ナゥロ




7



荒れて猛る海を馬のような物体がザナザが立つ浜辺に近づきつつある


馬は静かに移動している 

揺れることなくゆっくりと浜に向かってくる


ザナザは巨大な身体を砂浜に仁王立ちさせて馬を見ている


異様に長い銛は握らずに砂に突き立ててある


一瞬のうちにその銛を遠くの標的に命中させることなどザナザにとっては造作もないことである


だがザナザはただ勇猛なだけの男ではない

状況によっては素早く撤退する構えである


巨体に似合わぬ俊敏さで走る


逃げることを嫌う習性が

武の国竜Qの男にはあるがザナザは敵に背中を見せることを恥じたりしない


逃げ延び生き延びる

それがザナザの闘いに対する心構えである

ゆえに、いざ逃走を選択せし場合にそなえて、銛は砂に突き立ててある


それにしても訝しい

これほど時化た海を

荒れ狂った波に縦横無尽に蹂躙されるはずの物体がなぜこうも静かに移動できるのか

不思議である


まるで馬はT舵国の静かな湖スィーナ湖に浮かんで移動しているようではないか?


そのときザナザの妻ナゥロの心話が聞こえてきた


『…その通りです…いまこの瞬間に…その…馬に似た物体は…遠く離れた…スィーナ湖にも…実際に浮かんでいます…波の影響を受けないのは…その物体が…スィーナ湖の静かな水面を…水面の物理的法則を…力場として選んでいるから…その馬に似た物体は…二つの場所に同時に存在しています…………』




8



大陸で最も大きな湖はT舵国にあるディーナ湖である


ディーナ湖の南、T舵国 とP摩国との国境近くにスィーナ湖がある


ディーナ湖に比較すれば小さな湖である


ザナザの妻のナゥロはT舵人である


ナゥロの実家はスィーナ湖畔に程近い農村にある


この時代、大陸のほとんどの国では祭事は祭事官と

祭事官を指揮するヴェダと呼ばれる巫女が執り行う


ヴェダはゴシンタクにより指名される


竜Q国のヴェダが一般人に戻る際に次のヴェダにT舵国の女性を選ぶことがある


ヴェダの選出についてヴェダ自身の意思は反映されない

ゴシンタクが降りてくるのをただただ何年も待つだけである


T舵国は大陸で最も古い歴史を持つとされる

大陸で最もヴェダが選び出される国だ

しかし、T舵王がヴェダ選出や祭事に口出しすることはできない


世界中のどの国の王も祭事を自ら動かすことはできない


祭事に口を出した王の国は滅びる

歴史がそれを証明していた




9



ザナザの妻のナゥロはT舵人でありT舵からヴェダとして竜Q国に移り住んだ


通常、ヴェダから一般人に戻ると生まれ故郷に帰る

だがナゥロは竜Q国の漁師ザナザと電撃的な恋に落ち結婚したのであった


ザナザとナゥロには秘密があった


それはナゥロのレイリョクである


通常、ヴェダから一般人に戻ると、不思議な力であるレイリョクは忽然と消えるだが、稀に一般人に戻ってもレイリョクが消えない女性が存在する


ナゥロは一般人に戻ってもレイリョクが消えないどころか日増しにレイリョクが高まってしまう


さすがの剛胆なザナザも恐怖するほどの力である


ナゥロのレイリョクを秘密にする理由があった


稀に一般人に戻ってなおレイリョクを保持している女性が現れるが、そのレイリョクは一般人としてのレイリョクなので、軍事利用が可能なのだ


近年はそのような事例はないが、伝説的に戦で活躍した、もとヴェダというのは実在したという


ザナザはナゥロを戦に参加させたくなかった


戦はザナザ単体で数千人分以上の働きが可能なのである


いま竜Q国の西部の浜辺に立つザナザに漁村の家にいる妻からの心話が届いたのだが……二つの場所に同時に存在する物とは…いったい…何のことなのかザナザには理解できない





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