二人の場所と……

僕は朝起きてまず、僕を起こしに来たシエルに「おはようシエル。今日もかわいいよ」と挨拶する。

僕の一日の始まりはシエルで始まらないとやはりスイッチが入らない。

それくらいにシエルのこの顔には中毒性がある。

「えへへ~。おはようクダラ」

二人きりの時にしか見せない、ほかの人には見せないシエルのこの完全に緩んだ笑顔。僕はこれを守るためなら何でもできると思うよ。

そのくらい愛しているんだ。

僕は上体を起こして四つん這いになっているシエルを抱きしめて妹成分を吸収。首筋に短くキスをして髪の毛の匂いをかいでからスキンシップを取ろうではないか。

僕は左腕を伸ばしてシエルの弱いところを責める。それと同時に右の腕で背中から腰に回し、お尻を触る。

「ひゃっ」

シエルの小さな悲鳴はいつも僕を興奮させる。

シエルは恥ずかしいのか顔を耳まで赤くして僕の胸元に押し付けている。

「かわいいよ、シエル」

僕はそう言って手の動きを止める。

「ん、もう……。バカ」

その後五分ほどイチャイチャしてから僕は串を取り出してシエルの髪を結う。

と、言うのも僕はシエルの髪を弄るのが好きなんだよ。だから、シエルの髪は毎朝僕が結っている。

今日の髪型は六、七割り位を左側にまとめてサイドテールにする。右側の前髪は軽く残しておいて、右側は耳に掛けてピン止めで止める。左側は普通に分けておく。

最初に串を通したときに抜けた髪の毛は僕のコレクションだったりもしなくもない。

そんなことをしなくたってシエルの髪には何時でも触れるけどね。


髪と言えば、小さい頃にクラスの人たちに髪が変だって言われたなぁ。

あの頃からかな。僕がシエルの髪を結い出したのは。


☆☆☆


クダラとシエルの二人は生まれてから何をするにも一緒で、とても仲のいい兄妹だった。

クダラはシエルの髪をブラシで髪を梳くのが好きだ。毎朝寝癖を直し髪型をセットして、毎晩の風呂上りにドライヤーで乾かしながら櫛をかけている。

シエルも、クダラにブラシをかけてもらうのが好きである。ブラシをかけてもらっている間はとても心地がよく、心の底から安心できる時間である。

シエルにとって長く伸びた髪は自慢でもあるし、自分の好きなところの一つでもある。それは、最愛の存在であるクダラが好きだと言ったからである部分が大きい。



数年前。

小学校の帰り道。クダラとシエルが手を繋いで帰る時に、クダラはシエルがいつもより元気がないことに気が付いた。

「シエル? 元気ないけどどうしたの?」

クダラの問いかけに、シエルはうつむき加減でか細い声を発した。

「わたしの髪……変…かな?」

クダラは、今日何かあったのだと確信し、優しく聞き出す。

「? どうしてそう思うの?」

「今日、クラスの子に言われたの。髪の毛が白いのは変だって。あと、名前も、みんなと全然違うって。やっぱりおかしいかな?」

悲しげな声のシエルにクダラは力強く否定する。

「そんなことないよ。シエルの髪はとてもきれいだし、僕は大好きだよ。シエルの髪。それじゃだめ?」

クダラがそういうと、シエルは嬉しそうな顔になって首を横に振る。

「お兄ちゃんが好きなら、わたしは嬉しい!」

それを聞いてクダラは笑みを浮かべた。

「それに、シエルって言う名前も、かわいい名前だよ」

シエルはますます嬉しそうに、

「お兄ちゃん、大好き」

と、頬を少し赤くしながら微笑みクダラを抱きしめる。

「僕も大好きだよ、シエル」

言って、クダラはシエルを抱きしめ返す。

「ずっと一緒に居ようね?」

「うん」



―――そんな、兄が妹を思う気持ちに、妹は兄に恋をした。

何かの間違いか、あるいは重なりあった偶然か。兄の気持ちも溺愛へと変わっていく。

だけど、それはその時より少し後の話―――。


☆☆☆


スプーンでシチューを口に運ぶ度にシエルのサイドテールが揺れる。

シエルは人参を口の前まで持ってきてフーフーしている。とても可愛い。

野菜嫌いとは行っても、シチューだけは食べれるんだよねー。クリームスープは駄目だった。

「アツっ!」

「大丈夫、クダラ?」

シエルに見とれているとうっかり火傷してしまった。

「うん、平気だよ」

即座に反応してくれて嬉しいよ。兄冥利につきるってやつだね。

僕は今度は気を付けつつシチューを口に含む。

「うん、美味しい」

僕がそう言うとシエルはニコニコしている。


僕らは朝御飯を食べ終わり、食器を運ぶ。僕が洗ってシエルが水を拭き取る。全部終われば僕が手を拭いている間にシエルが食器を食器棚に片付ける。

僕らは二人三脚、助け合いながら生きています。


「よし、財布持った、携帯持った、ガスよし、電気よし、シエル可愛い、よしOK」

僕は点検を指差し確認で最後にシエルの頬にキスして終わらせた。

その後腕を組んで学校へ向かう。

バス停まで十五分ほど歩いて、一番後ろに座る。

学園までは三十分以上かかるので膝枕して貰おうと頭を預けると優しく頭を撫でてくれる。それが心地よくてついウトウトと微睡む。

ああ、愛おしい。

うっすらと目を開けると最愛の存在が微笑みかけてくる。

僕は手を伸ばしてシエルの髪を指にくるくると絡める。

体温さえも愛おしい。

シエルとふれあう度に心が満たされる。

僕らはそのままバスに揺らされて学園まで進んだ。

バスを降りると再び腕を組んで教室へ向かう。

教室では幼馴染みの悠理や、親友の弓月が待ち構えていた。

「おっはよ~クダラにシエル」

「おはよう二人とも、今日も仲がいいね」

二人のその挨拶にシエルは「おはよう~」と返し、僕は「ああ、おはよう」と返す。

僕らはみんな揃って同じクラスっていうかクラス替えがあんまりないんだ。だから初等部から殆どメンバーが変わらない。だからといって皆が仲良しかと言えばそうでもない。

途中で転入してくる人が入れば転校していく人もいる。そういえば弓月は初等部五学年の時に転入してきた。


☆☆☆


出会ったばかりの弓月は、とてもつまらない奴だった。

何て言うか当時の僕には、舞台俳優マリオネットみたいっていう形容が一番しっくりきた。

実際にそれを言った時、あいう何て言ったと思う?


――――そう? ありがとう。


とても丁寧に作られた顔でそういったんだ。

皮肉が伝わらなかったのか、特に言い返すつもりりもなく終わらせたかったのか。

たぶん僕が弓月をそういう風に思ったのはそういうところだろうね。

弓月の糸を牽いていたのは親だった。

弓月も意図的に引かれていた。

弓月はそれでも不安だったらしい。

親の敷いたレールを歩くだけでいいのかどうか、と。

僕はあくまでも受動的な性格だったから弓月が何もしなければ僕は何もしなかっただろう。

弓月の両親の意図を切り裂いて弓月の心に糸を繋ぎ直すなんてことは。


なんてね。少し格好つけてみたけど、僕はただ、助けてと言われたから助けただけだよ。

多少強引な手だったかもしれないけど。


☆☆☆


六限目の授業を終えて、今はHR《ホームルーム》の時間だ。

今日一日の感想としては僕の斜め前の席にいるシエルが可愛かったぐらいかな。

いや、シエルは毎日可愛いんだけど。


「きりーつ、れーい」


HRも終わって、クラスの人間はそれぞれに教室を後にする。

中には数人、教室に残って談話をする生徒たちもいる。

教室から出ていく先は自宅か部室に向かう事だろう。

この学園は生徒の八割が何かしらの部活動に参加しているから殆どが部室だろう。

そんなことを考えつつ鞄に教科書を詰めているシエルをぼぅ~と眺めていると、隣から声をかけられた。

「今日は何をしようか」

「う~ん。今日はマリアパーティーとか?」

「マリパか、いいね。それにしよう」


今日何をするか。それは僕らの部活、っていうか便宜上同好会で何をするか、ってことだ。

それを部長であり、同好会の立案者の弓月に相談されたのだ。

「あれ、悠里は?」

「あ、シエル~。準備できたの~?」

「うん、お待たせ、クダラ」

「悠里なら琴葉ちゃんを迎えに行ったよ」

「そっか、じゃあ行こう?」

「うん」

僕は立ち上がってシエルの手を取る。

その反対側に弓月も立ち、並んで歩く。

部室は高等部と初等部の間にある。

部活開設時に今まで使われていなかった古い部室棟を改良して使っている。


僕らが部室棟の入り口から古い扉を開けるとギィィィと軋む音がなる。

そのまま奥の方まで歩いていくとギィギィと音を立てて、天然の鴬張りみたいだよ。

最初は五月蠅くて嫌だったけど、シエルが忍者屋敷みたいだとはしゃぎ始めてからは僕も好きになった。

現に今もシエルは楽しそうに歩いている。

一番奥まで行くと、『サブカル研究同好会』と書かれたプレートが貼ってある扉がある。

その扉の先が僕たちの放課後。僕たちだけの場所。

扉を開けて中へ一歩踏み出す。


「来ましたね!」


知らない声が聞こえた。

見ると、悠里と琴葉のほかに知らない人が一人いた。

「……誰?」

「風紀委員の木律正子きりつまさこです!!」

わざわざ風紀委員の腕章を見せつけてきて自己紹介してくれた。

「で? 何の用ですか?」

僕の代わりに弓月が聞く。

「何の用ですって!? そんなの決まっているでしょう! この惨状は何ですか!」

「何って言われても?」

首をかしげるシエルは可愛かった。

「ゲーム何て学校に持ってきていい訳ないでしょう。言語道断です」

「で? 結局何しに来たの? 要件を言えよ規律魔人さん」

挑発すれば悔しそうな顔になった。

「っつ!! 木律正子です! ええ、要件を言いましょう。この部は規律に反しています。なので今日をもって廃部にさせてもらいます!」

「ほう。じゃあ、僕が話をつけるから皆はゲームして待っていて」

「大丈夫? 私もいた方が……」

「うん、悠里も来なくて大丈夫」

言って、僕はシエルに向き直り、微笑みかける。

「じゃあ、少し待っていてね、すぐ終わらせるから」

「うん。じゃあ、クダラの分は私が回しとく」

「よろしく。じゃあ、風紀委員はこっちで話そうか」

無表情で言う。

「ええ、わかりました」


僕は風紀委員を連れて隣の部屋に入る。そこはダミーの活動記録やらを置いてある部屋なので便宜上対話室である。

「で? どこが風紀違反だって?」

「まず、学校にゲームを持ち込んでいいはずがありません」

「ほう? 何故? ここはサブカル研究会。サブカルチャーの代表であるゲームでなければ何をしろと? まさか活動をするなという訳ではあるまいな」

「うっ! ですが、校則にはゲーム及び、風紀を乱す物の持ち込みは禁止されています。知らないわけではないでしょう?」

「ああ、知っているが? そもそもそれは"不必要な"という記述があったはずだが? 部活動に必要なのだから不必要でないことは証明するまでもないが?」

「う……」

「ゲームならいっぱいあるぞ。レトロなものから、最新のものまで」

「ふっ……。サブカルチャーなのにゲームだけなんておかしいじゃありませんか? 漫画だってサブカルチャーじゃないですか。しかも漫画研究部ならすでにあるんですよ?」

「確かに。一口にサブカルチャーと言ってもいろいろある。ゲーム、漫画、ライトノベル、アニメ。日本だけではなく海外のものでも大きく変化が生じる。過去に遡れば俳句や詩もサブカルチャーであった」

「でしょう! ですから」

「だが、ゲームと一口に言っても色々とあることを知っているか? さっきレトロゲームといっただろう? レトロとは日本語で懐古的という意味だ」

「ええ、知ってますよ意味くらい。古いものという意味でしょう?」

「いや、違うな。懐古とは昔を懐かしむこと。単に昔のことを指すわけではない。それはつまり昔からある物だって懐かしむことはできる物だ」

「だから何だというんですか!」

「ゲームとは何もコンピューターゲームだけではない、カードゲームやボードゲーム、TRPGもゲームなのだよ」

「はぁ? 何を言って」

「この中にはお前の知らない物の方が多いだろうな」

僕は棚のカーテンを開けながら言う。

そこにはびっしりと詰まっているゲームカセット、ボードゲーム、さまざまなTCG、日本かるた、百人一首、詩集、俳句本、TRPGのルールブックなどが山積みになっている。

「うっ……。そ、それでもゲームだけではないですか!」

「そういうのを難癖をつけている、と言うのだが……。だが二階にはライトノベルや、漫画もおいてある。結構大量だが、見るか? そもそもでゲームしかないなんて言った覚えもないしな」

「な……」

「そして、それらの各ジャンルの違いや、なぜ需要はなくならないのかについてまとめたレポートもあるが、見るか?」

僕はそう言ってダミーの、とはいっても以前適当に描いたレポートを敢えて音を立てて机に置く。

「……」

「なあ、もういいか? シエルが待っているんだ」

「は……ぃ」

僕は放心している規律なんとかを放っておいて元の部屋へと戻った。


「おまたせ~」

「クダラぁ~」

シエルが抱き着いてきた。もちろん僕も抱きしめ返す。

「お帰りなさい」

悠里の膝の上で琴葉が視線を向けてくる。

今は悠里のターンのようで「おつかれ~」と一言いいながら操作している。

「どうだった?」

どうも何も、決まっているだろ? 弓月よ。

「ああ、もちろん黙らせてきた」

「クダラかっこいい~」

「そう? シエルは可愛いよ」

「えへへ~」

「あ、ちょうど次はクダラの番よ」

「お、じゃあ早速」

僕が弓月の隣に座るとシエルも僕のすぐ横に腰を下ろす。

「いつも思うけど、このソファの座り心地、結構いいよね」

僕はそんなことを言いながら所持アイテムや皆との位置関係を確認する。

サイコロを振って目の数だけ進んでから弓月にコントローラーを渡した。

ちょうどそのときに床がきしむ音が聞こえた。風紀委員が帰るのだろう。

一瞬見送ろうかと思ったけど面倒くさかったのでやめた。








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