―エピローグ ガールズ・ミーツ・ザ・ボーイ―

第683話「TO THE HOLY NEW WORLD」



「おら、出てきやがれ!!」


 男たちはイヌのための首輪をつけた二人の子供を無理矢理に車の外に引き摺り出した。

 呼吸を遮る首輪だけでなく、木枠で作った腕輪とそれに繋がれた鎖によって子供たちの悲惨な現況がクローズアップされる。

 しかも、二人はともにまだローティーンの女の子であるにも関わらず、体に辛うじてまとわりついている薄汚れた元下着だけという有様であった。

 靴も履かせてもらえず、泥と油汚れに塗れた姿は一般家庭のペット動物以下の扱いといえた。

 美しい金髪とブルネットはボサボサで櫛も入れられておらず、まともに瞼もあけられそうもないほど眼の周囲が腫れていた。

 誰の目にもわかる、殴打の跡だ。

 全身の黒痣も原因は同じだろう。

 小さな子供に向けられたものとは思えない執拗な暴行の証しだった。

 微かに開いた目にはどんな意志の光もない。

 ここに至るまでの間に子供たちを襲った悲劇を物語るには十分な光景だった。


「早くしろや!!」


 男が鎖を乱暴に引き、ぴんと張られたことで子供たちはつんのめった。

 膝から崩れ落ちた子供に苛立ったのか、男は厚い靴底で蹴った。

 一人が蹴られているシーンを見てもう一人が助けるために一歩踏み出そうとしたが、彼女も鎖によって引き出される。

 もう一本の先端を握る男は愉しそうに笑っていた。

 小さな子供が惨めに苦痛を与えられる姿が面白くて仕方ないのだ。

 真性のサディストであった。


「おい、痛めつけて肉を堅くするのはそこまでにしておけ。俺たちの神にとっては変わりなくても、包丁ナイフが刺さりにくくなるだろうが」

「わりい、わりい」


 奥から声をかけてきたのは、熟した柿色をしたケープをまとい、上半身を剥き出しにした大柄の筋肉質な男だった。

 ただ、顔は誰にもわからない。

 なぜならば、男は黒い工事現場の三角コーンに酷似した巨大な覆面をつけていたからだ。

 しかも、その覆面には一切の穴も開いておらず、顔のパーツを確認することもできない。

 手には何故か巨大なツルハシを握っていた。

 この場所でなければどこかの現場かと思わせる大きさだが、男以外のすべてのものがそれを裏切っていた。

 ふと、天井を見上げた子供が咽喉から擦れた叫びをあげる。

 広場を囲んだ何台ものクレーン車からぶら下がった十人前後の死体を見て。 

 どれだけ放置されているのか、口から刺さったフックによってつり下げられた死体からはすでに血も流れていなかった。

 男も女もいたが、特に小柄なものが多く、年齢層が相当低いことがわかる。

 同時に鎖に繋がれた子供たちに、未来の自分の姿であることを思い知らせた。

 もうすぐ、もうすぐ、私たちもこうなるのか……!!

 彼女たちはそう考えただろう。 

 しかし、逃げることはできない。

 男たちはこの三人だけでなく、さらに奥にも表にもいる。

 漂う気配と馬鹿のような哄笑からわかっている。

 奇跡でも起きない限り、二人の子供がここから逃げることはできない。

 鎖を引かれ、すでに逆らう気力も体力もない二人はそのまま奥まった広場へと連れていかれた。

 どす黒く穢れた広場だった。

 床に広がっている染みのすべてが干からびた血の固まったものであることは明白であり、ところどころにある白いものはおそらく歯だろう。

 歩くだけで気分を失いそうな不気味で虚無の広場。

 そこを引きずり歩かされる子供たちはまさに幽鬼か餓鬼の類いにまで墜ちてしまったかのようだ。

 誰も彼女たちを救わない。

 誰であろうと救えない。

 なぜならば、ここがただの処刑場であったというだけならば連邦警察の登場で事件は一気に解決するだろうが、そうはいかないからだ。

 男たちは見上げた。

 吊り下がった肉塊どもよりも高みから彼らを睥睨する聖なる記号シンボルを。

 三角の中に輝く五芒星―――その中の眼。

 偉大なる神のためのシルシを。

 や


「ヰグナイイー スフルスクーン グハ ヰブソンク……」


 この広場に集まっている六十人はすべて魔術師であった。

 がさつそうないかにもテキサスという顔つきの男たちも、誰一人例外なく。

 ある恐ろしい邪神の信徒であったのだ。


「フ・エーフェ イア・イーア・イア……」


 子供らを攫い、生贄とし、崇める神の腹を満たそうとする狂信者であった。


「イア・ヨグ・ソトト……あの疎ましいイカれたカウボーイザ・ドナルドが御身の使徒の邪魔をしようとしております。是非、我らに力を……」

「来月の一般投票で奴が大統領になれば、我らの弾圧を始めることは明白。あの差別主義者の移民排斥論者は我らの教団にとって共に天を抱けぬ怨敵なのです!!」

「イア……イア……御身の敬虔なる下僕たる我らにお力をお貸しください……」


 集まった六十人の男たちは、ヨグソトト教団というアメリカでカルトと恐れられている宗教団体の信徒であった。

 カルトの中でもマンソン・ファミリー、人民寺院、ソーラーテンプルなどの壊滅した有名どころとは違い、アメリカの一般市民はまるで存在すらも知らない団体であったが、狂暴さと兇悪さは比べ物にならない。

 市井どころか財界・政界にまで食い込んだヨグソトト教団は、移民政策を利用して規模を広げるためにリベラルの傾向の強い民主党を支持した。

 そして、ここ十数年の民主党政権を支えるカルトとして、アンダーグラウンドの世界では知られていく。

 一部の政権のものたちの庇護のもとカルトとして隆盛をうたっていたのだ。

 だが、その牙城が崩れようとしていた。

 新しい共和党の大統領候補の登場によって。

 ニューヨークの不動産王は彼らのことなどまるで知らない。

 経済以外はもろもろ知らないことの多い男だったからだ。

 しかし、彼は偶然かそれとも誰かの入れ知恵か、教団の資金源とも呼べるものを次々と攻撃していった。

 彼が大統領になれば苛烈な迫害が始まることを想像させる、裏からの攻撃によって。

 政治・流通の二つのやり方で孤立していく教団は、次にたったの二か月でなんと全米の関係先、支部、神殿を―――暴力によって潰されていく。

 警察ポリスでも連邦警察エフビーアイでも州兵でもない、正体不明の武装集団によって。

 各地に配置してあるはずのボディーガード役の妖魔・怪獣・魔人たちがいともたやすく撃破され、しかも敵の正体は不明のまま。

 まるで大統領候補と連携しているかのように。

 魔術師たちは後ろ盾の政治家たちが大統領選で動けない間に狩られていったのだ。

 すべてが大統領候補の仕業だと考えた教団はついに彼らの崇める主に助けを求めることに決めたのだ。

 彼らの聖地―――マサチューセッツ州ダンウィッチにおいて。

 十三人の少女の生贄を捧げ、あの白い不動産王を呪殺する!

 そのために、全米の信者でも屈指の魔術師たちを揃えた。

 来月になってしまってはもう遅いかもしれない。

 ゆえに夜鷹ウィップアーウィルが夜通し鳴き続け、犬という犬が吠えつづける魔界の日時に悪魔の申し子たちは集った。

 すでに十一人の子供たちは祭壇に捧げた。

 彼らが集結する前にダンウィッチを根城にする結社ロッジが準備を終えていたのだ。

 新たにそろえたのはこの二人だけだった。

 ともに神にささげるに相応しい処女であり、由緒正しい家柄の子供たちであった。

 散々殴りつけて痛みという甘露を滲ませている。

 これを生きたまま解体できれば神へのよい捧げものになる。

 それで御子を召喚するのだ。

 あの大統領候補を―――ドナルド・トランプを呪殺することのできる真の神の子を。

 イアイア・ヨグ・ソトト!!

 黄色いコーンを被った三人の大男がツルハシと大鎌と鉞を担いでやってきた。

 死刑執行人エクスターミネーターにして、屠殺者ブッチャーだった。

 この広場の中央まで連れて行って首を刎ねて内臓を晒すための男たちであった。

 最も効果的な解体をするために、ギリギリまで神の御名を唱え続ける。


 ヰグナイイー スフルスクーン グハ ヰブソンク……

 

 フ・エーフェ イア・イーア・イア……


 イア・ヨグ・ソトト……

 

 ヨグ・ソトト……


 星一つ瞬かない夜空が割れた。

 歪んだオーロラの仕業だった。

 否、割れ目の外から現われた何かが直接空間を裂いたのだ。


イヤノー誰かヘルプ誰か助けてヘルプミー!! ママ、パパ、ジーザス―――!!」

「神様……神様……御助けを……」


 女の子たちはもうどこにも神などいないことに気づき始めていたが、それでも神に縋るしかなかった。

 しかし、彼女たちが贄にして捧げられようとしているのは紛れもなくその神の一柱なのだ。

 つまり、神を押しのけることができるものしか彼女たちを救えない。

 つまり、助けなどない。

 黙示録の日が訪れたかのようだった。

 再び、空が広げられる。

 その先に煌めく黒と虹色の球体が輝いていた。

 何かシングがそこからやってこようとしている。

 を聞いて。

 隙間から何かが降ってきた。

 二人の生贄の頭上に。


「殺せええええ!!!」

「捧げろおおお!!!」


 ツルハシと鉞と大鎌が落ちた。

 三つの刃が大地を刺す音はしたが、肉と骨を断つ音はしなかった。

 死刑執行人エクスターミネーターにして、屠殺者ブッチャーたちも意外な手応えに目を丸くした。

 彼らが神にささげるべき生贄を庇って転がった一人の人間に気がついたからだ。

 見たこともない相手であった。

 東洋人らしい容貌をしていて、少年のような顔をしている上、雰囲気は一般人のもの以上ではなかった。

 教団の信徒も魔術師もぽかんと口を開けた。

 どこからともなく現われたようなこの東洋人の少年が、正真正銘、紛れもなく、彼らの神が降臨すべき割れ目から落下してきたことを脳が拒絶するからだ。

 彼らが召喚したのだから、現われたものがのはずだ。

 しかし、どう見てもこの少年は神とは思えない。

 さらにいえば、血に飢えた殺戮と混沌の神が、生贄の子供を庇うなんてことがあり得るはずがない。

 では、何者―――?


「―――まったく、いつもお前たちはこうだ!!」


 東洋人の少年は吐き捨てた。


「弱くて抵抗できないものをいたぶって、苦しめて、殺して、魂までも穢そうとする!! どこにいっても、いつまでたっても、同じことばかりを永劫に続けやがる!! もう、いい加減にしろよ!!」


 少年は怒鳴る。

 正しい怒りを隠すこともせず。


「ここがどこだか、今だけは僕にもわかる。今が何時なのかもわかる。おまえたちがどんな連中なのかもわかる」


 少年は二人の子供を背後にしてすっくと立った。

 だが、彼は武器の類いは寸毫も帯びていない。

 彼を取り囲む六十人の凶人たちにとってはただの獲物にしか過ぎないはずだ。

 しかし、少年は一切何も怯えてはいない。

 それは何故か。

 彼は知っているのだ。

 大地さえも揺らめかせる正義の闘神たちのことを。


「―――僕はここにいるよ!!」


 その声に応えて、!!

 升麻京一の元へと来たる!!

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