったようで、余計に不安にさせてしまった。
「シエル、ちょっと来て」
クダラは手招きをしながらシエルを呼んだ。
何か耳元で喋っているけど小声だったので上手く聞き取れなかった。
琴葉はどうしていいか解らなさそうにしていたので両手を前方に軽く広げて招いた。
琴葉がてくてくと私の前まで歩いてきたので抱き止める。
「いい案が思い浮かんだ。さあ、悠里の義父の虐待を直そうか」
少しの時間が過ぎて、クダラはそう言った。
「いい案?」
琴葉は不安げにクダラを見上げる。
「何をするつもりなの?」
そう言った私にクダラは自信ありげに言った。
「大丈夫。悠里は琴葉のそばにいてあげてね。じゃあ、今から悠里の家に行こう」
「え? どういう事?」
「クダラ、私は?」
「勿論。シエルも一緒に来て」
☆☆☆
私たちが家に帰るのと一緒にクダラとシエルは私たちの家についてくる。
なにやら、お母さんに話があるらしい。
少し不安だけど、今はクダラを信じるしかない。
クダラには琴葉の隣にいてと言われたけど、具体的にどうしよう?
私は何もできないのかな?
「!!」
右手を琴葉に捕まれてビックリした。
見ると赤信号で、ちょうど車に跳ねられそうになった。
「危ないよ、お姉ちゃん」
「う、うん。ちょっとボーッとしてた。ありがとう、琴葉」
もうここまで来たらクダラに任せるしかないよね?
クダラも自信ありげだったし……。
今度も任せていいよね?
そうこう考えているうちに家に着いた。
「ただいま~」
私はそう言いながら玄関を開ける。
玄関から歩いてクダラたちをリビングに招く。
リビングには母親がいて「おかえりなさい」と言い、クダラたちを見て「あら、いらっしゃい」と迎えた。
「はい」
「こんにちは」
クダラとシエルはそれぞれに挨拶をした。
クダラは一息ついてからストレートに切り出した。
「琴葉の父親のDVについて話があります」
「!」
お母さんはとても驚いた顔をして私の方を見た。
私はとっさに視線は背けてしまった。
「知ってますから隠すとかもやめてください」
「悠里に相談されたの?」
「はい」
「そう、でも大丈夫よ。私はこれくらい……」
お母さんは私とクダラを交互に見てそういった。
「……。琴葉、ちょっと来て」
琴葉はクダラに手招きされるとそっちへ向かう。
クダラは琴葉のシャツの手をかけると、一気にめくりあげた。
「っ!!!」
皆が驚いた。お母さんに至っては口を押えていた。
琴葉の背中やお腹には以前よりはましになったものの、青痣が所々にあった。
「琴葉ちゃん、これは」
「! なんでもな」
「何でもないわけがないでしょ!」
あ、私と同じ反応……。
「まあ、そういう訳で、前から相談は受けていたんですけど、それを含めて話をしましょうか」
クダラはシャツから手を放してソファに座った。
お母さんも対面側に座り、シエルもクダラの隣に座った。
私は琴葉と一緒にクダラの右手側に座った。
「それじゃあまず、どうしたいか再確認するよ」
クダラは私たちの方を向いてそういう。
「私は、琴葉にも、お母さんにも、暴力を振るわないでほしい」
「うん。琴葉は?」
「え? あ、わたしは……。いたいのは、いや」
琴葉がそういうと、クダラはお母さんの方を見た。
「琴葉ちゃんはずっと前から受けてたのよね。私は気づかなかった。あの人とは別れるわ、そして二人とも私が育てる」
「引き離すの?」
私は、ぎょっとしてお母さんに聞き返した。
「ええ、それが一番だもの」
確かに、それはお母さんの言う通りだけど、でも、良くないと思う。
そう思っていたら別の声が聞こえてきた。
とても聞きなれた、幼馴染みのシエルの声だ。
「ダメだよ! 私は、お父さん達がいなくなっちゃって、すごく寂しかったもん。どんな理由でも、琴葉ちゃんから琴葉ちゃんのお父さんを引き離しちゃダメ!」
「シエル……」
シエルは辛そうな顔になっていた。寂しかった頃のことを思い出したのかもしれない。シエルが言い終わると、クダラはシエルを抱き締めて、慰めるように頭を撫でていた。
「お母さん! 私も、琴葉と引き離すのは良くないと思う。でも、どうしたらいいか……」
「どこまでも説き伏せてしまえばいい」
「え……?」
お母さんも、私の言葉と同じような顔をした。
言葉の意味を考えているとクダラが補足した。
「暴力では現実は何一つ変わらないという、ごく当たり前のことを延々と説き続ける」
その日の夜、クダラたちはお義父さんが帰ってくるまで私の家にいた。
「ただいまー」
来た。
「お帰りなさい」
「子供たちは?」
「もう寝てしまいました」
「そうか」
琴葉はもう寝てしまった。
クダラたちの靴はあらかじめ隠してある。
「飯」
「は、はい」
なんなんだその態度は!
私はそう怒鳴りかけてしまいそうになりそうだったけど、堪えた。
チラッと横を見るとクダラはシエルと何やら話している。
私は寝ている琴葉の頭を撫でてクダラが琴葉に言っていたことを思い出した。
「今日寝て、明日朝起きれば何にもない一日が待っている、その後は自分たちで幸せを見つけて」
クダラはそう言っていた。あれはどういう意味だろうか。
「酒ぇー、もっとねぇのかぁ?」
そうこうしている間に、あの男のいつものが始まった。
お母さん曰く、最近はいつも、このぐらいの時間にはこうなるという。
「もう、体に障りますよ」
「うるせぇー」
「いっッ!」
「いいから持ってこい」
そんな会話が扉越しに聞こえてくる。
もう、耐えられない。
「ねぇ、クダラ。もう」
「ああ、そうだな」
クダラはそう言って、お母さんが台所で待機するのを待ってから扉を開けて出ていく。
「ああ、誰だ?」
「始めまして。悠里の幼馴染のクダラ・リロードだ」
「あ、こんな時間まで何してやがる」
「琴葉のケガの件で話がある」
「ああ? 琴葉が何だってんだ?」
「率直に言う。DVをやめろ」
「うるせぇ、お前には関係ねぇーだろ」
そういってお義父さんはビールの缶をクダラに投げつけた。
クダラはそれを手の甲を叩きつけて弾いた。
残っていたビールが床に零れてカーペットを盛大に汚した。
シエルが部屋から出たので私も部屋を出て扉を閉める。
「お前か? 俺が琴葉に暴力を振るっているって言いやがったのは」
お義父さんに睨まれて私は動けなくなったけど、クダラが間に入ってくれた。
「今話をしているのは僕だ」
「なんなんだよ、てめー」
「クダラ・リロードだ。二度も言わせるな。そしてこれも二度目だ。DVをやめてもらおう」
クダラは高圧的な態度で本心を出させるとか言っていたけど、これ、大丈夫かな。
「うるせぇ!」
「そもそもで何故暴力を振るう? 逆らえない立場の琴葉に暴力を振るって何か現状は変わったのか?」
「仕事ってのはお前が思っているよりも大変なんだよ!」
「で? それが暴力を振るっていることの理由たり得るとでも思っているのか?」
「うるせぇー! 馬鹿にしやがって」
お義父さんはクダラに詰め寄って襟を掴み上げて投げ飛ばす。
クダラは転がって威力を弱めた。
お義父さんはそれに腹を立てて近くにあった木製の椅子を投げつける。
クダラは横に飛んでよけて言葉を紡ぐ。
「会話することを投げ出したら猿と変わらないぞ」
「うるせぇ」
お義父さんは椅子を持ち上げ、もう一度クダラにたたきつけようとした。
クダラは避けようとしたがビールで濡れたカーペットに足を取られて転んだ。
椅子がクダラをたたきつけるその寸前、シエルがクダラを庇った。
シエルにたたきつけられた椅子はばらけて木片になっていた。
シエルはクダラに何か言いながら、意識が薄れていく。
たぶんクダラを呼び掛けているのだと思うけど声が小さいのと、もう一つの要因でまったく聞き取れなかった。
「シ、エル……?」
クダラはまだ何が起こったかわかっていなかった。
もう一つの要因、それはシエルの頭から血が大量に流れ落ち、髪の毛を真っ赤に染めていた。
クダラは座り込み、シエルを抱え込んでいる。手が血で汚れているのも気が付いていなさそう顔で。
「はん、お前が悪いんだからな! だいたいお前が……」
お義父さんが何か言いだして、私の方を向いた。
「お前が、告げ口なんかするからだ!」
そういい、お義父さん……その男は私の方へ詰め寄ってくる。
あと、二メートルというところでその男は振り返った。
私がギョッとした顔をしていたのに気が付いたのだと思う。
実際、私はその男ではなく、さらに奥の、木片を持ったクダラを見ていたのだから。
クダラは男の振り返り様に顎へとその木片を殴りつけた。
前にクダラが話していたことがある。
顎を揺らせば脳が揺れるとか何とか。
男は倒れたけれど意識が残っていた。
クダラは容赦なくその男の顔めがけて攻撃を続ける。
丸くなって顔を押える男の背中に木片殴りつける。
その後も、男の意識が無くなるまでクダラは木片で殴り続けた。
その最中に見えたクダラの、まるで飢えた獣が獲物を見つけた時のような眼はとても怖かった。
その後、駆けつけたお母さんが救急車を呼んでシエルとその男は運ばれていった。
私とお母さんとクダラは付き添いでそのまま病院へ向かった。
二人は緊急治療室に運ばれ、お母さんはクダラの親に電話で説明をしていた。
私は、顔を伏せてずっとシエルを呼んでいるクダラの隣で座っているしかなかった。
クダラの両親が来たぐらいで私は家に帰らされた。
クダラは帰りたくないとだけ言ってだんまりだった。
家に帰ってから私はすぐにベッドに潜り込んだ。
隣で寝息を立てている琴葉の額にキスをすると、私はすぐに眠ってしまった。
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