第6話 金の髪の魔女 2



「……燃えてる?」


 辺りを見回して、それが現実なのか確認するようにフィラーシャは呟いた。


 馬車を炎の壁が取り巻いている。馬が興奮するほど間近でもないが、逃げられるような隙間もない。枯れてもいない、青々とした草を、自然ではありえない勢いで炎が飲み込んでゆく。


「これは、フィラーシャの言っていた魔力によって作られたものなのか?」


「多分、そうだと思う」


「……魔女だ。深紅の魔女が出た。なぜ昼間に……」


 呆然とした様子で商人が、誰にともなく問うた。


「あら、だって車輪なんか外してるんですもの。ここを襲わなきゃ追い剥ぎの名がすたるってもんでしょ?」


 思いがけず答えが返る。答えたのは若い女の声だった。


「誰だ」


 サリアスが身構える。辺りに人影は見当たらない。


「あら、戦士がいるのね。もう片っぽは魔導師かしら? 杖を持ってるってことは協会の」


 魔導師の持つ杖は魔術を使う際に魔力を集める媒体であると同時に、魔導協会に属しているということの証でもある。これを持たない魔術師、つまり協会に属さない魔術師は大抵、魔女や妖術使いと呼ばれ人々に忌避されることとなる。


「姿を見せろ、一体なんのつもりだ!」


 声の聞こえたほうへサリアスが怒鳴ると、鈴を転がすような、しかしはっきりとそれと分かる嘲笑とともに返事が返ってきた。


「なあんのつもりってー、この状況で今更じゃない? さ、急いでるんでしょ、出すもの出してくれたら他になんにもしないわ。御者台にある重たい皮袋を渡してくれるかしら」


 炎の壁の一部が割れて、人影が現れる。


 熱風に煽られて舞う、長く艶めく飴色の巻き髪。全身黒尽くめの服装。


「お前がこの草原で悪事を働いている追い剥ぎか」


 背中の剣をサリアスが抜き取る。


「そ。ついでだからあんたたちの財布も貰って行ってあげる。あら、立派な剣じゃない。それも頂戴ね」


 魔女はにっこりと微笑んだ。


 白磁のように白く、滑らかな肌。濃い飴色の睫毛の下で潤む牡丹色の眼。甘い蜜を含んだ花のように、その魔女は美しい。逆巻く金糸に彩られた耳元、眩しいほどの白いうなじを照らすように、深い紅色の貴石がきらりと光る。


「言ってることとやってることはとんでもないけど」


 つい、小声でフィラーシャは呟いた。生憎同性なので鼻の下を伸ばすには至らない。


「剣も財布も、お前に渡すつもりなどない。この剣は父が私のために鍛えてくれたものだ。そしてこの財布に入っている資金は魔王討伐のためにと聖臣民が我々に託した神聖なものだっ! それ相応の道理なくして、断じて渡すわけにはゆかんっ!」


 片手で持った剣の切っ先を魔女に向け、堂々とサリアスが宣言した。こちらはこちらで随分と恥ずかしい。いたたまれなくなって、微妙に荷台の影に隠れたくなるフィラーシャである。


「……、なんなの、アンタ」


 魔女も鼻白んだようだった。


「私は今回、神帝アダマス陛下より勇者に選ばれたサリアスだ」


 威風堂々。今この瞬間、燦々と照る夏の太陽は彼女のために存在した、ような気がフィラーシャはした。


 サリアスは、とてつもなく勇者に向いているかもしれない。というよりも、それ以外の職に就いているサリアスを想像するのは至難だ。そうフィラーシャに思わせるくらい、彼女は勇者として堂々としていた。


「は、何言ってんのかしら? あんた、大丈夫?」


 至極まともな反応を魔女が返す。サリアスと旅に出る決意をしてからこちら忘れがちだが、「勇者として旅をしている」と名乗る事は「私はおかしな人間です」と名乗るのと殆ど同意だ。


「とにかく、あんたたちは金目のもんはぜーんぶ置いてくの。でないとここから出さないわよ!」


 困り果てた様子でサリアスと魔女のやりとりを見ていた商人が、諦めたようにため息をつくと御者台へと向かった。


「いいんですか?」


 止めようと声をかけたフィラーシャに、商人が力なく首を振る。


「しかたないさ。炎の魔術は凄まじいが、実際、売り上げを素直に渡せば何にもせずに帰してくれるんだ。……ああ、やっぱりゆっくり帰るんだったかなあ」


 車輪など外さなければ、無事にペルダットに辿り着いたかもしれない。


「仕方ないですよ、運でしょ、こういうの。でも、ちょっと待って下さいね」


 ゆっくり馬車を走らせていたところで、車輪が外れなかったという確証はないのだし、日が暮れてしまえば結局は同じ状況に陥ったかもしれない。


 しかし、とりあえず自分が魔導師のはしくれで、仮にも勇者として旅をする決意をした以上、ここで追い剥ぎに身ぐるみ剥がされるのを、仕方がないと言い切って諦めることは許されないだろう。フィラーシャはそう考え、杖を握りなおして意識を集中し始めた。


 突破口を一点、作ればいい。なにも追い剥ぎを撃退できなくても、逃げおおせることができればいいのだ。そのためにフィラーシャは、自分と相性のいい風の魔力を杖へと呼び集め始める。問題は、突破口のできる一瞬をどう他の二人に伝えるかである。いや、伝えたところで、熱血漢のサリアスがおとなしく引き下がるか否かが、フィラーシャには一番不安だった。


「ほら、早くそれを渡しなさい。それともあんた、わたしとやる気なの?」


 サリアスに向けて魔女が腕を伸ばす。幸いフィラーシャの行動には気づいていないようだ。


「断るといったはずだ。そして、目の前に悪事を行う者がいるというのに、それを看過するわけにもゆかん!」


 ああ、やっぱり、とフィラーシャは思った。予想通りである。これでは彼女が突破口を開く前に戦闘になってしまう。頭ではこれは戦いの旅であると分かっていても、やはり戦闘などしたくないフィラーシャである。しかも、相手が人間であるならなおさらだ。

 魔術師は決して、人を魔術で傷つけるべきではない。


 それはフィラーシャが幼い頃から、魔術師として叩き込まれてきた最低限の鉄則だった。その鉄則こそが魔導師と魔女、妖術使いを分けているものだとフィラーシャは考えている。現在、魔術師協会は、帝国と反乱軍との戦闘、いわゆる聖戦においては魔術師も参加することを認めている。神殿の下位組織という協会の立場上仕方のないことなのであろうが、その際使われる大義名分がフィラーシャは嫌いだった。


 神帝に逆らう逆賊は、もはや闇に心を蝕まれた救いなき人々であり、彼らに死を与えることは、神帝と光の女王のすまう天界に転生させるという、唯一彼らを救う方法だ。


このことは真実である、と皆言う。ただ、フィラーシャには素直に頷くことの出来ないことだった。


「戦う相手だって、人間だ」


 彼女はそう信じている。



***



「ふうん、じゃあ仕方ないわね。久々に、力ずくでいきましょうか」


 決意満々に剣を構えるサリアスに「真紅の魔女」ことルチルナはそう軽く肩をすくめると、手のひら大の物を懐から取り出した。それが彼女の魔力の媒体である。ルチルナがフィラーシャによる魔力の召喚に気付いていないのと同様、フィラーシャもルチルナのそれに気付いていなかった。彼女たちは互いに、己の術に意識を集中していたために相手にまで意識が回らなかったのだ。


 ルチルナの取り出したものは一枚のカードである。


 サリアスが正面に剣を構えて腰を落とす。


「紅蓮を纏う炎の獣よ、我が願いに応えて出でよ。さすれば我は、其に至上の供物を与えん」


 詠唱すると、ルチルナはカードを鋭くサリアスへと飛ばした。


 空を切るカードの周りを、次第に紅い陽炎が取り巻く。


サリアスの元へ届く寸前、それは深紅の獅子となって駆けていた。


「――――っ!」


 剣を構えたままサリアスが横へ跳び退るのと、獅子の前肢が振りかざされるのは同時だった。


 至近距離で、獅子の過ぎる横に構えるサリアスの頬を、熱気が焼く。


「本物の炎で出来ているのか」


「その通りよ! 剣を振り回したところで切れやしないわ。さーて、どうするつもりかしら、勇者様?」


 嘲るルチルナをサリアスが睨みつける。方向を転換した獅子が再びサリアスに跳びかかった。


 サリアスは一直線にルチルナへと走り出した。肩から背中にかけて獅子の炎が掠める。


「ならば、斬れる物を斬る!」


「ちいっ、猪武者がっ!」


 機敏な動きでルチルナが剣戟を避けた。もう一枚カードを取り出し、細身の剣を召喚する。ルチルナと組してしまえば、背後からの獅子の襲撃を避けることが出来ない。


サリアスにとって、戦況は著しく不利だった。



***



 魔女が獅子を召喚した時、咄嗟にフィラーシャは発動準備を終えていた魔術の構成を組み直し始めた。集めた風の魔力を、炎を散らす突風から物を切り裂く刃へと変換させる。単純に魔術で呼び出された炎よりも魔獣としての形と意識がある分、獅子は散らしにくい。それよりはカードを媒体として魔獣を呼び寄せ、制御している魔女の集中を途切れさせる方が得策と思ったのだ。


 一定段階まで魔力を練って、詠唱によって確かな存在の形を与える。


「サーちゃん、離れて伏せてっ!」


 魔女に再び剣を振り上げようとしていたサリアスが、聞いて右へ跳んだ。サリアスの背後から駆けて来ていた獅子が、魔女の正面に迫る。舌打ちして魔女が大きく右腕を振った。サリアスの反対方向へ獅子が逸れる。


「風よ、その身を銀の刃と変えて、彼の者を切り裂け」


 風が疾駆する。細かい銀色の破片が太陽の光を弾きながら共に魔女へと襲いかかった。


「なっ!」


 獅子に意識を向けていたせいか、魔女の反応が遅れた。反射的に腕をかざすいとましかない。突き刺すような突風に煽られて、朱と飴色が舞い散る。風の刃に切られて散った金糸が陽光を弾いて光った。


 遠目にその様子を見たフィラーシャは、はっと息を呑んで怯んだ。自分の魔術で血が流れるのを初めて見たのだ。彼女の動揺に、風が四散する。


「フィラーシャ、前を!」


 サリアスが鋭く警告する。その厳しい声に意識を戻せば、眼前に獅子が肉迫していた。魔女の集中は完全には途切れなかったらしい。標的をフィラーシャに変えてきたのだ。


 背後で商人のしゃっくりめいた悲鳴が聞こえた。咄嗟に魔力の残滓を目の前に集め、獅子の正面を封じるように杖を地面に突き立てた。詠唱する暇はない。


「壁になれっ!」


 脳裏に獅子を止めて包み込む風の姿を描く。


 現実の獅子の足が止まった。まるで自分が獅子と組み合っているかのように前から押される感覚がある。


 踏ん張った両足がずるりと後退する。前傾させて突き立てた杖にすがりつくようにして耐えた。


 ただの魔術と召喚した魔獣。魔獣はそれ自体が存在と意識を持っているため、この二つがぶつかったとき、魔獣使いのほうはこういった圧迫などとは無縁でいられる。しかし魔術を使っている方は己の意識で魔力に存在の形を与えているため、圧迫も自分に降りかかってくる。そのため魔術を使う方が押し合いでは不利になってしまうのだ。


 素手で組み合っているのではないにせよ、獅子と少女の力など比べるべくもない。

フィラーシャはサリアスの姿を探した。この状況はフィラーシャ一人だけなら絶体絶命といって構わないものだが、もう一人、こちらにはサリアスがいる。



***



 サリアスは、既に魔女へと駆け出していた。フィラーシャが力尽きる前に魔女を倒さなければならない。


 剣を振り上げ、魔女めがけて大きく斜めに一閃する。


 長剣の破壊力に魔女の剣が弾け飛んだ。魔女の手から落ちると同時に、それはカードへと戻る。


 体勢を崩した魔女に、すかさずサリアスは足払いをかけた。受身をとる暇もなく魔女が腰から草原に着地する。フィラーシャの攻撃にやられた傷に響いたのか、ぐっと悲鳴を呑むように唸って魔女が仰のいた。


 サリアスは、相手が上体を起こす前にその首へ剣を突きつけた。まさに一瞬の、鮮やかな攻撃だった。


「あの魔獣をしまえ」


 悔しそうにサリアスを見上げて魔女が返す。背後でフィラーシャと商人の、安堵の混じった歓声が上がる。


「無茶言わないでくれる?」


「何故無茶なのだ」


 はん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、魔女が顎を上げて挑発にも自嘲にも見える嗤いを漏らした。


「あんた、何も知らないの? 召喚獣は、召喚した代わりに何か供物を与えなければかえらないのよ。もしそれが出来なくなると……」


 呪文にもあった通り、召喚術者は様々な供物を与えることを契約条件に、魔獣と契約関係を結び、魔獣を呼び寄せて使役する。この魔女の場合、攻撃する相手を供物としていた。相手を魔獣に与えることができないままで己の集中が途切れ、魔獣の制御が外れると、魔獣は術者本人に襲いかかるのだ。


「サーちゃん、後ろっ!」


 フィラーシャの悲鳴が聞こえた。振り返ったサリアスと魔女に向かって、獅子が向かってくる。


「どうやって止める」


「このままじゃどうにも」


「消す方法は無いのか」


 剣を突きつけたままサリアスは尋ねた。


「は、別にあんた一人避ければいいんでしょ。あれは私に向かってきてるのよ?」


 今度こそ心底馬鹿にしたような口調で、魔女が答える。サリアスは驚いた。魔女は死ぬ覚悟なのであろうか。


「そういうわけにはいかん。お前を見殺しにする気はない」


 おかしなものを見る表情で魔女がサリアスを見る。次いで、剣を突きつけられて腕で上体を支えた不安定な姿勢のまま、何故か不機嫌そうな顔で右手を懐に入れてカードを取り出した。


「随分けったいなもん襲っちゃったみたいね、私も」


 少し間をおいて、サリアスの向こうまでカードを飛ばすと詠唱する。


「大地と水に育まれし大いなる我らの守護者よ、その威容を我が前に現せ」


 ばきりと音がした。音の方を振り向くと、一瞬にして目の前に樹木が現れ、根を張り、幹を太らせ、枝を広げる様が目に映る。


「言っとくけど、ちゃんと呼び出せたかどうか知らないわよ!」


 獅子が樹に喰らいついた。樹を己が燃える糧とするためにその体を振るう。


「どうやらうまく行ったみたいね。どっちが勝つか、ってとこかしら」


「樹木が勝った場合、あれもお前を襲うのか?」


 そうなっては厄介である。きりがない。とかく魔術方面の知識に疎いサリアスは、思い付くままに問いを口にした。


「いいえ、あの樹は守護者だもの。そういう心配はないわ」


「……、何故最初から呼んでおかなかったんだ?」


 敵に向かってするのもおかしな質問だが、さしあたって他にやるべきこともないように思われる。サリアスが魔女と会話をしている目の前で、炎を叩き潰そうとする樹と、樹を燃やそうとする獅子の激しい戦いが繰り広げられていた。樹の焼け焦げる臭いと、焼けてはぜる音が辺りを包む。


「悪かったわねっ。あたしには二つも召喚生物を同時に操るような力はないのよ。元々が炎の魔力と相性がいい分、ああいう水とか地とかの属性のやつは苦手だしっ!」


「そういう、ものなのか?」


 訓練施設で多少は魔術理論も勉強したはずだが、いまひとつ覚えがなかった。魔術を教える老魔導師の授業は、聞き取るのも、内容のうちから必要で重要な事柄を把握して抜き取るのも難しい、一言で言えば冗長で退屈な授業で、正直なところ、元々座学が苦手なサリアスの頭にはほとんど入ってこなかったのだ。


「そういうもんなのよ!」


 苛立ったように魔女がわめく。そこへ、息を切らしてフィラーシャがかけてきた。


「サーちゃん、大丈夫?」


「ああ、どうにかな。フィラーシャ、あの獅子を消すことはできないのか」


 このまま樹と獅子の対決を見守っていても仕方がない。どうやら両者互角なのか、なかなか決着がつきそうにはなかった。


「あの、それより、そっちは……?」


 おそるおそる、といった様子でフィラーシャが魔女を見る。


「ああ、取り押さえたのだが……」


 こうなっては正直、どうしたらいいのか。サリアスにはこの魔女を懲らしめなければ、と言う使命感はあったが、彼女を殺すつもりなど毛頭なかった。本当の正義とは隣人を愛し、敵を愛する寛容さと慈悲深さがあってこそ貫けるものだと、サリアスは固く信じている。


 少し困ったようにサリアスが口ごもると、彼女の考えを察した様子でフィラーシャが安心したような表情を見せた。


「そっか。じゃあとりあえずあの獅子を何とかしないとね」


 そう言って獅子たちのほうに向き直ると、杖を立てて瞑想であろうことを始めた。サリアスにはそれが、どういう意味を持つ行為かは分からない。しかし、訓練施設で魔導師が魔術を発動するまでには時間が必要で、その時間、魔導師を守るのも戦士の役目であるとは聞かされていた。


 ふと、サリアスは周りの気温が下がったように感じた。どこと言うわけでもないのだが、肌がひやりとする感覚があったのだ。


「水の魔力を呼んだわね」


 魔女が呟く。たいしたものだわ、と。


「――……っ」


 サリアスは、どういうことか、と言いかけてやめた。先ほどもそうだが、自分が剣を突きつけている相手に対して、いちいち解説を求めるのもおかしな気がしたからだ。

 しかし、それに気付いたのか魔女が親切に解説してくれる。


「今、世界中の水と大地が衰えているでしょう? あれは、水の魔力、地の魔力が世界中で衰え、枯渇してるからよ。ふつう人は、水が、地が衰えてるからその二つの魔力も弱まってるんだと勘違いしてるけど、本当は逆。魔力の方がより世界の根本に近くて、それが表面、私たちが住んでる、存在してると思ってる物質世界へ、水や風や土になって表出してるのよ。魔導師はその物質のより本質的で抽象的な姿、魔力を呼び寄せ、自分の思い描く姿を与える者なの。わかった?」


「あ、ああ。ありがとう」


 まくしたてる魔女の勢いに少し気圧されながら、サリアスは律儀に頭を下げた。くどいようだが剣を突きつけたまま、である。


 魔女が天を仰いで溜息をついた。サリアスにも滑稽であるという自覚くらいはあったが、親切に教えてもらっておいて礼を言わないわけにもいかない。


 ふむ、と改めてサリアスは魔女を正面から見直してみた。両肘を背後について半端に身を起こした状態で、「何よ」と言わんばかりの不満げな顔をしてこちらを睨んでいる。サリアスを見返す牡丹色の視線は射抜くようで、卑屈さや蔭りが不思議と見えない。面倒見の良さそうな女性だ。


 ここで追い剥ぎをしていたのも、何かやむにやまれぬ事情があってのことかもしれない。サリアスふとそう思った。この時勢だ、そういう人がいても全く不思議ではない。現にサリアスらを運んでくれていた商人が、この魔女は有り金さえ出せば何もせずに解放すると言っていたではないか。


 人の根本は善である、と心の底から信じているサリアスは、確信を持って頷いた。






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